かき入れどきのはずの土曜日。
しかし、夏を思わせる陽気がしばらく続いた空は久しぶりにひんやりとしていて、「今日行くよ」的な連絡は誰からもなく、始まる前からどこか静かな雰囲気がただよっていました。
そして、予想していたとおり。
今日は、だれもお客さんがきませんでした。
オープンして初めての来客ゼロ。
しかし、不思議なことに悪い気はしませんでした。
むしろ、この前書いたように、初めてひと息ついていろんなことを考える余裕ができたというか。8時になってもだれも来ない時点で、たぶんこれはこのままゼロだなとなんとなく悟って、開き直って思いっきり仕込みや試作をしたりしました。(本来は、場所なし人手なしのうちの店では営業時間中の仕込みはかなりの自殺行為。)
そして、今日初めてだれも来なかったということは、5月20日にオープンしてから昨日まで14日、まる2週間ずっと誰かしらが途切れることなく来てくれたということなのです。だれもいない土曜日は、そのことの幸せ、ありがたさをかみしめる時間であり、ほんの1日くらいだれかが来なかったことを痛手に感じることはありませんでした。
この前の日記の後も、いろんな人が来てくれました。
予告どおりに学校の友だちが来ました。けっきょく5名で、貸切宣言は前のめりすぎだったけど。とはいえ5名でもぼくは十分いっぱいいっぱいで、かなり提供が遅れたりしました。それでもみんなは喜んで、内装をほめ料理がおいしいと言ってくれました。それはさすがにお世辞だろう、揚げ物が半生だったりしたし、学校でやったような華麗な料理はちっとも反映されてないしさあ。と、褒め言葉は半額くらいで受け取っていたのですが、帰った後にもみんなから「感動したよ」というメールを次々にもらいました。そうか、感動するのか、とちょっと驚きました。
ちょうどおしょうのブログ(リンク貼っていいのかw)にこのサイトの「コンセプト」についてのメッセージがあり、「店長が語る一番おいしい目玉焼きをおいしいと思える人間でありたいし、そう思える人を大切にしたい」と書かれていました。そういえばぼくは、2年前に「高いお金を出して食べるレストランの食事は確かにおいしいけれど、ぼくにとっては好きな人が作ってくれた目玉焼きのほうが100倍おいしい。素材よりも技術よりも、ましてや値段よりも、なにより人の心が料理をおいしくするのだとぼくは信じます」「だから友だちがきてくれて、友だちをもてなすような、小さな飲食店をやりたいとぼくは考えるようになりました」と書いていました。これまでちっとも自信が持てなくて、せっかく来てくれたのにご期待に添えなくてごめんなさいみたいな引け目がずっとあったのだけど、でもそんな風に感じる必要はないのかもと少し思えてきました。いくらバタバタしてても遅くても、友だちは「ぼくの店」という事実に感動してくれる。バタバタや遅れも含め、友だちだからこそ広い心で楽しんでくれる。ぼくはそれを期待して店をやろうと思ったんじゃないか。そうだった。まずはただの目玉焼きでもいいんだ。自信を持とう。
ターゲットが「友だち」という荒唐無稽な店ですが、それを現実化する手段としてぼくが選んだのがサイトでした。
別の日にはカフェオレ・ライターのマルコさんと、感動の初対面がありました。常連ランク1位の海上くんも、まぎれもなくサイトつながりです。おじちゃんの店でもこういう「サイトを見てくれていた人が来てくれる」という図式があり、そのおかげで看板も宣伝もない店がこうして途切れずお客さんを集めることができているわけです。まさか2週間も続くとは思ってもいませんでした。
途切れずといっても、文字通り途切れていないだけの話で、このペースでは採算が合わずじきに資金がショートするのですが、2週間毎日だれかが来てくれたという事実に、これまでのところはぼくの作戦は間違っていなかったのかもと思えるようになりました。
今また「コンセプト」を読み返すと、ぼくは2年前に考えていたとおりの店を作りつつあると感じるのです。前にテレビで見た。矢沢栄吉は昔の自分のインタビュー映像を見て、「言ってることはメチャクチャだけど、もしもオレがプロデューサーでこうやって見ていたら、こいつはサクセスするよ、ブレてないもんね。そう思うね」と言っていた。天下のYAZAWAと並べるのはおこがましいが、ぼくも、紆余曲折はあったけれども、相当ブレてない。あのときから店名は決まってたからね。
もちろん、ターゲットは「友だち」とはいえ、それは地元の人を受け入れないという意味ではありません。このペースでは採算が合わないと書いたように、狭い意味での友だちだけではさすがに無理がありすぎます。地元のお客さんも、何度も足を運んでくれて友だちになって、友だちと友だちが友だちになったり、サイトを見てまたこの店に興味を持ってくれたり、そうして輪が広がっていったらいいなと思っています。
そういう意味で、店の斜め向かいのマッサージ屋の中国人さんが知り合いを連れて2回も来てくれたことはうれしい材料でした。最初は近所付き合いで顔を出してくれて、そのときに気に入ってくれたらしくまた来てくれたのです。おじちゃんの店のときも感じたのだけれど、お客さんの「また来ます」という言葉は社交辞令の場合とそうじゃない場合があり、その違いはなんとなくわかる。中国人さんはたぶん本気で「また来ます」と言ってくれているのだとわかったし、彼が連れてきてくれた友だち(のうちの一人)もいつかまた来てくれる気がする。まだ空いているからかろうじて満足してもらえるレベルのものを出せたということはあるけれど、それでも狭い意味での友だちではない地元の人にリピートしてもらえたというのは喜ぶべきことでしょう。そしてこうして、広がっていったらいいなあ。
この2週間に来てくれた人、すべてに心から感謝です。そして、まだこれから会える人たちが無数にいることにワクワクしています。
***
この日記は店で書いています。ようやく店にネット接続環境ができました。
家から店までは直線距離で30メートルほどなので単純に無線LANを飛ばそうと思っていたのですが、実はこいつがどっこい大変だった・・・。
事前に、無線LAN構築済みのノートPCを持って店まで歩いていったところ、あと10メートルくらいのところで電波が途切れました。だから2ヶ月くらい前にヨドバシに行ったときに、無線を強化するバッファローのルータとカードのセットを買ってきていました。
箱には「通信距離338%UP!」と豪勢なことが書いてあるのでこれで十分いけるだろうと思ったのですが、いざそれらをつないでみてもちっとも距離が伸びやしない。そこで20メートルのケーブルを買ってきてルータを家の中のいちばん店よりの窓際に置き、さらにルータに無線強化アンテナを増設し、さらにさらにクライアント側のカードにもアンテナをつけたのですが、それでも店内までは届きません。店のドアの前まではつながって、そのまま中に入るとかろうじてネットに接続できるのだけれど、すぐに切れる。そしていったん切れると店内からは再接続できない。うーん困った。
しょうがないので最終手段、アクセスポイント増設。同じルータをもう一台店側にも置いてWDS通信ですよ。そうしてようやく店でも快適にインターネットができるようになりました。いったい全部でいくらかかったんだろ。ま、店で新たに回線を引いてプロバイダ契約することを考えればすぐに元が取れる金額ですけどね。
ネット環境には金以上に、膨大な手間と時間がかかりました。足りないものをそのつど電気屋に買いに行くのもたいへん。思うように通信距離が伸びないとバッファローのサポートセンターに電話しても、まず混んでいるので待たされること10分以上。ようやくつながったサポセンの人もいまいち要領を得なかったり。ときには罵倒に近いせめぎ合いがありました。
ルータ&カードで通信距離が「338%」で、アンテナが「160%」、それが2本、ということは338%×160%×160%=865%だろう、それなのにたった30メートルの距離が届かないとはどういうことか!「その数値はあくまで障害物がない場合の目安でして、保障ではありません」。それはわかっておる、だからどうしたら届くようになるか考えて教えなさい!「えー、パソコンとアクセスポイントの距離を近づけてください」。それができないからこうして聞いておるのじゃ!バッキャロー!!(バッファローだけに。)
けっきょくアクセスポイント2台でWDS通信することにしたわけですが、そんな無理やりな方法なので情報も少なく、正しい設定をしてもなぜかうまく認証されなくて初期化して1からやり直したりして。サポセンと1回の電話で1時間2時間はあたりまえ。延べ10時間は話し合ったでしょうか。
長時間話しているうちに、一度は憎しみ合ったサポセンとも心のつながりが生まれ、最終的に無線接続に成功したときには「きっ・・・来ました」「来ましたか!」「やったあ!」「おめでとうございます!」「ありがとうございます!!」と電話だけど手に手を取って感動のフィナーレを迎えました。
ついでにいうと、そんなさなかに運悪くノートPCの電源ケーブルがいかれてきてヒューレットパッカードのサポセンにも電話しなきゃいけなかったり、交換用のケーブルを郵送してもらうことになったんだけど到着前にバッテリーがついえて一時的にパソコンが使えなくなったり、とにかく大変でした。パソコンのない世界に行きたいと本気で思った。
PCでこんなに苦労したことが今まであっただろうか。HDDがクラッシュしたとき以来だな。そういえば今までクラッシュ2回したな。XPにアップグレードするときもデュアルブートとかでえらい手間取ったな。けっこう苦労してるかも。まあとにかく大変でした。
そして、やはり前にヨドバシで買っていて箱に入ったまま放置していた新しいプリンタのインストールも完了。店に設置しました。スキャナ付で、スキャンした画像をPCに取り込めます。手書きメニューのコピーもできます。
メールを送って本文や添付ファイルがFAXとして送信できるNTTのサービスを申し込んでありましたが、やっと説明書を掘りだしてその使い方を確認しました。発注がFAX機なしに居ながらにして行えるようになりました。
これで、たいした機器や回線を増設することなしに、既存の環境の延長でネットもFAXもコピーもできるようになったわけです。構想どおりのIT飲食店に近づいてきました。
ようやく、営業外の時間に手間をかけてまで、買ったままで手付かずになっていた箱を開け周囲の環境を整える余裕ができてきたということです。
***
肝心のメニューのほうも。
最初は何がどれくらい出るかわからず、とにかく不眠不休で全部のメニューを山ほど仕込みました。お客さんがどっと押し寄せているというほどではないので、最初に仕込んだ食材は無駄にしてしまったものも多くあります。しかし2週間がすぎ、何をどれくらい仕入れてどれくらい仕込んでおけば無駄がないかということが少しわかってきました。
そして、最初に悩んだのは「初めて作る料理は、どうもしっくりこない」ということだったわけですが、逆に2度目・3度目と同じメニューの仕込みをするうちに、だんだんしっくりとくるようになってきました。
例えば、「牛肉のタリアータ」というメニューがあります。牛肉のたたきイタリア風、みたいなやつです。たたきですから表面だけに焼き色がついて中はレア。表面だけをさっとフライパンで焼き、真空調理で中をロゼ色に仕上げ、そぎ切りにして提供するつもりでした。
1度目は牛のブロック肉を仕入れ、適当な厚みに切り、それを調理しようと試みたのですが・・・ブロック肉をスライスするのって、意外と難しいんだよね。厚いのもあれば薄いのもでき、真ん中でちぎれてしまったり。焼く前の段階で、すでに失敗でした。
そこで2度目は、肉をブロックではなくスライスで注文しました。同じ肉でもスライスだと加工賃が乗って少し高くなるのですが、肉をきれいな形で使えるのは間違いありません。しかし・・・結果から言うと、どうにも理想とする「中がロゼ色の切り口」には仕上がりません。
真空調理では、肉の表面だけフライパンで焼いた後に真空パックし、湯煎にかけて加熱します。温度計を刺して中心の温度を測りながら湯煎でじっくり加熱するので、フライパンで焼くときのように焼きすぎることがなく、中がきれいなピンク色に仕上がる・・・はずなのですが。中心温度を測りながらやって、教科書どおりの58度になったところで急いで湯からあげて氷水につけて急冷却したのに、なぜかカチカチのウェルダンになってしまったのです。注文した肉のスライス厚が薄すぎたのか、余熱であっという間に中心まで熱が入ってしまったようです。
そこで3度目は、肉のスライス厚をかなり厚く指定して発注しました。そうすると当然1枚の肉が重くなりすぎるので、1枚のスライス肉を縦半分にカットして1人前で使うことにしました。さらに湯煎機の設定温度を80度から60度に落としました。すると、肉に十分な厚みがあるので中まで熱くなるまでに時間ができ、そして湯温が理想の58度に近いため加熱しすぎることもなく、ようやく注文どおりのきれいなロゼ色の断面に仕上がりました。
その間に、ソースもいろいろと試行錯誤し。ようやくおいしいものができたとさ。
お恥ずかしながら2週間たって、ようやく人様に提供できるちゃんとしたメニューになりました。
いや、家でやる分には、昔からちゃんと作れたのよ。スーパーでステーキ用の肉を1枚買って、フライパンでじっくり焼いてね。でもスーパーで買う肉と業者から買う肉は違うし、その方法では手間がかかりすぎて店では出せません。もちろん普通のレストランではオーダーごとにじっくり焼いて出しているのだけれど、何もかも一人でやるうちの店の場合それは無理です。
そこでぼくが選んだのが真空調理だったわけですが、なにぶん今はまだ一般的とは言えない調理法のため、レシピもほとんどありません。真空調理は使いこなせばおいしく便利な無敵の調理法なのですが、最初から最後までパックの状態のため、まさに蓋を開けてみるまで成功か失敗かわかりません。失敗に失敗を重ね、ようやく店で出す料理としての完成度が上がってきました。
***
ほかに、冷蔵庫の整理や収納なども。在庫管理表なんかも作りました。自信をもっておすすめできる、すごくおいしいデザートができました。ドリンクメニューは・・・まだだけど、もうすぐちゃんとしたのができます。
いま考えると、20日のオープンのときは、ほんとにもう何もかもが不十分でした。メニューブックですらお客さんを目の前にして切って貼って出してたからね。ほとんどの料理は提供用としては初めて作ったもの。運が良ければおいしいけれど、悪ければ食えたもんじゃない。店としての点数は、限りなくゼロに近かった。
正直に言うと、あのときは5月20日すら無理だと思いながら、目をつぶって店を開けました。もっともっと準備に時間をかけていたかったけど、なんとなく「このままじゃ、ゼロはいつまでたってもゼロのままだ」という気がしたのです。
果たしてゼロからのスタート。キツかった。
おじちゃんの店が開くときに、彼は「飛行機の操縦で一番難しいのは離陸のときだというけれど、店もそうでねえ。オープンして軌道に乗るまでが大変なんだよ。離陸してしまえば乗りこなすのは案外簡単なんだけどねえ」ということを何度も何度も言っていました。
本当にそうです。ゼロはいくつ足してもゼロだから、それを1にするのは難しい。1にするまでの過程が、例の「店づくりの第1フェーズ」なんだろう。
ほぼゼロでも、えいやっと開けてみると、そこで初めてお客さんの反応がわかり、どうオペレーションしたらいいかもなんとなくわかってきました。改善すべき点が見えてきて、少しずつ、ゼロが0.1になり、0.2になり、だんだんと数字が上がってきました。
いまはまだ、少しずつ体制は整ってきたとはいえ、たぶんお客さんがいっぱい来たらパンクする。あと開業届とか経理処理とか、手付かずのことは山ほどある。やりたいこと、やらなきゃいけないことはたくさん残ってる。まだ0.4ぐらいかな。
でも、もう少し。
ネット環境も整ったので、メニューの試行錯誤と平行して、新しいサイトを作り始めようと思います。それにどれくらい時間がかかるかわからないけど、のりさんややっしーが作ってくれた素材はばっちり揃っているので。
それが完成したら、0.5です。四捨五入すれば1なのです。そこまで届いたら、「textile dining michi」の本オープンです。
PRIDE、放送中止だそうで。
表向きの理由は「契約違反」ということになっているようですが、十分に売れているコンテンツをテレビ局がみすみす捨てるほどのことだから、単なる契約の不履行が原因ではないだろうなあ。
PRIDEの主催会社であるDSEの暴力団との絡みや、はたまたそれが明るみに出ることでPRIDEが消滅するという話は、以前から噂されてはいたようです。
が、暴力団の件は真実としても、ここまで興行的に成功しているイベントが消滅なんて、2ちゃんねる特有の妄想の域だと思って薄目で見ていました。もちろん99%は妄想だったんだろうけど、現実になってしまいました。
いかんせん公式発表では「放送を継続することが不適切な事象が、イベント会社内であったため。契約違反に該当するものだが、具体的な内容はコメントできない」というのみで詳細が不明です。何か情報はあるかしらとまた2ちゃんねるをのぞいてみましたが、ここぞとばかりにすごい勢いで妄想が錯綜してめまいがして、3スクロールくらいでおなかいっぱいになってやめました。
というわけで真相は闇の中だし、真相が今後表に出てくるかどうかもわからないのですが、仮に暴力団がらみとしても約束された視聴率をTV局がむざむざ捨てるほどの「契約違反」っていったいどんな事情だろう。
DSEが暴力団と関連しているといってもそんなの前からみんな知ってる部類の話だし、たぶん格闘技の興行って多かれ少なかれそんなものだろうし、単に「バックに」暴力団が「いる」ということだけが直接の原因ではないと思うんですよね。きっともっとどえらい話ですよ。
せっかくですからぼくも妄想してみよう。
○ノゲイラ兄弟替え玉事件発覚
○ミルコ代議士学歴詐称疑惑
○ヒョードル、拳のプレート長い間はめすぎ 成長し手の皮を突き破る ベアクローはルール違反
○マーク・ケアー、実は霊長類ですらなかった 動物愛護団体から非難続々
○放送コードの改訂により「玉袋筋太郎」という芸名がアウトに
○藤原紀香 豊胸疑惑
○内部告発「高田本部長と高田総統は同一人物」
あーおもしろい。
さて、真相はわかりませんが、今となればひとつ思い当たるのが桜庭のこと。高田道場を離脱してフリーへ、そしてPRIDEを離れHERO’Sへという一連のサプライズ。
桜庭が高田道場を辞める時点では、高田は桜庭が円満退社というか満を持しての独立であるというニュアンスをしきりに強調していました。今後も道場での練習は続けるようだし、まさか桜庭が高田を裏切るはずはないから、ぼくにはそれは本当のことのように感じられました。
ただ、その直後に桜庭がHERO’Sのリングに現れたことにはさすがに違和感を感じずにはいられませんでした。その直前にDSEが「桜庭選手は今後もPRIDEを主戦場としていくことは確認済み」とコメントしていたからです。ショックだとかそういうことではなく、桜庭は、高田を裏切らないのと同様に、PRIDEのことも裏切らなそうなのになあと思ったのです。
そして。HERO’Sのリングでマスクを被った桜庭は、ここに上がった理由を問われ、答えました。「言われたから、来ました」。
桜庭がインタビューで人を食ったような発言をするのはいつものことです。ただいつものそれは、脱力して相手の勢いをそらし自分のペースに引き込むユーモアであり、彼ならではのパフォーマンスであり。ボブ・サップや亀田兄弟と、タイプは異なれど根本にあるのは同じサービス精神の表れなのです。しかし、そのリング上では様子が少し違いました。明らかにテンションは低く、いやむしろ半泣きで、ましてや「言われたから」なんて、空気を読もうともしない身も蓋もないコメントでした。しょせんテレビ観戦なので実際のところはわかりませんが、会場も沸くどころか静まり返っていたように見えました。そのときは会場もあっけにとられているのか、それとも意外と入場曲だけではそのマスクの男が桜庭と気づかない人も多いのかな、なんてぼくは思っていましたが、もしかしたらあの反応は桜庭のあまりにそっけない態度に沸くポイントを見つけられなかったからなのかもしれません。
その、いつもと違うコメントと、DSE側の発表との食い違いに違和感を感じながら、一度は真相は闇に消えました。そのときはまだ何もわからなかったので、「言われたから来ました」というサムいコメントは単に桜庭が緊張してスベっただけなのかもとも思いました。だから「誰に」「何を」言われたのか、その言葉の本当の意味は考えませんでした。
しかし、いま考えると。間違いなく、高田に「言われた」んだな。PRIDEは、もう終わりだ。お前だけは生き延びてほしい。だから高田は、引き続き一緒に練習するのに独立というわけのわからない形を取ってまで桜庭を高田道場(≒DSE)の縛りから外し、契約更改のタイミングを利用して、いわば桜庭を箱舟に乗せたんだ。桜庭は、PRIDEを捨てるつもりはなく、実際にDSE側にも継続参戦の意向を示していて、でも高田がその箱舟の錨のロープを絶った。桜庭は、PRIDEに対する不義理・後ろめたさと高田への義理・感謝の間に揺られながら、箱舟を降りてこう言うしかなかった。「言われたから、来ました」。箱舟だけにガチだ。
と、リングの外に妄想をめぐらせるのはやっぱり楽しい。
しかしPRIDEが消滅っていうのは、いくらHERO’Sが残っているとはいえあんまり楽しくはない。K−1とPRIDE、それはレンタルとセルが共存してAV界が繁栄しているがごとく、2つの車輪なんだ。ぼくはレンタルAVはもう見ないけれど、脱レンタルして初セルするAVギャルがいるからセルは盛り上がる。ギリモザは、アナルは、きっとPRIDEにおけるグラウンドの攻防なんだ。
・・・それはさておき、K−1(≒HERO’S)だけじゃだめなんだ。なんとかPRIDE(もしくは名称を変えての同じ興行)が存続する術はないものか。ないだろうなあ。放映権収入がなくなれば、DSEは致命傷だろうしなあ。フジテレビがここまで育てたドル箱を手放したということは、それは他のテレビ局も手を出せないパンドラの箱だということなんだろう。
フジテレビがDSEと決別し独自のイベント会社で旧PRIDEを引き継ぐ・・・ということになればベストだけれど、高田が桜庭をHERO’S(≒TBS)に逃がしたというぼくの妄想が当たっているとしたら、きっとフジテレビにもPRIDEを引き継ぐことができないドス黒い何かがあるのだろう。それも期待薄だ。
そして最も気になるのは、桜庭を(脳内)箱舟に乗せた男の中の男、高田さんの行く末だ。ぼくは日記上での笑い表現を「あーはは」で統一し、愛読書に「泣き虫」を挙げるほどの高田さん支持者だ。もともと、高田さんのお給料がどこから出ているのか気になっていた。まさか高田道場の生徒の月謝だけではあるまい。ギャラが出ているのはフジテレビからなのか、DSEからなのか、ずっと考えていた。その話でひとつ日記を書こうと思っていたほどだ。もちろん両方からだろうが、彼の生活を主に支えているのは、どちらの企業だったのか。
それは、DSEなんだろうね・・・。だからハッスルにも出ていたわけだし。だとしたら高田さん、いったいどうなる?次週、向井亜紀号泣!「会いたかった、けど、百瀬さんとかそういう人じゃなく」!
まあこうやって妄想してもいつも一個も当たらないわけですが。
***
とかいう話を、店でずっと書いていました。
要は、ヒマでした。
この前は「初めてお客さんが来なかったけどいい時間でした」的な余裕ぶっこき日記を書いていたけれど、土曜日ゼロ、日曜日ゼロで、さすがにそうも言ってはいられない。今日は久しぶりに来客2組で胸をなでおろしたけど。
そろそろデビューしないとね。
ま、店をやりながら空いている時間にたわいもない日記を書くのは夢でもあったしな。空いている時間に日記を書く余裕くらいは出てきたということで。夢はひとつひとつ現実になっていっているんだ。
と無理やりポジって、明日からまたがんばりましょう。
ああPCよ君を泣く。無線LANを店まで飛ばすのにえらい苦労したばかりですが、ぼくは今また困難な局面に立ち向かおうとしています。
これから、ノートPCのCPUファンを交換しないといけないのです。
このノートPCはまだ買って1年も経っていないのですが、購入してすぐにCPUのファンが全く動かなくなりました。もちろん保証期間内なので無償で修理してもらうことはできます。でも修理に出すのがいやなのでこれまで放置していました。CPUファンくらい機能しなくともPCが動かないことはないしね。CPUを酷使する作業さえしなければ問題なく使えるのです。
ただ、ファンが動いていないのでCPUの周りは常にアツアツです。そして動画でも長い時間見た日には、その熱がピークに達しやがてPCは動かなくなります。
これまでは保冷材をPCの下に敷いたりして騙し騙し使っていました。しかし、ぼくはもっと快適にPCを使いたい。もっと動画を見たいんだ!
・・・そうではなくて。
PCを、常にアツアツの状態で使っているのは非常によろしくないことです。たぶんCPUの寿命を縮めることになるだろうし、ひょっとするとHDDやその他のパーツにも悪影響を及ぼすかもしれません。いま、PCの中には非常に重要な情報が山ほど入っていて、いや動画とかのことではないですよ、レシピから何から店のデータはすべてこの箱の中に収められています。そしてこれからも、経理処理・広告宣伝などの重要な役割をPCが担っていくわけです。このPCが壊れたら一巻の終わりです。
PCはいつか壊れる機械であるというのは、これまでの経験でよくわかっています。これから夏を迎え気温が上がってくるうえで、このままファンなしで過ごすのは非常に危険といえます。
そこで、この前電源ケーブルの不具合の件でヒューレットパッカードのサポートセンターに連絡した際に、あわせてCPUファンについても相談しました。もちろんサポセンは「保証期間内なので修理させていただきます」と言いました。
しかしやっぱり、PCを手元から離すのは無理不可能。そこで無理やりねじこんで、特別に交換用のCPUファンだけ無料で送ってもらえることになりました。つまり、修理に出すのはいやなので自分で修理するということです。
パソコンの改造なら昔かなりやったし、中でもCPUの交換は比較的難度が低く、今回も自分で簡単にできると思いました。
しかし・・・届いたファンを目の前にしてネットで情報を調べてみると、ノートの改造はデスクトップと比べて意外と難しいらしい・・・。そして、PCの蓋を自分で開けてしまったら最後、もうメーカーのサポートは受けられなくなります。開けてみて何かのトラブルが生じても助けてくれる人はいません。
PCが重要だから修理を決断したのですが、重要だからこそ万が一失敗した際のダメージは大きい。とたんに尻込みし始めています。
しかし、交換用の部品だけ送ってもらうという異例の措置をねじこんだ替わりに、取り外した古いファンを一週間以内に返送するという条件で期限が区切られてしまいました。今すぐに、メスを入れないといけないのです。
まずは念のため、バックアップソフトでノートPCのデータをそっくり外付けHDDにコピーすることにしました。
丸ごとコピーなので非常に時間がかかり、今この裏ではPCが必死にその作業を行っている最中です。1時間ほど経ちましたがまだまだ時間がかかりそうなので、こうして日記を書いています。
それが終わったら、電源を落としてPCの蓋を開けます。
そこで何かのトラブルが生じたら・・・。ひょっとすると、二度とこのPCが生き返らないということだってありえます。
こわいよう・・・。
この日記が、遺書になってしまわなければいいのですが。
万が一PCが壊れてしまったら。今度こそ張り紙を貼ります。「機器の故障のため臨時休業させていただきます」。
バックアップが終わりました。出陣の時が来ました。また会えることを祈ります。
***
格闘3時間・・・直りました。
ノートPCの改造の難しさは、まずはそのケースを開けるところから始まっているわけです。デスクトップならケースを開けるのはネジを外すだけで本当に簡単ですが、ノートは機種ごとに独特の開け方がありそこが難しいといいます。ぼくのと同じ機種の解体をレポートしているサイトが2つ見つかって、それをプリントアウトしたものを見ながら解体に取りかかりました。
ネジを外す、HDDを外すといったところまでは順調でした。しかしこのPCには本体と蓋を噛み合わせているプラスチックの爪が一ヶ所あり、ネジを全て外して蓋が自由な状態になったところで最後にその爪を外すのがとても難しいと、どちらのサイトにも書いてありました。
案の定、ぼくもそこでつまづきました。
結果から言うと、どちらのサイトも爪の外し方が間違ってたんだよね。彼らが試みたように前から押すんじゃなくて、後ろから押せば簡単に外れるんです。
と、書くだけじゃ意味はわかんないだろうけど。とにかく事前に得ていた情報は、最も難しいポイントを間違った方法で解決していたのです。でも最初はそんなことわからないから、先人たちがやったように爪部分を前からマイナスドライバーでクリクリつつきまくったわけです。
つつきまくるといっても、相手は精密機械。誤って基盤に傷でもつけようものなら命取りです。そこはさながら時限爆弾解除のような、根気をすり減らし神経を使う作業でした。
彼らと同じように前からクリクリ押して、彼らと同じようにケースが傷だらけになって。それでもいっこうに最後のポイントである爪は外れる気配がありません。
ほんの1ヶ所を外すだけなのに、そこで2時間は足止めを食ったでしょうか。そこまでくると不思議なもので、だんだん大胆というかヤケになってもきます。プラスチックの爪くらい折れても今後に影響しないだろうから、もうバキっといっちゃってもいいんじゃん?
さすがにバキっとはやりませんでしたが、クリクリがだんだんグリグリになり、それでもちっとも外れず、こうなったら前からじゃなくて後ろから押してみろ!狭くてそこに何があるか見えないけど、たぶんここに機械はないだろう、ええいままよ!
と半ギレでマニュアルを無視して後ろから、見えない隙間にドライバーを突っ込み、グリグリググイと押してみたら・・・簡単に外れた!
こうして無事にケースは開き、念願のCPUファンとご対面。慎重に外して新しいファンを取り付けて、今度は開けたときとは逆の手順でノートPCを組み立て直しました。
そして電源ボタンに手を伸ばします。手術室の外の廊下で祈る父親の気分です。ボタンを押すと・・・赤い電源ランプが・・・・点いた!これは「手術中」のランプが消えた感じです。とりあえず、だいぶ乱暴に扱ったけれど機械を壊してはいなかったようです。まずひと安心。
しかし気がかりなことがあって、ケースを開けるときに無理をした勢いで内蔵の無線LANカードの小さなピンを引っこ抜いてしまっていたのです。組み立て直すときにピンが抜けているのに気づいて入れなおしましたが、とても小さなピンだったので入れるのにもだいぶ苦労して、そこでもまた無理な力をかけてしまいました。ひょっとするとそのせいで無線にトラブルが起きているかもしれない。
PCの電源がついて起動した後も、無線に接続するまでは気が抜けません。起動するWINDOWSの画面をじっと眺めました。このへんは「手術が終わったのに産声が・・・聞こえない?」にあたります。
WINDOWSが立ち上がるまでの、なんと長いことか。タスクバーのアイコンが、ひとつ、またひとつと増えていきます。無線は、無線は生きているのか?無線LANのアイコンがなかなか出てきません。かわりになにやら×印のついたアイコンが出てきて焦ります。
永遠とも思える時が過ぎ、「無線LAN:オン」のアイコンが表示されます。「手術室から主治医が出てくる」です。生きているのか?震える手でOutlook
Expressを起動します。頼む、接続してくれ!
オンライン中・・・接続中・・・・。起動したてなのでやたら遅いです。妻は、赤ん坊は、どうなんですか先生!?
そして・・・。「メールの受信中・・・」!おめでとうございます、立派な男の子ですよ!「1通の新着メッセージ」!オギャー!!
けっきょく、何の問題もなくPCは起動し、ネットにも接続できました。「素人参加トーナメント PRIDEヌキヌキグランプリ開催!!」という件名のメールが、こんなにいとおしく思えたのは初めてです。
×印がついていたのはネットワーク接続のアイコンで、「ネットワークケーブルが接続されていません」の×でした。無線LANだからあたりまえ。そういえばいつもあったや。
そして、PCを持ち上げて裏面をのぞくと・・・CPUファンが動いている。こんなに静かだったっけ?もっと大きな音だと思ったけど。もっともっと、大きな音でもいいのに。でも手をかざすと、たしかに風を感じます。生ぬるいけれど、ひんやりと冷たい。心地よいそよ風。命の息吹。
一度PCの箱を開けると、なんというかそのPCに対して愛が芽生えるものです。裸で抱き合ったことでより強くなる心の結びつきです。
こうして手術は無事成功しました。終わってみると、簡単だった。せっかく箱を開けたんだからついでにメモリの増設くらいしとけばよかった。
敷居が高いといわれるノートPCの改造。今回はいわば蓋を開けただけで、HDD交換とかに比べれば序の口でしょう。敷居に足をかけたくらいでしかありません。
でも、ぼくらの間の心の結びつきがあれば、さらなる困難だってきっと乗り切れる。次からはもう、ノートもじゃんじゃん改造できるな!やっぱり改造は楽しい!!
「パソコンは直ったの?」という連絡を何件かもらいました。
前回の日記が「今からPCを直す」というところで終わっていた方、たぶん朝6時から10時くらいの間に読んだ人ですね。この前の日記の後ろには続きがアップされていますよ。
***
近ごろではオープン直後のお祝いムードもひと段落して、毎日欠かさず誰かがくるという状況でもなくなってきました。ぼくもそろそろ表舞台へ打って出るべき時です。お客さんが来なくて暇なときには追加のメニューを考えたりして最後の準備をしています。
4月20日のオープンのつもりが、工事に手間取って5月20日になった。一応の店の形はできたけれども、textile dining michiとしての本格オープンまでにも同じようにひと月くらいかかって、たぶんそれは6月20日あたりになるのでは、というようなことを前に書きました。そのときはとくに考えがあって6月20日と書いたわけではないのですが、いま調べてみるとその日はちょうど大安でもあり、あといくつかの残された仕事をこなして20日にグランドオープンというのはわりと現実的な線です。
ワカレミチの卒業と新サイトのオープンを、いちおう20日を目標にして進めていこうと思います。まだ来ていない人は、できればそれまでに、まだ落ち着いているうちに一度来てくれるといいな。ゆっくりお相手できると思います。本格オープンしたら、たぶんもう一度死ぬから。
というか逆に、20日くらいにはいいかげんちゃんとオープンして営業時間を拡大し地元の人にもばんばん来てもらうような体制になっていないと財政が破綻します。そろそろ5月末締めの支払いが大挙してやってくるのです。今の、一日一組友だちがきてゆっくり話をしながら食べてもらって12時には閉めるというペースは楽だけれども、それではとうてい生活できません。
と思ったら。金曜日は海上くんが友だちをたくさん連れてきてくれて、しかも地元の方(おそらく)も飛び込みでやってきて、さらにマイティボンジャックくんも来てくれて、思いもよらず店は大賑わいでした。終わって伝票を閉めてみてびっくり。地元の方が2名、マイティが2名、海上軍団は入れ替わり立ち代わりだったので結局何名だったかわからないんだけど、とりあえずお通しを出してチャージをもらった人数だけでも7名。(途中で準備したお通しが尽き、別のものを出す余裕もなくなり、あとはチャージをつけなかった。)
ということで伝票上は3組11名様のご来店。11名!うちは10席なので「1回転」したということです。そして売り上げも、このペースなら生活できるレベル、商業ベースに乗せられる数字でした。もちろん初めてのことです。これならやっていける!
・・・が、これを毎日続けないといけないのは・・・・キツいなあ。まだまだ準備が必要です。そして本格オープンしたら、やっぱり一度死ぬね。
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きのう夜中に、近くで食事をしていたという姉Aが一人でふらっと遊びに来ました。
タリスカーをガンガン飲んで「見てこの時計、買っちゃった。250万よ」と相変わらずゴージャスでした。この店とほぼ同じくらいの価値があの時計に・・・。
もう食事はすませてきたということで酒ばっかり飲んでいたのですが、だんだん目が座ってろれつが回らなくなり同じことを何度も言うようになり、ついには「いっしょに何か金儲けしない?コスタリカあたりで公文式を開かない?そうして大統領になるもよし、暗殺されるもよし」などと怪しくなってきたので、12時をすぎたところでタクシーを拾って帰すことにしました。
他にお客さんもいなかったので駅前まで送ってタクシーを拾ってやろうと思ったのですが、カギを持っていっしょに出ようとしたそのとき、姉Aが突然。
「あれ、あの人置いていくの?」
なに言ってるんだこの酔っ払いは。アンタは一人で来たでしょ。うちに来る前に彼氏と飲んでいて、ケンカしたので出てきてこっちに来たと言っていましたが、そのへんがよくわからなくなっているようです。ほら帰りますよ。
「いや、そうじゃなくて、そこに初めからいたでしょ、女の人」。
ゾゾゾーッ。
姉Aは、昔からアイスの当たりがわかったり、30分後におばあちゃんが家に遊びに来るといったことがわかる人でした。
「あんたの隣にずっといたのよ。『またどうぞー』って挨拶してた。てっきりいっしょに働いてるのかと思った。さっきガシャっていったのは、あの人が落っことしたのよ」
やめてくれー!!!
悪い感じのモノじゃないけどね、むしろ器量よしよ、と姉。だからといって霊は、好みのタイプじゃないです!
姉は「塩ある?」。ああああるに決まってるでしょホラ!
「うーんこの塩じゃなくて」。伯方の塩の何が悪い!!!
そうして姉はカウンターで、パッ、パッ、と塩を撒いて、タクシーで帰っていきました。
・・・あいかわらずわけがわかりません。
さすがに怖くてその日はひとりで店には残っていられず、家に帰って寝ました。
よく考えると、帰り際にからかわれただけのような気がします。だって最初からいたなら最初から言うだろ。
でも、飲食店には必ず霊がいるともいいます。一人で店を回すのはたいへんで猫の手でも借りたいくらいですから。悪い霊じゃなくて器量よしなら、霊の手でもまあいいか。うちの看板娘、名前はレイちゃん。居酒屋ゆうれい。みなさんぜひおこしください。(絶対やだ。)ていうかひとりだと怖いので来てください。
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12日(月)は、便乗企画「同じアホなら」。ワールドカップ、日本VSオーストラリアだ!
ま、別にサッカー好きというわけではないのですが。こればっかりは。
店に我が家の自慢の14インチ大画面TVを持ち込んでみんなでワールドカップを観ます。さすがに街からは人が消え、だれも来ないと思うけど、店は貸切になっちゃうのでお気をつけくださいねー。それではニッポン!チャチャチャ!
というわけで。12日はmichi初の企画的営業。家の自慢の14インチ大画面テレビを店に持ち込んで、ワールドカップ日本戦観戦イベントを行いました。
今回のポイントは、なんといっても「自分も見る」。(勝手。)そこで完全予約制とし、試合開始の10時に先立ってみんなに集まってもらうことにしました。通常営業のようにオーダーを受けて料理を出す形ではなく、飲み放題・食べものつきでお一人様3000円ポッキリという料金設定。原価とかを考えてあらかじめ出すメニューを決めて仕込みをしておき、ビュッフェ形式で大皿でどーんどーんと出していく。ドリンクも飲み放題用の焼酎とワインをボトルでどんと用意。割り物・グラス・氷も置いておき、あとはみなさん好きにやってちょうだいという寸法です。
それなら会計も単純、料理もこちらのペースで出せるし試合開始までにはおなかいっぱい、10時からはぼくも客席に入ってゴーゴーニッポン!
そういう形式だと1グループの貸切に近い形じゃないとキツいかなと思い、これまで稀代の集客力を発揮しmichの黎明期を(ぼくの生活を)支えてくれている海上くんにまずは相談。そうして集まってくれた海上軍団が、橋口くん、藤森くん(今は亡き「脊髄の中の人」の人。今は亡きテキストマニアでワカレミチと戦って散っていった人。)、そしてホームページを持たない一般の(笑)方々。それと、こっち側の人間では唯一、けいすけが単身乗り込んできました。
ぼく自身、ぶっちゃけ普段はサッカーなんて興味ないし、「みんなで同じことをする」というのが大嫌いなアナーキスト、日の丸フェイスペインティングなんて愚の骨頂、だけどそれはそれとしてお祭りやろーぜーという程度のノリでの企画でした。旗を振ってくれた海上くんも、最初に「ワールドカップって見る?」と話を持ちかけたときには「・・・いや、別に見ません」という見事なローテンション。そして集まった面々も、「えっ、ワールドカップってもうやってるの?予選?ああ、これに勝てばワールドカップに出れるのね。え?違う?これがワールドカップ?予選って言ったじゃん!?」という藤森くんの珍発言をはじめとし、微妙に応援ムードからは離れた雰囲気で会がスタートしました。
そんなだから、せっかくテレビを持ち込んで店のスピーカーにつないで大音量で試合直前の煽り番組などを流していたのにはみんな目
もくれず、音楽聞こーぜとか言って各自のMP3プレイヤーをつないでサンボマスター談義に花を咲かせたり、応援ムードとはほど遠いいつもの飲み会ムードで試合開始は近づく。予想通りというか予想外というか。どーなるニッポン!?
しかし、試合が始まると、それはそれ。みんなで「まゆげ!まゆげ!」(川口!川口!の意)と大騒ぎしながら一体になって声を枯らして観戦しました。ぼくも料理をあらかた出し終えて、いっしょになって酒飲んで応援できました。試合のほうはみなさんご存知のとおりですが、それはそれ。オープンして初めて、仕事を忘れてみんなとゆっくり飲みました。
「毎日をホームパーティーにしたい」と思って店を始めたものの、まだどうしても余裕はなく、とてもじゃないけどいつもはいっしょに酒をいただくどころじゃない。けどこういう形式ならぼくも存分に騒げるね。試みのイベントではありましたが、真のホームパーティー化へ向けて大きな収穫がありました。
そして、けいすけはぼく以外知り合いがいないという完全アウェー状態での参戦であり、実は彼に楽しんでもらえるか少し心配もあったのですが、蓋を開けてみると彼は登場時から「イェーイ!どうもでーす!け・い・す・け・でーす!」みたいな若干熱病気味のテンションで店に入ってきてすんなりと(無理やりに?)海上軍団に溶け込み、また彼らも積極的にけいすけに話しかけてくれて、すっかり仲良くなってくれました。けいすけはブログで「一人だから迷ったけど行ってよかった」みたいなことを書いていたし、それに海上くんが「またmichiで会いましょう」なんてコメントをつけていたり。ぼくは、ぼくの店でぼくの友だちと友だちがみんな友だちになってくれればいいと思っているのだけれど、まさにその通り。試合の結果はどうあれ幸せなサッカー観戦でした。みんなありがとー。
反省点は、終電があるから多くの人が前半終了時点で帰らざるをえなかったこと。家で見ていれば後半も見れたものを、申し訳ない。帰ったら負けていたなんて、ショックでしょう。みなさんごめんなさい。ジーコに代わって謝ります。
あと店の前の黒板イス(現時点での当店の唯一の目印であり、いつもは「open」と書いて店の前に置いてある)に、「本日は貸切です」と書くつもりで「貨切」と書いていたこと。不安だったので携帯で変換して確認までしたのに間違った。前には「receiption」と書いたこともあったし、あの黒板イスは鬼門だ。
あと、まとまった人数がきてくれてある程度の売り上げにはなったのだけれど、テレビをアンテナにつなぐために新たにケーブルを買ったり、テレビを見るのに邪魔にならないように上にあげていた吊り下げ式の照明が落っこちて壊れたり、酔っ払って携帯を落として壊れたり。予想外の出費がいろいろ発生し、実は意外ともうけは出ていないかもしれません。今日は現状復帰で手一杯で、テレビを片付けたり出尽くした料理の仕込みをしたり替わりの照明を買いに行ったり携帯を修理に出したりと大忙しだったので、これから精査してみます。
あと、ぼくはてっきり海上くんたちが「7人」だった気がして、後で数えると料金は6人分しかもらっていないから誰かもらい忘れたのかもしれないと思っていたのですが、けいすけの日記にも「6人」と書いてあるし。やっぱり、うちの店には「もう1人」誰かがいるのかもしれません・・・。
今日はとくに書くことはないのですが、告知。
17日(土)は私用で日中ちょっと出かけるため、オープンは19:30ごろになります。ご注意ください。ご来店の際はお電話(090−1773−3319)をいただけると確実です。
そして18日(日)は、後述しますがワールドカップ日本戦中継イベント仕様での営業です。
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なんで書くことがないかといえば、ワールドカップのせい、なのでしょうか。
今日たまたま営業前に「機械の調子はどうですかー」と厨房屋さんが様子を見にきて、少し話をしました。聞くと、彼の担当の店を回ると、いまどこも閑古鳥でヒイヒイ言っているそうです。もちろんワールドカップ開催中だから。
ワールドカップ需要をあてこんで大画面テレビを買って設置した店も多いようなのですが、いまいち効果も出ていないらしい。日本戦だけは人が入るけれども逆にバイトも集まらなくて大変だったり。そしてそれ以外の日はガラガラ。
みんな、家でテレビを見ているわけですね。そりゃそうだ。もし自分がもう少しサッカーに興味がある会社員か学生だとしたら、ワールドカップ期間中は毎日早く帰って試合を観るでしょう。そして、日本戦くらいはどこかで集まって観るけど、それ以外の試合は家で観るでしょう。
どの店も口を揃えて「お願いだから早く終わってほしい」と言っているそうです。
うちはワールドカップとか関係なくベースが閑古鳥なのですが。確かに開幕以来はさっぱりですね。
ヒマなのでずっと、事務手続き関連を。
まずは、のびのびになっていた開業届その他を出さないといけません。開業後1ヶ月以内に出さないといけないものらしく、うちは5月20日がオープンだったのでもうすぐ期限です。なのでそのための情報収集をしていました。書類自体はめんどうではなさそうなのですが、いろんなところを見てもいまいち何をもって開業届一式なのかよくわからず、意外とやっかいです。
開業支援マニュアル本などを見ると、税務署に「個人事業の開廃業等届出書」を出さないといけないようです。これがいわゆる「開業届」です。そのほかにうちは「所得税の青色申告承認申請書」というのも同時に提出します。
そこまでは何を見ても同じことが書いてあるのでわかるのですが、ここから先はソースによって書いてあることが微妙に食い違いまくります。開業時には先の2点セット「など」を税務署「など」に提出するとだけざっくり書いてあるものもあれば、さらに都税事務所と区役所の両方に「個人事業開始申告書」も提出すると書いてあるものもある。かと思えば都税事務所に書類を提出すれば区役所には届が不要という説もある。郵送でもいいのか直接持参しないといけないのかもよくわからない。もっというと、けっきょく都税事務所への個人事業開始申告書は出さなくても結果的にはOKという説もある。提出の期限も、「速やかに」と書いてあるものもあれば「1ヶ月以内」というのもあり、はたまた「15日以内」というのも。15日以内ならもうアウトじゃん!
ま、出さなくてもOKという説があるくらいなので、ちょっとくらい遅れても問題はないでしょうたぶん。
思い起こすと、調理師免許の取得や保健所の営業許可申請から始まって、ずいぶんたくさんの届け出がありました。そして店を開くための諸手続きは、一事が万事その調子です。飲食店を開くための諸手続きをまとめた資料なんて探せばいくらでもありそうですが、それが意外とないのです。あっても書いてあることが曖昧だったりまちまちだったり。ネットで検索してもヒットするのは曖昧なまとめサイトと、それらの手続きを代行する税理士事務所とか法律事務所の類ばかり。肝心なことは教えてくれません。
おそらく、届出なんてちゃんとやらなくてもけっきょくは大丈夫なんでしょうね。保健所からの営業許可や税務署への開業届クラスの大物はさすがに有名で重要ですが、それ以外にもマイナーな届がいっぱいあります。例えば消防署への届出や、深夜に酒を出す場合には警察にも届けが必要。それらは、本当は出さないといけないけど、たぶん出さなくても大丈夫。ほとんどの店がそんなもの出してないという話もあります。税務署への開業届も、実は出さなくても大丈夫らしい。ひょっとしたら保健所の許可すらもらってない店もあるんじゃないかな。
だから本やまとめサイトを見ても情報がいいかげん。代行業者はしっかり把握しているんだろうけれど、教えたら自分が商売にならないから詳しくは教えない。提出先である役所のサイトくらいには詳細が書いてあってしかるべきなのですが、ああいうところのホームページというのは存在価値を疑ってしまうほどユーザビリティに欠けます。検索すれば申請書類のPDFの直リンにはたどり着くけどトップページからは同じ場所に行けなかったり、そういう書類の提出先がどこなのかすら書いてなかったり。ひとりで事業を営むのでもこのありさまですから、これで従業員がいて給与が発生する場合の手続きのこととかを考えたらぞっとします。
かくして、「飲食店を開業するにあたっての手続き一覧」というものすごくありそうな情報が、この情報化時代においてぽっかりと欠如しているのですよ。それでもみんなちゃんと営業しているのだから、たぶん適当にやっとけば大丈夫なんでしょう。書類も、書き方がよくわからないところがあるけど間違ってたら間違ってますよって言ってくるでしょう。鷹揚に構えて適当に書いて適当な宛先に投函することにします。
しかし、経理処理は適当にというわけにはいきません。
複式簿記で青色申告にチャレンジするわけですが、世の中には「やるぞ!青色申告」みたいなソフトがあるわけですから、やるぞ!と気合を入れないとできないもののようです。まあ俺様は簿記3級の腕前がありますので、やるぞ!といより、やっちゃうぞバカヤロー!ってなもんですよ。
と自信満々で経理ソフトをインストールし、それでは開業時から今まで溜まっていた経理処理をやろうかと思ったのですが・・・これまで半年分のレシートの山に埋もれ、はて何から手をつけたらいいものか。わりと途方に暮れています。
まあ、それらを片付ければ、なんとか個人事業主としての体勢も整うかなというところ。いよいよ本格オープンというものですよ。がんばりましょう。
・・・めんどくせー。
***
さて18日、日本対クロアチア。唯一の特需が期待できる日本戦ですが、終電の早い日曜日、初戦に負けて期待度も下がり微妙ではあります。
しかし懲りずにもう一度やりますよ、テレビ中継。
今回は参加人数が少なそうなので、いつもと同じ6時オープンの通常営業ベースで開催します。この前みたいにビュッフェ形式とかではなく、普通にご注文をお受けします。
ただしラストオーダーを9:45とし、そこで一旦会計を締め、あとはゴーゴーニッポン。10時から12時まで、セルフで焼酎・ワイン飲み放題、ポップコーンなどの簡単なおつまみ付きでおひとり様1000円とさせていただきます。
まだ席には余裕がありますので興味がある方はお問い合わせください。
ただいまmichiは日本戦キックオフ直前でございます!ゴーゴーニッポン!!
・・・が、テレビは置いてあるけどだれも観ておらず、みんなでメガネの取替えっこをしたりして盛り上がっております。
キックオフの時間を忘れないよう、目覚ましをかけてあります。
さて、詳細は後ほど書きますが、明日19日(月)は開業後初めてのお休みをいただきますのでご了承ください。
もろもろ準備のために。
そして20日より、いよいよグランドオープンでございます。
やっぱりこうなっちゃうんだな。
なんでも新しいことを始めるときは、準備は万端に整えてスタートしたいものだけれど。
夏休みの宿題に8月31日になって青ざめるように、6月20日と決めたグランドオープンもけっきょく大慌てで迎えることになりました。
初めての休みをもらって格闘一日。新しいサイトだけはできました。
慣れないmovable typeで、そのへんで拾ったテンプレートを適当につっこんだだけで、まだ何も書いてないし、はっきりいって店のサイトの体裁をなしているとは言えませんが・・・。全ては、ゼロから始まるのですよ。
そんなだからまだ。新サイトを使って大々的に宣伝、すぐさまお客さんいっぱいやってきてウハウハ、というわけにはいきません。まずはmixiでご近所コミュニティなどにオープンのご報告をして、地道に周辺のみなさんに覚えていっていただくつもりです。しばらくはワカレミチも並行して進めていき、最後の後片付けをしようと思います。
物事を始めるときは、準備を万端に整えるのも大事だけれど、どうなるかわからなくても目をつぶって走り出すのも同じくらい大事なこと。不安でも一歩目を踏み出さないといけない場面もある。それはぼくがこの2年と少しの間に学んだ生きるうえでの鉄則みたいなものだ。
そして、あとで余裕があったら書くつもりだけれど、この6月20日というのはぼくにとって、その踏み出すべき一歩目としては最良の日なのである。
いや、最良の日なんてものは本当はなくて、やっぱりいつでも思ったときが踏み出すべきときなんだ。
だから6月20日、グランドオープン。
しばらくの間はグランドオープン記念として、ボトルワインを除く全ドリンクを半額でご提供します。
さらにプレオープン期間中におこしいただいた強者どもに対しては、感謝の意を込めてスパークリングワインのミニボトルをプレゼントします。
また、これまでmixiは日記も限定公開でサイトと分けてひっそりとやっていたのですが、これからはサイトと連動させていこうと思います。mixiをやっている方はこちらまでぜひマイミク申請してみてください。マイミクさんにはいつでも5%オフの割引特典をつけちゃいます。
それでは、恍惚と不安、共に我にありつつも、textile dining michi。本日オープン。
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