工事にこれだけ時間がかかっている大きな理由は、作業ひとつひとつが重労働だからというのはもちろんですが、それよりもむしろひとつだと思っていた作業が実はいくつもの細かい工程に分かれているからなのでした。最初はノーテンキに「壁と天井で1日」なんて考えていたけれど、壁と天井を塗るまでにはまず壁紙剥がしがあり、下処理があり、床などの養生があり、それからやっと漆喰塗りになります。さらに壁と天井では同じ剥がしや塗りでも大きく作業性が異なります。もちろんそれらの細かい工程のひとつひとつがやっぱり重労働であり、時間がかかり。そりゃあオープンも遅れますよ。
と、開き直ってコツコツと。
窓にカッティングシートを貼って壁に変えてしまうつもりだという話をしましたが、シートはどんなに正確に切ってもどうしても端のほうに窓枠との間の隙間ができてしまいます。そんなに目立つものじゃないと気にせず次に進むこともできますが、ここはあえてこだわって。白いパテを細く塗ってその隙間を埋めることにしました。

地味。そして大きな窓が6枚もあるとけっこうな作業量。チューブからパテをひねり出すだけでも握力を意外と使って疲れる。そんなわけで、この作業だけで軽く3時間くらいかかるのです。
しかし、こんなことをしながらぼくは思い出していました。調理師学校に入り、最初の実習を。あのAPことアッシュ・パルマンティエ(略すとHP)を作ったときのこと。料理についていちばん最初に習ったのが「味付けは下味・中味・仕上げの3工程からなる」ということでした。同じ3グラムの塩でも、こまめに味見をしながら3度に分けて加えることでベストの味に近づける。その繊細さに、プロの料理の奥深さみたいなものをなんとなく感じたことを、今でもよく覚えています。
窓の端の数ミリの隙間を埋める。これはまさに下味みたいなものだ。店ができあがって、そこをにパテで埋めたことをほめてくれる人はだれもいないだろう。たとえ埋めなくても、その隙間に気づく人はだれもいないだろう。でもそれを埋めたことで、目には見えない違いが少しだけ生まれたような気がするのです。
そのパテはただの木工用ボンドみたいなもので遮光性はなく、カッティングシートの隙間はやはり光をわずかに通します。店の灯りは外に漏れ、外の光は中からわかります。しょせんは苦し紛れの貧乏施工です。でも、隙間をパテで埋めたことで外の自動販売機の光や自動車のライトがお客さんの目を直接刺すことはなくなりました。それだけで、無意識のうちに感じる客席の居心地が少しだけよくなったのではないでしょうか。
そして、窓を完全にふさいだことで、電気を消せば店内が闇に包まれるようになりました。通行人の目を気にせず作業に専念できるようになったというだけでなく、だいぶ店内の雰囲気が変わってきたように思います。
夜に営業する店ですから、照明は暗めにするつもりでした。が、これまでは大きな窓があったせいでその「暗めの客席」というのが自分でもどうも想像が沸きませんでした。しかし窓をふさいで店内を真っ暗にできるようになりました。照明は前のテナントのダウンライトを残してあって、工事で取り付けてもらった調光器(照明の明るさを調節するつまみ)で照明を落としめにしてみると、イメージしていた客席の雰囲気に少しだけ近づくのです。
テーブルも作ります。さすがにカウンターは工事で設置してもらったのですが、テーブルは自作です。ジョイフル本田でカットしてもらった天板に脚をつけます。
テーブルトップはステンレス調で統一したいと思っていました。ちょうど、ハンズにステンレスのシートが売っていました。筒状になった0.1ミリ厚の薄いステン板で、裏に接着剤がついていてカッティングシートと同じように切り貼りすることができます。それを採用することにしました。
と、言うのは簡単ですが、薄くてもステンレス。いざ作業に入ると、ビニールのシートとはわけが違います。普通のハサミでは歯が立ちません。説明書を読むと、「金属加工用のハサミでカットしてください」とある。さすがにうちにそんなものはありません。今からハサミを買いにいくのもめんどうだし・・・。
腹をくくって、普通のカッターで切りましたよ。ステンレスを。ステンレスといっても0.1ミリですから。いつか切れるでしょう。
1辺切るのに30分くらいかかりましたが・・・ようやくテーブルトップも完成!

ちょっとちょっと、いい感じじゃないですか!
下にあるのは脚です。これを組み立てれば、市販のものにも劣らないほどの立派なテーブルです!
これまで主に壁と天井の作業をしていて、正直いって「上手にできた」という感じはしませんでした。工事に入る前は「こんなふうに仕上がったらクールだぞ!」というイメージが確実にあったのですが、塗るほどに自分の理想と離れていって、幻滅もしました。自分でやる内装は「思ったよりもたいへん」ということの連続ですが、「思った以上に出来が悪い」ということの連続でもありました。
しかし、テーブルは、初めてイメージどおりにうまくできた気がする。うん。
そして、店内の照明を落としてみます。テーブルは組み立てるとかさばるのでまだ組み立てはしませんが、完成したところを想像します。
明るい中で見ると、白い壁のところどころには塗り残しがあったり厚く塗りすぎたところがあったり。塗っちゃいけないところにはみ出ていたり。とても陽の目にあてられる出来ではありません。でも暗くするとそれらの素人施工も隠れ、夜目遠目傘のうち。なんとなくそれらしく見えます。ここへきて、だんだんと自分の頭の中の店の姿がだんだんと形にできてきた実感が沸いてきました。
と、連日悪戦苦闘しておりました。ぼくの体を心配してくれる方も多くありがたい限りなのですが、実はそんな死ぬほど大変なわけではありません。なんたって作業しているのは家のすぐそばですから。12時間やっても、1日は残り12時間あります。ちょっとやっては家に戻ってひと息ついたり、適度に休憩を挟みながら進めています。家が近いというのは本当にラッキーです。
が、しかし。ここからが大変だった。
壁や天井も終わり、トイレも完成、テーブルも準備OK。あとは床だけです。

まずは、いつものように片づけから。床の施工に必要な道具を残して余分なものをどけ、掃除機をかけます。山ほどあった資材も、本当に残り少なくなりました。
と、ここでひとつやり残していたことがありました。工事に入る前にのいちばん最初に古いテナントのフローリング材を剥がす作業をしましたが、店の入り口の前の1枚だけは剥がさずに残してあったのです。

そこだけは、床に敷いたフローリング材の上に金属の足ずりのような板がかぶせてあって、その板がネジで床に固定されていました。フローリング材を剥がしたときに手元にドライバーがなかったので、そこを剥がすのは後回しにしてありました。

ただネジをはずせばすむ話だと思ったので放置していたのですが、床の最終仕上げを前にいざそこに取りかかってみると・・・。
ネジがむちゃくちゃ硬い!(とにかくそんな話ばっかり。)
硬いというか、長年の風化で内部が錆びているのかもしれません。30分ほどチャレンジしましたが、ドライバーでも電動ドリルでもビクともしません。ついにはネジ頭がバカになってしまいました。フローリング材は、おそらく金属の板の真下まで敷かれていていっしょにネジ留めされており、このネジを外さない限り剥がすことはできません。
さあどうしよう!ここだけ木目のフローリング材を残す?いやそれは、デザイン的にあまりに不恰好だ。フローリング材の上からタイルを貼る?それも不可能ではないだろうけど、フローリングだけでもなにげに厚みが5ミリくらいあり、床が全体的に5ミリ上がってしまうことになります。入り口がそんなに上がっていたら、つまづくよな。それに入り口に合わせて床全体を高めにするとなると、タイルの接着剤が余計に必要になって足りなくなるのは間違いない。さあ困った!!
そこで。
腹をくくって、その部分のフローリング材を切り取ることにしました。カッターで。
ステンレスも切れたくらいです。フローリングくらい、カッターで切れないわけがありません!

やってみると・・・切れないことはないのですが・・・・やっぱり切れないよう。
フローリング材は、厚さ5ミリの硬い樹脂です。普通のカッターではみるみるうちに刃が磨り減って丸くなっていきます。むしろ、切っていると刃がポキポキ砕けたりします。恐ええ。
刃を折って新しくしつつ全力で300回くらい引いて、やっと数センチ切り取れるといった感じ。気が遠くなります。
・・・しかし!俺は登らねばならぬ!なぜならそこに山があるからだあ!!
そして5時間後。軍手を外すと右手は赤く腫れ上がり熱を持ち、カッターは刃の3分の2ほどがなくなっていました。
いつ終わるとも知れぬ戦いの末・・・ぜんぶ切れた!

この1枚が切り取れたときの爽快感ったら。
カッターって、ほんとなんでも切れるんだな。いや、切るのはカッターじゃない、意思の力なんだ。映画「ショーシャンクの空に」では、無実の罪で投獄された主人公が自由になる日を信じて少しずつ壁を掘り、毎日一握りずつの土を外に捨て、長い年月の末ついには大きな穴を開けて脱獄に成功するわけです。ぼくもまさに、脱獄に成功して雨の中で天を仰いだ主人公のように、ひとりで拳を握り締め渾身のガッツポーズをしました。
さあ、それからいよいよタイル貼りのスタートです。
まずは「割り付け」。接着剤を塗らずに床にタイルを並べてみます。

こういうふうに端まできれいに収まってくれればいいのですが、往々にしてそうはいきません。

端っこはどうしても、隙間なく埋めるためにはタイルをカットする必要があります。タイルをカットするのは見栄え上も作業上もやっかいなので、どうすればそれが減らせるかをいろんな配置を試して考えていきます。
ちなみにカットしないそのままのタイルを「おなま」、カットした半端なものを「役物」といいます。語源は超不明。いつのまにかこんなことに詳しくなってしまったものだよ。

そして、調理用具であったはずのおたまは、いつのまにか工具になってしまった。おたまですくってA材(ピンク)とB材をバケツに入れ、混ぜ合わせます。
それをくし目ゴテで床に塗り、タイルを貼っていきます。


タイルとタイルの間はぴったりくっつけるのではなく、少し隙間を空けます。タイルどうしがくっついていると後々割れてしまう危険性があるのです。その隙間をきれいに取るためにはスペーサーという道具を使います。

表が十字、裏が一文字のでっぱりになっている小さなプラスチックで、タイルの間にこれをかませながら貼っていくことでタイルの間隔を均等に保つことができます。
接着剤とタイルが十分にかみ合うように、もみこむようにしてタイルを敷き、トンカチの柄で隅を叩いて圧着させていきます。
そして、まずは第一段階、「おなま」部分はすべて敷設完了!

書くとなんだか簡単ですが、この作業は午後4時ごろから始めて夜通しタイルを叩く乾いた音を店内に響き渡らせて、終わったのは翌朝の10時でした。16時間ぶっ通し。
ここまでくると、昼起きるとか夜寝るとか関係ありません。キリがいいところ、やっとかなければいけないところまで、一気にやる。たぶん、1日の24時間のうちぼくが店に入っていなかった時間帯というのはもうないと思います。
ちなみにこれを終えた朝10時というのは、4月28日の金曜日のことでした。ゴールデンウィークに入って問屋が休みになる前に食器を買いに行かないといけませんでした。徹夜でタイル貼りを終え、体を休めるために風呂に入って湯船でそのまま1時間ほど寝て、それからすぐに合羽橋に行って夜まで食器を買い漁りました。人間、やればなんとかなるものです。限界は自分が決めているのですね。
そしたら次は「役物」にチャレンジ。

このタイルカッターでギリギリとタイルの表面に傷をつけ、レバーを一気に押し下げる!

傷をつけたところからまっぷたつにタイルが割れる、という寸法です。最初はおっかなびっくりやっているのでうまいこと割れず、砕けたタイルの山を量産するばかりですが、慣れてくると上手に割れるようになってなかなか爽快です。
といってもすべてのタイルを割って貼り終えたころには、やっぱり朝。
次は、タイルの隙間に目地材を詰めます。

目地材は、大きな袋に入ったセメントです。粉をバケツにあけて水で練って、それをヘラでタイルの隙間に埋めていきます。はみ出た目地材を塗らしたスポンジでふき取ります。
力はいりませんが、床の仕上げに入ってからずっとかがんだままの姿勢の作業が続いているので腰が・・・。終わったのは、やっぱり朝。もうボロボロ。
しかし!

床も、ようやく完成!
ヘラで埋められない部分は指で直接埋めたため、皮が磨り減って血が滲んでいます。乾く前のセメントは漆喰と同じく強アルカリ性なので指は白く変色しました。タイルは目地材で灰色に汚れています。でもこれは、乾いた後にふき取ればきれいになるのです。
さあさあ!
ほぼ、すべての工事が終了しました!
あとは、床をきれいにして、テーブルを組み立てるのみ。
ついに箱ができました!!
産みの苦しみ、という日記を少し前にも書いた気がする。そのときはこれから始まる店作りの重圧に押しつぶされそうになっているときだったけれど、今は正真正銘、店をオープンさせるための苦しみにのたうちまわっている。
実は今日、5月8日という日は4月20日がダメになった後に決めた二度目の「オープン日」だった。結論から言うと、難産。まだ店はスタートしていない。
この前の日記を書いて、箱ができて、「いよいよオープン!」と意気込んで日程を決めた。大安の5日にとりあえず親を招待し、6・7日で友だちを呼んで試食会を開き、友引の8日に正式オープンということにした。そのつもりで親や友だちに連絡をした。
5日は「まだ料理はできないけど」と前置きしたうえで親を呼んで、とりあえずできあがった客席を見てもらった。まだ散らかっていたけれど、店はなかなかの出来で親も驚いたようだ。
しかし正直なところ、5日に人を入れる状態にするだけで、精一杯だった。3日に「箱ができた」と言ったものの、やはりそれからテーブルを組み立てたり床をきれいにしたりするのには時間がかかった。
宅配便で山のように届いた皿を、限られたスペースに収納するのにも骨が折れた。
そうしながらも、食材の業者と話をして最低限の仕入れをしないといけない。
ふと気づくと、6・7日に試食会をするとは言ったものの、なんの準備もできていなかった。
とりあえず、5日に親を呼んだときと同じようにみんなには「まだ料理はできないけど」と断って来てもらって、席にだけは座ってもらっていっしょに飲んだりはした。
しかし・・・。8日にオープンというのは、やはり無理だった。
開業マニュアル本なんかには独立して開店した人の体験談がよく載っている。「予算が少ないので内装は自分でやった」という事例も、自作の程度の差こそあれよくある。そういう店の話では「工事に思ったより時間がかかってオープンが遅れた」というのがほぼ定番であった。中には「工事に3ヶ月もかかってしまい、結果からすると家賃の無駄だった」なんてのもある。
3ヶ月というのはさすがにかけすぎだが、ぼくもある程度遅れるのは覚悟していた。そして、想定の範囲内でというかなんというか、こうして遅れているわけである。ちょうど半月遅れで、ようやく工事が終わった。
が、工事に長い時間をかけてしまったというのは、それだけ料理からも遠ざかっていたということでもあった。この1ヶ月は本当にただの大工だった。メニューのことは全く考えていなかった。
メニューは事前に考えてはいたけれど、それは単に「こういう物を出そう」というもののリストを挙げていただけのことであり、それを実際にどうやって作るか、どんな材料を使って作るか、どう盛るか、いくらで出すか、そういうことは深く詰めていなかった。本来であればそのあたりを一生懸命考えていなければいけない時期に、ぼくは大工仕事に熱中してしまっていた。
いざ、工事が終わり本来の意味の開店準備にとりかかってみると、準備が全くできていないことに我ながらあきれるばかりである。
ごめん、みんな。まだ時間がかかりそうです。
救いは、店を見に来てくれた海上くん、石坂くん、けいすけ、じゅん、マイティ&チンプイ、やっしー、みんながぼくの作った箱をほめてくれたことである。期待以上だと。お世辞でもうれしい。苦労したからね。ぼくも、箱だけはうまくできたかな、と思う。
この箱で何を出すか、それをこれから詰めていかないといけない。料理も、期待した以上に、とまではいかなくても、恥ずかしくないものを出せるようにこれから準備しないといけない。みんなには食べ物持参できてもらって、せめてもとそれを店の皿に盛って出してみたのだけれど、それだけでもぼくはてんてこ舞いだった。これで本当に自分の料理が出せるのか。やれんのか。いまのところやれる気はしない。
でも、けいすけが言ってくれた。「2年でここまで来るとはなあ」。ワカレミチを始めて、会社を辞めて、2年でということだ。自分でも、本当に2年でここまでこぎつけるとは思ってもいなかった。
そして、逆に言うとここまで2年かかったんだ。あとちょっとくらい、延びてもいいよな?
ごめん、みんな。もう少しかかります。
サイトもしばらく更新できないかもしれない。
分娩室に入ったと思って、父親の気持ちで廊下でじっと待っていてもらえれば幸いです。
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