物語は終わらない

パラレル・オムニバス小説「ウラミチ」第9話

だからぼくらは起き上がり、PCの電源を入れる。

ふたりの物語を終わらせるために。
















暗い部屋の中で、PCの画面がまばゆく光る。



すごい・・・勝ってる・・・・いま218票だって。


最初はあんなに負けてたのにな。


途中からどんどん追いついて、とうとう追い抜いちゃった、ね。みんなのコメントもなんだかせつない感じ。・・・あ、「せつない二人を小説の中で幸せにしてあげて」って、これあたしだよ。わかった?


ああ、そうだったのか。どうりで顔文字だ。


・・・幸せになれたのかな。



うつむいて彼女はタイプして、ふと画面に背を向けてくるりと天球儀を回す。 そこでぼくらは手を休め、彼女が淹れてくれたコーヒーを飲む。








でも残念だな、もうちょっとだったのに。


残念?


ああ、だってあともうちょっとで終わりだったのに、1位になれたかもしれないのに、もう更新できなくなったらだれも来なくなる。



そうね、でもね、勝ち負けなんてどうでもいいじゃない。こんなにたくさんの人が見てくれたんだから。


ああ、そうだな。それだけで十分だ。


みんなが見てくれた文章は、文字は、文字を見て脳で想像した風景は、そのときの感情は・・・記憶は、きっと死なずにいつまでも残るよ。


俺に、そんな文章が書けたかな。


わかんない。けど、この文章のおかげでだれか一人でもずうっとあたしたちのことを覚えていてくれるとしたら、それであたしたちはずうっと幸せだよ。




そうして彼女はぼくの背中に抱きつく。








ね、みんな明日の午前0時も見にきてくれるかな。


無理だろ。だってもう、終わりだもん。


そうかもね。それでもきっと、みんなのなかで、あたしたちの物語は、終わらないよ。


















そこでぼくらは立ち上がってベッドに戻り、横たわってふたりの夜空を見上げる。PCの画面は鈍く輝いたままで、部屋の星たちの光を優しくかき消している。
ぼくらの夜空は夜明けが近い。

ねえ、と彼女が言う。

見送るのと見送られるのなら、見送るほうが好きってあなた言ってたじゃない。あたしも、見送られるほうが好き。見送られるほうは、いつまでも背中を見ていてもらえるじゃない。

それとね、と彼女は強くぼくを抱く。

永遠の愛なんてない、って書いてたじゃない。そんな寂しくて悲しいこと言わないで。人はたしかに愛し、奪い、忘れる。でも毎回全力で愛し、奪い、忘れるの。その繰り返しは無意味なものじゃなくて、いつも人は愛を、人生を、模索し続けているんだと思うの。決してたどり着けないとしても、いつかたどり着くことを夢みて。

そして彼女はぼくの首元に頬をうずめ、続ける。

全力で、奪って。そしてたどり着いて。見送って、素敵な描写、してね。



ぼくらは最期のキスをした。



そうしてぼくは彼女のネックレスに指を通し、それを掴んで強くひねる。銀の星が彼女の首に食い込み、光る。

彼女はうんうんとうなづき、ぼくはその手に力をこめる。

ぷつりとネックレスのチェーンが切れ、星が宙に舞う。

それはまるでスローモーションのように柔らかく跳ね、ベッドの隅に消えていく。流れ星だ。

気持ちいい、と彼女はつぶやき、ひとすじの涙を流す。流れ星だ。


ぼくは彼女の首に手をかけ、両手でそれを強く愛する。

壊れぬように、壊れるように、強く強く全力で愛する。

彼女は腕をぼくの背中に回したままうんうんと激しくうなづき、ぼくの背中に強く爪を立てる。


やがて彼女の白い肌が朱に染まり、だんだんと彼女のうなづきは減り、弱まり、そして途絶える。

爪はぼくの背中に強く食い込んだままだ。


とても、幸せそうな寝顔だ。


いつのまにか彼女の左耳のガーゼが取れ、ななめ下に5ミリほど裂けた耳の間から赤い血がしずくとなってベッドにしたたっている。

ぼくはそれを舐める。鉄の味がする。

暖かい。

いつまでも暖かい。




ぼくは立ち上がり、彼女の包丁ケースを開ける。

彼女がよく手入れした出刃包丁だ。

しのぎに星がまぶしく映る。


ぼくは眠る彼女の隣で、それを自分の首にあてがう。



ぼくらの物語は、決して終わらない。








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