人生とはホームページであり、ホームページとは人生である

2006/08/20

「グランドオープン」の日から、ふと気づくと3週間が過ぎました。

書きかけで保存してあったtext.htmを久しぶりに開くと、こう始まっていた。
それを書き終えることができずにいるうちに、もう一度ふと気づくとその日付は2ヶ月に増えている。

3週間目のぼくは、次にこう続けた。

毎日、しんどいです。

2ヶ月経ちましたよ。
今もまだ、しんどいですよ。
以下、その書きかけ日記はこう続く。


一人で店をやっていくというのは本当にたいへんなことです。仕込みもしないといけない、掃除もしないといけない。営業が始まれば料理もしないといけないしドリンクも作らないといけない。洗い物もしないといけない。終わったら片づけをしないといけない、明日の発注をしないといけない。そしてまた朝になり、仕込みをしないといけない。
いちおう週に1度は定休日を設けることにしましたが、そんな日も体を休めるので終了。休められればいいほうで、足りなくなったものの仕込みや店の掃除をしているだけで休日が終わってしまうこともあります。
お客さんが来なければもちろん凹むし、たまにたくさん来たら来たであまりの忙しさに凹みます。

しんどいなあ。
楽じゃあないとは思っていたけど、相当しんどいです。
本当にやっていけるんだろうかと、一日に何度も思います。


しかし、今のところ、なんとかやっています。
ありがたいことに、ぼちぼちお客さんがやってきています。ぼちぼち。ホント、ぼちぼちね。まだ大赤字です。でもみんな喜んで帰ってくれる。そしてまた来てくれる。

それに、「思った以上に」大変なことは山ほどあるけれど、「思っていたのと違って」何かがうまくいかないということはそんなにありません。逆境もすべて想定の範囲内、といえるのかもしれません。
あれほど考えて考えて作った店。考えたことはまちがっていませんでした。思ったとおりに真空調理は便利だし、パコジェットは使えるし。この期に及んで未だに完成度が高くないメニューもあったりするけれど、だんだんこなれてきました。思った以上にみんな、おいしいと言ってくれます。

いつか、やっていけるようになるのかもしれない。
今は正直まだやっていける気はしないけれど、いつかたどり着けるのかもしれない。それまで、キャッシュローンでもカードローンでも、使えるものはなんでも使ってここに踏みとどまってみようと思います。


***

2ヶ月経ったいま読み返してみると、ほんの少し状況は変わっているように思う。いや、状況というか、心境か。
相変わらず採算ラインに乗ってはいないけど、つかそれ以前にまだ一度もちゃんと経理処理とかをしていないので採算ラインがどこなのかも正確にはわからないけど。
でも、もう長いこと、通称「ボウズ」「お茶ひき」、つまり一日にお客さんがひとりも来ない日はない。一人でも、二人でも、だれかしらは必ずぼくに会いに来てくれる。駅前でも繁華街でもなく、ましてや看板もない真っ黒な怪しい店で、これはすごいことなのかもしれない。
だれかが来ると思うから、しんどくてもがんばって店を開ける。そうすれば本当にだれかが来てくれるから、ああ開けてよかったと思う。明日もなんとかがんばろうと思う。

「サイトを見た人がお客さんとして来てくれる店を作ろう」と会社をやめたのが3年ちょっと前。最初は自分でも半信半疑だったが、その点ではなかなかどうして期待通りに事は運んでいる。「『思っていたのと違って』何かがうまくいかないということはそんなにありません」と書いたが、いちばん思い通りだったことのひとつはそれかもしれない。
はるばるアメリカから来てくれた人もいる。サイト経由で店にきたことは隠してテーブルで普通に食事をしていて、最後に「新しいグラスをひとつ」というのでお持ちしたら、飲んでいたワインを「おめでとう」とぼくに注いでくれるなんて、粋なお祝いをくれた人もいる。遠いのに、仲間の飲み会でいつも使ってくれる人もいる。
この2ヶ月に来てくれた人たちとの出会いはどれも印象的で、日記にひとつひとつ書くことができなかったのはとても残念なのだが、来てくれた人すべてへの感謝の気持ちだけはぼくの心の中に残っている。

ネットつながりの人だけでなく、リアルのご近所さんとのつながりも少しずつできてきた。
象徴的だったある日の営業。常連のねね.さんが実家から送ってきたというウニとヒラメを大量に差し入れてくれた。新鮮なうちに食べたほうがうまいに決まっているので、来れたら来てくださいとムーミンバレーに電話をかけた。これまでも何度か日記に書いた行きつけの美容院だ。美容院のお客さんまで連れて、スタッフのみんなが来てくれた。小さい店はたちまちいっぱいでてんやわんや。たまたま調理師学校時代の友だちが来ていて、これまたたまたま休日でマイ包丁を持っていたもっさんに厨房に入ってもらって二人でヒラメと注文をさばき、何文字さんが臨時のホール係になり、ぼくはてんやわんやのあまりに自分で開けた冷蔵庫の扉に自分で頭をぶつけて悶絶するといったミラクルを繰り出しながら、ぎゃあぎゃあとみんなで飲んで食った。
ぼくは、「毎日をホームパーティーにしたい」と思ってこんなへんな店を始めたのだ。思い通りじゃないか。ワカレミチではよく「○○祭り」というのをやったが、michiでは「○○ナイト」というのが定番。ウニとヒラメの舞い踊りは竜宮ナイトと命名された。こんどは占イトをやることになっている。ラーメンナイトもいつかやりたいね。毎日がイベント、毎日がホームパーティーである。
友だちが友だちをうちに連れてきてくれて、友だちが増える。竜宮ナイトに連れてこられたムーミンのお客さんもその後何度も来てくれるようになった。また、ぼくの友だちと友だちが友だちになるというのもぼくの願いだった。思い通りに、勝手にお客さんどうしでマイミクになったりアドレスを交換したりして、なぜか誘い合ってうちに来てくれたりする。

金のことなんかを考えると、実は万事思い通り、ではないのかもしれない。いまこういう心境になれているのは本当にいまだけであって、主に経済的なことを原因に、この2ヶ月の間には落ち込むことも多々あった。落ち込み8割、上昇2割といったところか。9:1かもしれない。
でも少しずつ、できることが増えてきて、輪が広がり、毎日がもっと楽しくなってきている。少しずついい店になってきている。
30歳になる4月20日にオープン・・・のはずが工事が終わらず5月20日のオープン。それも試運転のプレオープンという形で、6月20日にようやくグランドオープン。それから2ヶ月も放置していた。こんなに間が開くのはサイトをやるようになって初めてのことで、待っていてくれた人には本当に申し訳ない。けれどそれはただの放置ではなく、これまでどちらかというとバーチャルに重きが置かれていたぼくの計画において、初めてリアルに重心が置きかわり最後の仕上げをしていたのだ。

***

もちろんこのサイトの幕引きをどういうふうにしようかと、ずっと考えていた。
ワカレミチの終了と、新しいサイトの構築。どちらもとても難しく、忙しい中でついつい放置が続き、どうしたらいいかわからずぼんやりと過去ログを眺めたりもしていた。
いろんなことを書いたなあ。
会社を辞める間際の、神がかったような酒と遺失物(と拾得物)の連続。
無軌道なバイトの日々。
友であるうなぎいぬの死。
そして軌道修正、学校へ。
今は亡きテキマニでの優勝。
思いもよらぬ雇われ店長修行。
それを駆け抜けて、手作りで店を作った。

なんて、おもしろいサイトなんだ。
我ながらおもしろすぎて、おいそれと新しいサイトなんて作れなかった。
そして、閉じるのが惜しくてなかなか最後の日記を書けなかった。

なかなか最後の日記を書けずにいる心境は、何かに似ていると思った。
ひょっとすると、4月ごろ、店の工事の最後の仕上げをしているときのそれかもしれない。体力的にも精神的にもきつかった工事だけれど、完成が近づくにつれて設計時のイメージに近づいてきて、どんどん楽しくなった。
だけどどこか、このまま終わらないでほしいという思いもあった。完成してしまえば、ぼくはスタートラインに立つ。客が来るか来ないか、生きるか死ぬかの勝負の号砲が鳴らされる。怖い。このままいつまでも靴紐を結んでいれたなら。
サイトにおいても、デザインとスタイルと読者が確立したワカレミチを離れ新サイトに移ることは無駄とも思える作業だ。これまでの完全匿名のテキストサイトから、リアル店舗と同時進行のブログに変われば、書くべきこと・書いていいことも大幅に変わってくる。ましてや忙しい中で新しいサイトを作る。そして現に新サイトは今でもバリバリ未完成である。
でも、工事が終わってオープンして号砲が鳴り、果たして店は3ヶ月たってようやく少しずつ手ごたえをつかみつつあるのだ。同じようにサイトも、そのうちできるんだろう。自分でできることは自分でやり、自分でできないことは友だちにやってもらってできた店だから、ブログのテンプレートも見かねた誰かが書いてくれるんじゃないかと期待しているけどまあ大きな声では言わない。

それはさておき、大好きなこのサイトについて。
いつもぼくは「日記でいちばん大事なのはタイトルであって、いいタイトルが思い浮かんだらもうあとは書けたようなものだ」と思っている。タイトルが「歯が」で本文に「痛いので歯医者に行ってきました」とか続けるような日記は怠慢である。そういうメールも嫌い。あくまで個人的なポリシーであって他人に強制するものではないが。でもそれくらい、ぼくにとってタイトルというものはコンセプトであり、何をするにもいちばん重要だと位置づけている。きっと、「ワカレミチ」というサイト名は、すごくいいタイトルだったのだ。会社を辞めてこれまでとは違う道を行く、ありていだけど自分探しの旅。
ぼくのサイトがいちばんおもしろいのはあたりまえだ。だってぼくはここで自分の人生について書いてきたのだから。自分の人生では自分が主役であり、必然的に自分が一番なのだ。ぼくは最初に自分の人生の筋書きを決め、その通りに歩いてきた。
このサイトを見る目は決して好意的なものだけではない。思いつきで脱サラして素人が店を開こうなんて甘すぎる、失敗しちまえという敵意もそこかしこにあった。でもざまあみろ、やってやった。ぼくは最初に決めたタイトルに従い、スピンアウトしきって、歩むべき道を歩み始めた。872日かけて全てを書ききって、こうして店を作った。

だから、胸を張ってこのサイトを閉じよう。


次のサイトについて。
ようやくたどり着いたtextile dining michiだけど、そこは実はぼくの人生の終着点ではないような気もする。これらのサイトはあくまで3部作であり、次のtextile dining michiでそのストーリーはいったん完結するのだ。その次はまた別なストーリーが始まる。始めないといけない。ぼくは前から店をやるのは手段であり目的ではないと思っていたし、40歳になるときには30歳のぼくが想像もつかないことをしていたいと考えている。
それが何か。textile dining michiを始める今の時点では、ワカレミチを始めるときに見えていたような明確なビジョンは、まだない。それが少し不安にも思える。

でもやっぱり。「michi」という店名、サイト名は、ワカレミチができたときから決まっていたんだった。だったらそれは、やはりいいタイトルのはず。だからぼくは、まずはそれに従って書いていきさえすればいい。そうすればまたおもしろいホームページができるはず。そのうちに、次のストーリーがスピンアウトしてくるのだろう。

想像力とスピードと、その2つだけ持って飛べ。その後どこに落ちるかは、飛んでる間に考えろ。
人生なんて、ホームページのようなもの。ホームページなら、おもしろいほうがいいよね。
いつも自分に言い聞かせてきたこのキャッチフレーズで、これからも人生のワカレミチの、おもしろい方を選んで歩いていくだけさ。


ぼくは麺道こってこての終わりにも書いていた。
「さようならではない終わりとは、なんてすばらしいことでしょう」
ぼくはまた、すばらしい終わりかたで大好きなこのホームページを終えることができる。
そしてまた次のホームページを作っていく。それをまた愛せばいい。
そうやって、ぼくはぼくの人生を、死ぬまで更新していくのだ。

だからみんな。さようならではない終わりとは、なんとすばらしいことでしょう。これからもずっと遊びに来てね。
textile dining michiで会いましょう。

  
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