今日は、17日だそうだ。
といっても日付的には18日の朝。いま帰ってきたところ。17日の営業が終わったところなので、気持ち的には17日。
前回の日記から10日間が過ぎました。
開店前日の日記でストップしていたためやきもきしていた方も多いと思います。この10日間を振り返ります。
***
■12月8日(木) :オープン初日
近所のスーパーに寄ってオレンジ・グレープフルーツ・レモンを買ってから店へ。新しい店ではドリンクメニューに「生絞りオレンジサワー」「生絞りグレープフルーツサワー」がある。
3階の店ではサワー類は350円、コンク(原液)を酎ハイで割るものばかりなのだが、新しい店ではサワーを500円で提供する。350円との差別化を計るために生絞りにしようと考えて生絞り系サワーを採用した。生絞りはよく出るというのを、夏にやった居酒屋の短期バイトで実感していたからでもある。また3階との差別化という意味では、せっかく500円取るのだからコップをドンと出すだけではいかにも味気ない。カクテルにはカットオレンジやレモンスライスを飾ることにした。
それにしても少々意外だったのは、飲食店でも仕入れはけっこう近所のスーパーで、というのが多いことだ。素人考えでは、食材は全て卸業者に発注して仕入れそうなものだけど。もちろん酒や、常に使う肉、珍しい湯葉などは業者から店に納品してもらうが、オレンジなんかのちょっとしか使わないものは近所のスーパーで買う。発注・納品体系が確立している大手チェーンは別だが、個人店の仕入れはもっぱらスーパー頼みなのである。そういえば前にバイトしていたレストランでも、足りないものがあると近くの八百屋に走った。
そんなわけで昼間のスーパーにはコックコートの人がうろちょろしている。そしてぼくもこれからは、ユニフォームである作努衣でスーパーに通うことになる。
考えに考えて構成した作業スペースでオレンジやレモンをカットして、タッパーに入れてショーケースにしまう。前回と違ってビールサーバもセット完了。抜かりなし。さあ開店!
といったところだが、2度目の「開店」なので微妙に感慨が薄い。なじみの業者からの祝いの花なんかも1日に届いちゃってるし。しかも開店直前に巨大なダンボール箱が届いて焦る。割り箸である。店名入りのものを発注していて、1回目の開店時には間に合わせの数だけ届いていたのだが、残りの分も完成して到着したというわけだ。その数1万膳。1万膳の箸というのがどのくらいの量になるのかというのは、1億円の現金の量と同じくみなさんにもちょっと想像がつかないだろう。1万膳の箸は、1メートル四方くらいの巨大なダンボールに入っていた。ソファを買ったときのダンボールと同じくらいの大きさだなあとしばし呆然。置き場所に困り、とりあえず非常口の向こうのベランダに押し込む。雨が降ったらどうすんねん。
開店時間の5時をすぎ、いきなりご来店・・・とはいきません。平日ですしね。しばらく、来客時の対応などを頭の中で考えながら待ちます。同じところを何度も何度も拭いてみたり。お約束。
そして6時前に、最初のお客様!
・・・が、奥からおじちゃんが「おー、よく来てくれたねえ」。おじちゃんの妹さんらしい。身内である。まあそんなもんか。
それから、1日のレセプションに参加できなかったビール会社の人が来て、レセプションにも参加していた近くのビルのオーナーが来て、妹さんの娘さんとその友だちが来て。けっこう客席も埋まってきたが、やってくるのは身内ばかり。まあそんなもんか。
とりあえずドリンクオーダーに関しては、準備万端であったためソツなくこなす。妹さんの娘さんは生絞りオレンジサワーをご注文。いきなり目論見が当たったようで心の中でガッツポーズ。「二日酔いなんでウーロン茶にしとこうかな」というビルのオーナーに対しては「それならウコンのお酒もございますがいかがですか」とお勧めするというナイスな接客。ウコンの迎え酒が効いたか、以降彼は生ビールをガンガンと頼みだし、目が据わってくる。彼の体のことを考えるとナイスではなかったかもしれない。
そんなとき、「おめでとー」と入ってきたのは・・・へーま!
そういえば、彼の会社は店のすぐ近くなのである。来てくれと連絡していたわけではなかったのだが、じゅんから聞いて知っていたらしい。同僚2名を引き連れてご来店。予想していなかったのでこれはうれしかった。
そしてついに!若いカップルで、見るからに身内ではない感じの人が!身内はみんな「このたびはおめでとうございます」とか言いながら入ってくるが、そうではなかったので、「今日オープンなんですけど・・・何かでご存知でしたか・・・?」と恐る恐る聞いてみると、「いや、通りがかって看板を見て」。初のフリー客、キター!
身内以外の客の反応というのは非常に気になるもの。ドリンク・フードともにおそるおそる提供。すると男性のほうが、鳥の水炊きを食べて・・・「うまい」。よっしゃー!
けっきょくこの日は5組13名様のご来店。うち4組が身内だけど、初日だし、平日だし、まあこんなもんでしょう。フリー客はたった1組だったけど、帰り際に「おいしかったです、また来ます」と言ってくれた。12時を過ぎ、最後にへーま様ご一行が帰り、客席が空になったところで本日は営業終了とする。
今日から売上が発生するということで、帳簿のつけ方などをおじちゃんに教わる。とりあえず日々の売上と費用の計上については、さほど難しいことはなさそう。取っててよかった簿記3級。帳簿についてはまた別の機会に触れることもあると思う。とにかく本日の、3万3600円の売上が、これから始まる挑戦の第一歩なのである。心して計上。
ガスメーターの入っている扉の中にかなり広いスペースがあるのを見つけ、ベランダに避難していた箸をそこに収納。今日使った箸が13膳だから、1万膳を消費するには769日かかる計算。しかし準備に時間をかけただけあり、まずまずの第一歩を踏み出せたような気がした。
■12月9日(金): 2日目
初めて迎える週末。さあお客さんいらっしゃい!3階の店の常連とかの身内も、来るとしたら週末でしょう。今宵は忙しくなりそうだ!
・・・と勢いこんで店を開けたのだが、開店時間が過ぎ、7時を回っても、待てど暮らせど誰も来ない。
入店ゼロのまま焦りながら、同じところを何度も拭いているうちに10時。今日はお茶ひきかとハラハラ。水商売や風俗などの用語で、指名ゼロのことを「お茶をひく」という。その昔遊郭で、ヒマな女郎に従業員用のお茶を挽かせたことから由来。お客さんがいないと、おじちゃんは団体の宴会で大盛況の3階の店の厨房にこもりっきりになる。ぼくは一人2階に残り、お茶を挽くかわりに同じところを何度も拭いている。
と、10時半ごろに、中年のカップルが来店!ほっとひと安心。
そして立て続けに30歳くらいのカップルがもう一組。どちらも身内ではなく、フリーの客。あーよかった。
30歳くらいのほうはあまり酒は頼まず、鍋をつついて食いモード。やっぱり反応が気になる。ひと口目を食べてうなづいていたので、悪くはないようだ。
ただし二人の仲のほうが。なにやら言い争いをしていてケンカでもおっぱじめそうな雰囲気。とりあえずお客様のプライバシーには立ち入らないことにして会話の内容からは耳をそらす。
中年さんのほうはビールをガンガン飲んだ後に日本酒モードに突入。日本酒はいいのをたくさん揃えておりますから!日本酒はボトルと共に冷酒グラスをお持ちするのだが、せっかく色とりどりのグラスを揃えたのでカゴごと客席に持っていって好きなグラスを選んでもらうことにしてみた。すると女性のほうがたいそう喜んで、「これは江戸切子?きれいだわー」とずいぶん気に入っていただけた様子。実はその冷酒グラスは100円ショップで買ったものなんだけど。そういえばシールには「切子」と書いてあった。ダイソーは広島県だし、江戸切子かどうかは分からないんだけど、「そうです、よくお分かりですね」と適当に話を合わせる。
フードオーダーを出し終えておじちゃんは3階に戻ってしまったので、「よかったら好きなのを持って帰っちゃってもいいですよ」とこっそり言ってみる。案の定すごく喜んで、オレンジのと緑のをカバンにしまう二人。おじちゃんにバレたら怒られそうだけど、200円でこんなに喜んでくれたら費用対効果大である。
それどころか彼らは、上機嫌で冷酒を2本飲んだ後、「開店祝いに」と言って「越乃寒梅金無垢」をオーダーしてくれた!金無垢、うちの店で一番高いお酒である。7000円なり。頭の中でシャンパンコールが鳴り響く。
金無垢の中年さんがけっこう遅くまでおり、1時すぎに帰って2日目の営業は終了。
2組、4名様。金無垢パワーで売上はそこそこに上がったが、期待していた金曜だけに、空回った感は否めない。不安がよぎる。このペースでは1万膳の箸は、消費するのに2500日かかる!
■12月10日(土): 3日目
いつものように4時に店に行くと、いきなりおじちゃんが「今日7時から、30名予約取ったから!」と鼻息を荒くしている。なんでも、3階の店に予約の問い合わせの電話をしてきた客を「下に新しい店ができたから」と言って取り込むことに成功したらしい。「どっかの大学の、ラクロスのサークルらしい」。
・・・ぼくの頭の中に、微妙にはてなマークが灯る。
「サービスで枝豆とポテトをつけるって言ったら彼ら喜んじゃってさー。やっぱ若い人にはポテトだよ」とおじちゃん。ぼくの中のはてなマークがはっきりとした形になる。
おじちゃん、当初のターゲットと違うんじゃない?
3階の店は、安い飲み放題で若者に絶大な人気を誇る。2階の店は、それとは全く違う層をターゲットにしようということで始めたものだ。コースも違うしメニューも全然違う。飲み放題もやらない。当初、新しい店でも土日は3階であぶれた予約を回して3階のメニューを出し、平日は静かにサラリーマン層を狙うという「二毛作営業」を画策したことがあったが、まずは週を通じてサラリーマン層一本に狙いを定めてしばらく営業してみようということに結局落ち着いた。もし二毛作でやっていて、新しくできた店をちょっと見てみようかと近くのサラリーマンが覗きにきたときに、若者が3階と同じようなどんちゃん騒ぎをしていたら二度と来てくれないだろうからだ。しばらくやって芳しくないようなら3階と同じ路線を導入するということして、まずは客単価高め、年齢層高めの一本に狙いを定めたはずだ。
しかしおじちゃんは、いきなり3階の客を2階に送り込んだ。しかも考えに考えた新しいメニューではなく、3階の看板商品である枝豆とポテトを出す。ぶ、ブレている。お客さんが入るのはうれしいが、この流れはそれはそれで不安である。
現実問題として、いきなり30名を迎え入れる体勢がちっともできていない。発注もしていない。グラスも皿も足りない。おしぼりもない。1日のプレオープンのドタバタに逆戻りしたように大慌てで、3階の店からもろもろを運び込んで7時の来店に備える。
7時をすぎ、若者たちが続々と来店。ここでもう一つのはてなマークが点灯。いやむしろ、びっくりマークか。
30名も、入らない!
もともとこの店の客席数は、「35」とおじちゃんは言っていた。そう想定しておじちゃんがテーブルを発注し、並べた。
そのテーブルの大きさは、90センチ×60センチ。おじちゃんは、それで4名座れると計算していた。そのテーブルを8台出して32席。あとちょっと、誕生日席とかに無理して座ってもらって35席。そういう計算だった。
ちょっと狭いかな、とぼくは思っていた。計ってみればわかるが、ちょうど子どもの勉強机くらいのサイズ。客単価を高めに設定して落ち着いた店にしたいならもう少しゆったりとしたテーブルのほうがいいんじゃないかな。でもおじちゃんは大丈夫だと言うし、そのへんについては彼に一日の長があるから、ぼくもこれで35名はいけるもんだと信じ込んでいた。
しかし蓋を開けてみると、30名すら入らない!
最初の2日は、客席がいっぱいになること自体がなく、それぞれのお客さんがかなりゆったりテーブルを使っていたからさほど問題は明るみにならなかった。でも一気に30名入ると・・・まるで満員電車。
けっきょく、おじちゃんが4名座れるとふんだテーブルは、3階の店と同じサイズだったのである。3階の店なら、コースも大皿で枝豆をドン、ポテトをドンという形式なので場所をとらない。コースによっては箸を出す必要すらない。しかし新しい店は、ちゃんとした日本料理風のコースなのである。一人ずつ皿に盛り、それが何品も出る。90×60のテーブルに4人座らせて皿を出すと、瞬く間にテーブルは皿でいっぱいだ。しかも鍋がある。カセットコンロをセットしないといけなくて、かなりスペースを取る。とりあえずメニューも下げ、醤油さしも楊枝立ても下げ、余計なものは全てテーブルから外して少しでも場所を作る。
そしてもう一つの誤算は、座敷とテーブル席の違い。椅子に座るのと違い、足を崩して座布団に座る座敷では、一人あたりが必要とするスペースがかなり広い。もともとテーブルが3階サイズで、しかも座敷。30名座ればかなり窮屈である。
そんな中、宴会がスタート。どんな展開になるかとハラハラするヒマもなく、怒涛のドリンクオーダー。イッキイッキ。わっしょいわっしょい。完全に3階と同じノリである。途中で幹事に「飲み放題じゃないですけど大丈夫ですか?」と聞いてしまったくらい。
浴びるように飲むのでドリンクオーダーが追いつかない。3階の店との差別化をということでドリンクには気合を入れて、飾りをつけたりきちんとしたレシピを作ったのだが、そんなんは全て吹き飛んだ。とりあえず目分量で注いでがちゃがちゃかき混ぜて出す。ていうか座敷は人で溢れて、オーダーを受けたテーブルまでドリンクを運ぶことなどできない。できたドリンクはそのへんに置いておくと誰かが勝手に持っていって飲む。
さらに誤算。狭いので座敷から人が溢れる。ドリンクを作る作業スペースや、はたまた厨房にまで、酔っ払った客が入ってきてしまう。
作業スペースと座敷は90センチほどの高さの越壁で仕切られているのだが、立ち上がるとその壁が腰掛けるのにちょうどいい高さ。したがって酔っ払って立ち上がった客は越壁にずらりと腰を下ろす。腰壁をまたぐ形で座るやつまでいる。作業スペースに彼らのケツと背中と足がはみ出し、ぼくは行き来ができない。
当初の想定とは全く違った客の行動に戸惑う。客がイッキイッキわっしょいわっしょいなんてことは考えてもいなかったのだ。静かに飲む店、それを前提に店も設計した。腰壁に座ってちょっと手を伸ばすと、そこには酒のボトルがずらりと並んでいる。酔っ払って気が大きくなって、盗もうと思えば簡単に手が届く位置である。酒のボトルが客の手の届くところにあるのは危険じゃないかという話は設計段階でも出ていたが、そういう飲み方をする店にしないんだから大丈夫だろうということでそのままになっていた。だが実際に、イッキイッキわっしょいわっしょいやられ、しかも腰壁が座るのにぴったりという計算外も加わり、不安が現実味を帯びてくる。
今日の客はそんなに悪い人たちではなくて、酒を盗もうというヤツはいなかったようだけど、でも水割り用に用意していた水のペットボトルは実際に持っていかれた。腰壁に座り、ペットボトルをラッパ飲みしている客を見て、ぼくはやるせなくなった。ミネラルウォーターのボトルに水道水を詰めているだけだから別にいいけどさ。
立ち上がって大騒ぎして、あちこちでグラスが倒れる。するとおしぼりやダスターなんかも、客が勝手に持っていってしまう。衛生を保つために、テーブル拭き用ダスター・座敷の床用ダスター・雑巾、と分けて所定の場所にセットしておいたのに、全てパア。
ついに服を脱ぐやつも現れる。前に3階の店で男10人が全裸になったときのことを日記に書いて「新しい店のコンセプトは、着衣で飲む店」と言った。それはもちろん冗談だったのだが、3日目にしてさっそく脱がれた。
けっきょく彼らは11時半ごろ帰り、会計は13万円あまりになった。初めての売上らしい売上。
しかし複雑な気分。トイレにはゲロ、鍋のコンロはどけられて床に置かれ、倒れた瓶からぬるいビールがこぼれている。店はしっちゃかめっちゃか。こぼれた酒が乾いてベタつく。テーブル席なら一度モップをかければ靴を履いているから気にならないのだが、座敷の場合は少しでも酒が残っていると足の裏が感じる。清掃を完璧にしないといけない、これも座敷のデメリットである。けっきょくテーブルと座布団を全てどかして店中を雑巾がけすることに。その他洗い物も含め、ひとりでは原状回復になんと2時間。
それで2階の店は閉め、まだ客が残っていた3階の営業を手伝う。朝になって客が帰り、片づけをしてひと段落。3階の店もずっと忙しかったようで、トータルでかなりの売上があがった。食事をしながらおじちゃんが、「今日だけ、今日だけな」と言ってビールの栓を開けた。「今日は、明るい兆しが見えた。その記念ですよ。きっとこの店は成功しますよ」と言いながら、彼はおばちゃんとぼくにビールを注いだ。おじちゃんは公私混同が大嫌いな人で、店のものを家に持って帰ったりするのをすごく嫌う。また「店で酒を飲むことだけは絶対にするな」ときつく言っていた。それが彼のポリシーなのだという。それを曲げてまでビールを一杯飲もうというのだから、彼は今日の大入りがよっぽどうれしかったのだろう。
しかしぼくには、そのビールはすごく苦かった。
ブレている。当初の方針から、ブレている。このままでは新しい店が、3階の店の2号店になる日は近いだろう。
それはそれで賢明な判断だ。そうすればすぐにでも客は入り、営業的には成功することは間違いない。でもそれは、おじちゃんが最初にやりたかったこととは違うはずだ。時間はかかってもいいから少しずつ裾野を広げ、落ち着いた静かな店で理想の料理を提供する店を作りたかったんじゃないのだろうか。そして、そのつもりで設計したから、構造上3階と同じノリで飲むようには店ができていない。2号店にするなら早急に手直しが必要だ。
かといって今の作りのまま、当初の思惑通りに落ち着いて飲む店にするには、いかにも造りがちゃちだ。30名の団体のうちの一人が、帰り際に冗談めかして言っていた一言がすごく印象的だ。「いやーこの系列は、やっぱりこの狭さが最高だよね」。学生にまでびっしびし伝わる。狭いのだ。チープなのだ。想定どおり30数名入れようとすると、とてもじゃないが落ち着いて飲もうというサラリーマンを掴むことはできないだろう。
どっちの方向に進むにつれ、大きな方針転換が必要だ。今の作りのままで、テーブルを大きくするなり席数を減らすなりしてゆったりした店を再度目指すか。きっぱり諦めて、腰壁を高くするなりして檻を設け、凝ったドリンクレシピは破り捨て、イッキイッキの団体を入れて2号店を目指すか。
初めての大きな売上は、大きな課題も残した。
とりあえずぼくは、店に飾ってあった開店祝いの酒を家に持って帰った。クラスのみんながお祝いにくれたものだ。イッキイッキの団体の前にそんなものを置いていたらどうなるかわからない。ぼくには「瑞兆」は見えてこない。
■12月11日(日): 4日目
日曜なので、ハナからあまり客の入りは期待せずに営業スタート。実際に、2日目と同じように全く入店はなく時だけが流れる。おじちゃんが有線の担当者に聞いて店のコンセプトにぴったりのチャンネルを見つけてきた。小鳥のさえずりチャンネルである。四六時中小鳥がさえずっている。都会の喧騒を離れ、まさに別世界。しかし客がいない店で聞く小鳥のさえずりは、いやな具合に心に染みる。
ぼくはまあ、微妙に奥まったこの場所では開店と同時にフリーの客がわんさか、というのは考えづらいと当初から思っていた。まずは身内や、3階の常連のうちドンチャン騒ぎをしない人を相手にして食いつなぎ、勝負は以前に準備したグルメサイトの広告が掲載されてからかなと。
といってもおじちゃんは、新装開店すればある程度の客の入りはあると踏んでいたようだ。けっこう焦っている。「看板が効果がないのかな」なんて言って、2種類用意した看板のうちのもう一つに変えてみたりしている。
しかしそうしたところで、やっぱり入店ゼロ。小鳥のさえずりだけが空しく響く。看板がどうとかいう問題ではなく、表通りから少し入ったこの場所では、道行く人の目には看板すら映ってはいないのだ。もしくは目に映ったとしても、新しい店ができたというだけで入ってくれるようなご時世ではないということだ。
表に出て外を眺めてみる。
歩いている人は、店の前を通り過ぎるばかり。人々の流れを見ると、そこに「目的」があるのがよくわかる。近くのデパートに行く人の流れ。そこから帰り駅に向かう流れ。もしくはホテル街へと急ぐカップル。みな「目的」があり、そこへ向かってわき目も振らず歩く。うちの店の看板は、彼らの目には止まらない。
うちの店を彼らの「目的」にするには、どうしたらいいだろう。
それにはまずぼくらが、進むべき「方向」を決めないといけない
9時ごろに2名、10時すぎに13名の来店。しかしどちらも、3階の店にやってきて満席で入れずに流れてきた客。女性2名はあまり飲みも食いもせず、けっきょく2人で2400円の会計。13名は何かの3次会とおぼしき集団で、すっかりできあがっていて散々騒いで、あちこちで酒をこぼすわりには13000円の会計。
客単価というやつは、おそろしい。ふだん自分が飲みに行くときは、学校の帰りで時間がないときなんかを除けば少なくとも5杯は飲むだろう。だからどんなに安い店でも外で酒を飲めばけっこうな金額になると感覚的に思っていた。うちの店なら、アルコールは基本的に1杯500円。5杯飲めばそれだけで2500円。自分の感覚でいうと、飲み屋は飲食店の中でも客単価が高い商売。
しかし実際には、来るのはガンガン飲み食いする客ばかりではない。この日の2組はまさにそうで、別の場所で十分に腹を満たしてから店に来る人の場合はガタンと単価が下がる。案外そういう人が多く、馴らすと客単価というやつは想像以上に低くなる。
この客単価の低さはおじちゃんの想定をも超えていたようである。誤算の一つは、3階の店の客を回した場合の盲点。3階の店は飲み放題コースが基本で、今日の2組ももとは「2000円コース」を目当てに来ている。2000円で料理込み2時間飲み放題なら安い、と思って客は来るのだが、実はそれは客単価2000円が黙っていても約束されているわけで、店にとってもおいしくできている。2階の店は単品で、フードもドリンクも1品あたりは3階より高いが、少なく頼めば一人当たり1000円ちょいで終わってしまう。
それでいて料理とドリンクにそれなりに手間は込んでおり、3階と同じノリで騒がれると片付けに莫大な時間がかかり、2000円コースと比べるとまさに骨折り損のくたびれもうけ。ううむ。
3階の店の客を送り込むという作戦のメリット・デメリット。3階では常に客が溢れているというのは大きな集客のタネである。実際に、3日目の大入りは営業的には大成功であった。飲み放題でなくとも時間無制限なら、ひとり4500円払って4時間半いて元が取れると判断する客はいるということだ。
しかし3階の店と同じノリで大騒ぎをするようには、店の構造が全く不向き。メニューも不向き。
しかも4500円払ってくれる客ばかりではなく、1000円ちょいで終わってしまう客も多い。そっちのほうが多いかも。安く済まそうと思って3階の店に来るのだから、皿単価の高い2階の店でも彼らは安く済ませようとする。むしろ2000円コースの足かせがなくなって、もっと安く済んでしまう。
かといって3階の店の客を当てにせずに食っていけるかというと・・・それも難しい。ていうか無理。フリーの客はちっともこない。これまで幾多のテナントが入っては出を繰り返してきた場所だけのことはある。そしてフリーの客が来たところで、当初に想定していた席数で座らせようとすると、絶望的に狭い。もう一度来ようと思うかというと、答えはノーであろう。
12月12日(月): 5日目
週末も終わってしまった。3階の店も予約はなくヒマ。表では「新装開店」ののぼりが空しくはためき、店の中では小鳥のさえずりが絶望的に響き渡る。
結果だけいうと、この日は入店ゼロ。正真正銘のお茶引きである。
このペースでは、1万膳の箸を消費するのは、一生かかっても無理である。
12月13日(火): 6日目
ごりごりとお茶を挽いていると、10時ごろに会社帰りの底石さんが来店。友だちがきてくれてうれしい!と心から喜べない状況を察知したか、底石さんも、席に着くやいなや「なんか微妙な感じ?」と。
3階の店が忙しかったため、底石さんのオーダーをあらかた出すとおじちゃんは上に行ってしまい2人きりに。わりと突っ込んだ話に。これまでの展開と窮状を説明。
「仕事の関係とかでそれなりに高い店のメシを食うこともあるけど、それと比べるとちょっとね」と底石さん。席も狭いし、座布団も薄い。座椅子もないし、掘りごたつでもないし、ゆっくりくつろぐにはほど遠い環境。やっぱりそう思いますか・・・。
ついグチ大会になってしまう。
「友だち呼んだら?」と底石さん。「う〜ん」と考えてしまうぼく。すると底石さん、「彼女ができたけどブサイクだからみんなに紹介できないって感じ?」と。
ザッツイット。言いえて妙である。この中途半端な状況、高い店を目指しつつ作りは安く、それでいて安い客を入れるようにはできておらず、安いも高いも何も客が入っていない現状。どっちを向いているかわからないこの店を、ちょっとみなさんには見せられません。
2度目のオープンの前、自分がすべき準備は全て整ったと思い、そのときはぜひみんなに来てほしいと思ったけれど、オープンしてみていろんな問題点が出てきて、その解決の糸口が見えない今、正直なところ胸を張ってみんなを呼ぶことはできないよ。
けっきょく底石さん、お情けで焼酎ボトルを1本入れてくださった。お会計4700円。ああありがとうございます。しかし、最後に「またおこしください」と言うのが常に複雑な心境。
12月14日(水): 7日目
結果から言うと入店ゼロ。きのうは身内1人だし、おとといもゼロだし、実質ゼロ行進の開店休業。1万膳の箸は、以下略。
脱サラして飲食店をやろうとか考えている人がいたら、今なら自信を持ってアドバイスする。やめとけ。
幸いぼくは雇われ店長だし、3階の店はうちの赤字を補って余りある利益を出しているから今すぐに生活の心配をする必要はないけれど。
でももしぼくが一人で新しい店をやっているのだったら、今ごろはこの先の資金繰りの計算をしているか、もしくは首をくくる場所を考えているところだろう。
おじちゃんも相当焦っている様子。「メニューに何か問題があるのかな」と。
いや、メニューも何も、客が入っていなくてメニューを見てすらいないのだからそこは突っ込みどころではないでしょう。まずは街に出てビラ配りをするなり客引きするなりして、なんとか客を入れないと。
しかし3階が繁盛している以上、そこまでする気はないと彼は言う。3階の客を回せばいいと。
それならと、ぼくは3階の客を入れた場合に感じた問題点を指摘した。人が溢れると腰壁に座り、ホールの作業ができない。高価な酒の盗難がいつ起きても不思議ではない。
さっそく施工業者にきてもらい、対策を練った。座敷と作業スペースを隔てる腰壁の上に柵を設けることを検討した。柵を作ってしまえば座れないしボトル棚に手も伸ばせない。見た目はすごく悪くなり作業効率も落ちるが、3階の客を入れるためにはそれだけはやっておかないと営業にならない。
もちろんメニューについても、これまでのデータを考えて手直しすべきことはあるように思えた。料理は単品とコースがあり、単品はけっこう安いのだがコースは2500円・3000円の2種類。飲み放題なし。しかしこれまでの来客の平均を取ってみると、単品の場合のフードオーダーの客単価は1000円あまり。2500円からのコースというのはあまりにオーバースペックなのだ。お得感を与えるはずのコースなのに、盛り込みすぎて客にとっては逆に損になる。もちろんコースはある程度まとまったオーダーをしてもらって単価を引き上げる効果もあるが、2.5倍というのはちょっと引き上げすぎ。実際、身内はだいたいコースを注文してくれるし、レセプションでもコースを出したが、ボリュームがありすぎてコースは食べきれない人が多い。ていうか3000円コースなど、完食する人のほうが少ない。
そこで品数を減らして1500円・2000円・2500円のコースを設定して客のニーズに近づけることを提案した。
ぼくもただぼけっと客のいない店で立っているだけではない。どうしたらいいかはいつも考えている。頼りないながらも、おじちゃんの店をよりよくするための経営コンサルタントのような気分。
というと聞こえはいいが、ぼくもひどく焦っている。
12月15日(木): 8日目
12月の後半は忘年会シーズンで黙っていても客がくるようになるとおじちゃんは言うのだが、今はさながらその直前のエア・ポケット。3階の店も予約がなく、ゆったりと時間だけが流れる。
早い時間に1組2名様がフリーでご来店。会話の様子から何かの予定の前の時間つぶしだったようで、案の定ちょこっと食べてすぐに帰る。あとは引き続きゼロ行進。
しかし、今日は少し胸に期すものがあった。
役立たずの経営コンサルタントが打った秘策、その一つがネット広告である。各グルメサイトに掲載する広告の原稿のうち、ひとつをぼくが任せてもらっていた。その掲載が今日からということになっていた。
微妙に奥まった立地では、うちの店は道行く人の「目的」にはなりづらい。しかし初めから「どこかで食事をする」という目的を持ってネットで検索する人の目には、うちの店が映ることもあるかもしれない。そうすればうちの店も立派な「目的」になる。
果たして、電話が鳴った。待ってましたと飛びつく。
「予約をお願いしたいんですけど・・・」
キター!
店はヒマだが、じゃんじゃん電話が鳴る。思惑がぴたりとはまったようでうれしい。12月はやはり忘年会シーズン。みなネットで検索し、店を探している。
じゃんじゃんというのは言い過ぎで、この日予約は4件。3階の店のように「30名」とかいうのではなく、みな2名とか4名とか、多くて6名の予約。
しかしゼロ行進とは、大違い。けっきょくこの日の入店は先の1組だけだったのだが、少しだけ明るいきざしは見えてきた。
12月16日(金): 9日目
昨日の電話のうち、3組が今日のご来店。
ぼくが原稿を考えたグルメサイトのクーポンをお客さんが持ってきてくれるのは、閲覧者がサイトのBBSに書き込みをしてくれるようでうれしい。そしてネットから来る客は、初めから食う気・飲む気で来ているからしっかりとオーダーをしてくれる。ドリンクの量は人それぞれだが、フードに関しては迷いなく一番高い2500円コースを注文してくれたりする。客単価も上がる。
けっきょく4組14名で、55500円の売上。
たいしたことはないといえばそうだが、昨日ネットに載って今日このレスポンスであれば、悪くはない。営業中にも何組か予約がきた。15名程度の宴会もあった。もしこの調子で予約が集まり、来たお客さんのうちの一人が何ヶ月か後にもう一度きてくれて、そういった積み重ねがいくつも繋がれば・・・少しは、明るい兆しが見えてきたと言ってもいいのかもしれない。
ぼくらの店は、1日にオープンしようとして失敗して、8日に再度オープンしたけれども鳴かず飛ばず。ネットの広告がこのまま功を奏すれば、3度目にしてようやく本当のオープンということが言えるのかもしれない。
***
というわけで、駆け足でしたがこれまでの経緯でした。
ひとことでいうと「大苦戦」です。
新しいことを始めると新しいリズムに馴染むのが難しいというのはいつも書いていることだけど、店が進むべき方向を見出せないという意味でも、日記をいつ書いたらいいかわからないという意味でも、やっぱり新しいリズムは難しい。
店をやるのも難しい。難しいよホントに。
17日付けの日記を読み返すと、いかに自分がバタバタしていたかがわかります。日記が後回しになっていて、でも書くことは毎日たくさんあるから後回しにするとどんどん膨らんでいって、しかし10日も放置しちまっていくらなんでもそろそろ書かないとまずいだろ。最後は家を出る時間が差し迫ってきた中で見直しもそこそこに、大急ぎで書いてアップしました。日付の前につけていた「■」が途中からなくなってたりするのはそのせいです。ここしばらくは、公私共にバタバタです。
大急ぎで書いたこの前の日記の補足も兼ねて、いまのぼくの一日の生活をご説明します。
まず、店に出るのは16時。すぐに床を掃除してテーブルを並べ、最低限のオープン作業をしてからおじちゃん・おばちゃんと共に食事をします。開店時間は17時。それからまた客席の細かい整えをしたり、はたまた自分の歯を磨いたり髪をセットしたり。そんなこんなで18時ごろにはすべて準備完了になります。
しかし、そこでお客さんが押し寄せ・・・はしないのが悲しい現実。この前話したように少しずつ予約は入ってきていますが、一日あたりの予約は1件だったり2件だったり。もちろん0件だったり。0件の日のほうが、まだ多いです。
予約があれば予約をこなし、はたまた3階の店であぶれた少人数のグループを入れたり。そうして深夜0時もすぎると、たいていお客さんはゼロ。2時くらいになってお客さんがいなかったらもう閉めようかということになりますが、クローズ作業や発注や経理処理なんかにもまだ時間がかかります。けっきょく朝5時くらいまでやって、それから3階の店の閉めを手伝ったりして、6時くらいに帰宅。
16時出勤、6時退社だと拘束時間14時間。まあ普通です。悲しいことに店がまだそんなに忙しくはないので体力的にも全然ラク。それに店から家までは原付で10分くらいなので、自由時間は丸々9時間くらい。時間はあるっちゃああるんです。
でも完全なる昼夜逆転の生活に、まだ頭がついてきていません。帰り道にはいつも、これから日記書いて洗濯して掃除して、9時くらいに寝れば十分だからいろいろできるな・・・などと考えています。でもいざ帰って時計を見ると、朝6時ですよ。朝帰りというのは、なんだかとんでもない大仕事だったような気がしてしまうものです。そして大仕事の後にはつい一杯やってさっさと寝てしまいたくなるものです。
そんなわけで、バタバタしているフリをしながら、意外と一日8時間とかしっかり寝ています。
早いとこ慣れて、日記もちゃんと書きたいです。オープン後に放置している間、怖くてアクセス解析も見ていなかったのですが、いま見てみるとオープン前と全く変わらずアクセスがあった。みんな、開店後の報告を待ってくれていたんだなあ。待たせてすいませんでした。
なんとか早いとこ昼夜ひっくり返して、自由時間9時間から有効活用できる時間を作ります。部屋の大掃除をしたい。ボルダリングとかも行きたいです。飲みにも行きたい。朝からいっしょに飲んでくれる人がいればの話ですが。あと国民健康保険の手続きをしに区役所に行かなくちゃ。図書館に本を返しに行かなくちゃ。やることいろいろあるなあ。(いつもそんなこと言ってる気がするけど。)
人間にとって休日というものの存在がいかに大きいか、いましみじみと感じます。いまの店はナチュラルに年中無休なので、たまった何かを休みの日に片付けるということができません。
まずは健康保険。カゼでもひいたり、原付でコケでもしたらえらいことになる。
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あと、店の現状とかについても補足。重複することもあるかもしれませんが、自分の中での整理も兼ねて。
とにかく、集客はネットに期待です。入店ゼロの店内でボーっとしているのも心苦しいのですが、客がいないときはおじちゃんは3階の営業に行っているのでぼく一人。店を空けてビラ配りとか客引きに行くわけにはいきません。
それに、もはや客引きは効果的ではないというのはおじちゃん・おばちゃんが経験上よく知っていることなのです。むかし彼らが店を始めたときは、ガンガン街に出てお客さんを引いてきて軌道に乗せたそうなのですが、ここ数年は街頭キャッチは全く効かないと言います。キャッチに行ってもみんな、「予約があるから」。街行く人は、食事に行くなら予めネットで店を調べ、携帯で予約して行く。もしくは一度行ったことがある目当ての店に向かって歩く。客引きに出たところで、店を探してフラフラしている人自体がいないのです。
つまり、現在の飲食店市場にはフリーの客(通りがかって店に入る人)というのが絶対的に少なくなっているのです。ましてや微妙に奥まったこの立地では、フリーをあてにするのは不可能といわざるを得ません。もちろんフリーの客もたまには来ますが、10日あまりでほんの数組です。
そんな中でも繁盛店である3階の店には、入りきれずに予約を断るほどの客が集まってきます。でもそれを2階に送るという安易な策は絶対に避けるべきだとぼくは思います。
この前も触れましたが、まず店の構造がどんちゃん騒ぎに全く対応できないこと。メニューも同じく対応できません。そして何より、3階の店を送り込んでいるうちに、近隣には「いつも学生がどんちゃん騒ぎをしている店」というイメージが定着してきます。当初のターゲットであるサラリーマン層が、そんな店に足を運ぶはずがありません。実際に、店のすぐ近くで学校のクラスメイトがコンビニを経営しているのですが、「ご近所なんで一度来てよ」とこれまでの経緯を説明したところ「え、あの店の2号店なの!?」と顔をしかめられました。なにせ3階の客はいつも店の外で大騒ぎしたりゲロを吐いたりしています。若者が集まる店だというのは、周りの人みんなが知っていることなのです。あそこの2階に新しい店ができたな、機会があれば覗いてみようか、と近くのサラリーマンが思っているであろうときに、3階の客を2階に送り込んでどんちゃんやっていたら、あの店の2号店だというのがすぐにバレます。
フリーの客やネットの客といっしょに、空いた席に3階の客を入れたりしたら最悪。周りの騒音が比較的気になりにくい広い店ならいざ知らず、14坪の小さな店でどんちゃん騒ぎの団体と同席させられたら、落ち着いて飲みにきた普通の客は二度とと戻ってこないでしょう。
やはりグルメサイトのこれからの集客に期待です。今は忘年会シーズンだから、黙っていても予約が来る時期。年が明けてから、その流れを維持できるかどうか。
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いまの店を手伝って、いろんなことを学びました。従業員として店で働くというのと、店長として店づくりに関わるのは大きく性質が異なります。すでにできた箱に入るのと、ゼロから箱を作るのと。
自分がやりたい店で活かす調理技術の習得という意味では、前に働いていたイタリアンレストランに残っていたほうが確かによかったのかもしれません。しかし
レストランで修行していたとしたら、経営の根幹にまでタッチできるようになるには少なくとも5年はかかったでしょう。5年かけて偉くなって、それでも会社がそのときに新規出店をしなければ、ただの既存店の店長どまりです。
今回のように更地の段階から店を作るまでの一連の流れを体験し、うまくいったことといかなかったことの両方を見ることができたのは、しばらく包丁から離れる生活をするデメリットを補って余りある収穫だったと早くも思えています。店を作る経験、これは何ものにも変えがたい財産になります。
店をやる上で、調理技術と経営感覚と、どっちが大事なんでしょうか。どちらも捨てることのできない究極の選択ですが、どちらかひとつを選べといわれたら後者だと思います。
腕の立つ職人なんだけど店を出したら失敗したという話は、腐るほどあります。逆にたいしたものは出さないけど上手な経営で立派に成功している例もいくらでもあるでしょう。もちろん両方のバランスが重要なのでしょうが、一足飛びに雇われ店長となった今回の経験は「経営者の視点でものを考える」という意味できっと自分の役に立つに違いありません。
まだ、上手な店作りというものがどういうものかというがわかったとはいえません。でもなんとなく、店ができるまでの流れを見ていると「自分がやるときにはこういうふうにやろう」というイメージが具体的に沸いてきつつあります。
たとえば、自分がやるなら、まず第一に考えないといけないのは客席のことだな、というのがつくづくわかりました。
それは、必ずしも「お客様にくつろぎを与える空間づくりを最優先にする」、という意味ではありません。くつろぎは、与えてもよし与えなくともよし。大事なのは最初に店のコンセプトとして「くつろぎ」と「最低限の食事スペース」のどちらを取るかを決めるということです。
まず、客席をどうするか決める。なんならそのイメージに合った先に椅子やテーブルを買ってしまい、それを設計士に見せて「このテーブルを置くように設計してください」とオーダーするくらいでもいいかも。空の箱(=物件)の大きさは一定で、テーブルも決まっていれば、客席をどう配置するか・何席取れるかはおのずと決まってきます。客席数が決まれば、それに対応して厨房の広さや設備・備品の数も決まってきます。そしてその客席数なら、ペイするためには料理をいくらで出せばいいかというのも決まってきます。そうすると、どんな食材を使えばいいか、人を何人使うか、営業時間は、いろいろ決まってきます。
まず客席のイメージを、しっかりと固めること。そこから全ての店のイメージが派生して、矢印でつながって形になるような気がします。
逆に言うと、店舗経営とは店に必要な全ての要素をバランスよく矢印でつないでいく作業、というふうにもいえると思います。客席のイメージというのは、すなわち店のコンセプト。そこから派生して立地が、敷地面積が、料理が、皿が、全て決まります。根幹になるコンセプトから派生していく矢印を、限られた経営資源を効率的に配置してつなげる。とぎれたり、歪んだりしてしまってはいけない。全体を眺め、細部のバランスを取り、矢印でつなげて自分のコンセプトを実現する。それが店作りかなあと。
抽象的すぎて、よくわからないですね。言語化しようとしてもうまくまとまらないということは、完全に理解しているわけではないのでしょう。そりゃそうだ、まだ2ヶ月も経ってないし。店が成功しているとはお世辞にも言いがたいし。けど漠然と「お店をやりたい」とばかり言ってきたこれまでとは、明らかに違った感覚で自分のこれからの夢を見つめていているのを感じます。
こういう「店作りのコツ」みたいなのは、いろんな本に書いてあることです。「まずは客席ありき」というのも、いろんなところに書いてあることでしょう。でも実際にやってみて得た経験は、座学で得た知識とは全く違う性質のもの。エロ本とエロビデオくらい違います。エロビデオと実際のセックスも違うのでしょうが、でもぼくは今回初めてエロビデオを観て、セックスってこうやるんだってなんとなくイメージが沸きました。
そして、ここまで書いて思った。
店づくりとは、矢印をつなげる作業。それっていつも言ってた、文章を書くことと同じだな。
Aというできごとがあって、Zと思った。突拍子もないAとZを、A→B→C→・・・X→Y→Zと繋げていくのが日記の書きかた。もしくは言いたいZがあって、そこから逆算してAをこしらえて、やっぱりA→B→・・・→Zと並べていくのが小説を書くということ。
なんだ、店も同じじゃん。だとしたら、けっこう好きな作業だよ。
***
そんな中、19日の営業には一筋の光明が見えました。
グルメサイト経由の予約が3組。しかも7名、4名、4名と多め。予約だけで15名。店はいっぱいです。
新しい店は3階のような時間制飲み放題でないため、いったん予約で埋まってしまうと次のお客さんを入れるメドが立ちません。若者メインで2時間制の3階の店は、7時からと9時からの2回お客さんを入れることができます。なんならその後、11時から朝までコースも期待できます。しかし2階の店は、高めの年齢層を狙ったため最初の予約はだいたい8時前後。時間制限もないのでほとんどのお客さんは2時間以上滞留して、いいとこ1回転、つまり1つの席を1度しか使うことができません。何回転もさせて売上をあげるのが難しいというのは、かなり痛いです。
しかし!それを補って余りあるほど、1回転でもいいから予約のお客さんで席が埋まるということの喜び!
暇で暇でどうしようもないのと比べれば、天と地ほどの違いです。
おじちゃんも、予約で店がいっぱいになったという事実にはまんざらでもなさそうです。
正味な話、「まずは客席ありき」という点で、ぼくらの店は大きく失敗しました。1つのテーブルに4人座らせて、そのテーブルが10台。それで40席、そう皮算用していました。しかし実際には、詳しくは述べていませんでしたが工事の段階で壁や天井の微妙なでっぱりの関係でテーブルを10台並べることができなくなっていました。さらに蓋を開けてみると、そのテーブルは4人座ること自体が困難な大きさでした。というわけで、実際には満席はいいとこ20名。しかもたとえば4名座ってほしいところに都合よく4名が入るわけではなく、3名の予約で1人分が潰れてしまうこともあります。そうすると1日に15名入れば御の字、ということになります。
先ほど述べたように、客席数の試算からメニューも価格も全て決まります。40名のはずが15名しか入らない、しかも1回転以上させるのが難しいとなると・・・。お腹の中の赤ちゃんは男の子と診断されて名前も服も全部男の子用を用意していたのに、出てきたのは女の子、くらいの読み違えです。器とかは余るだけだから別に問題はないのだけれど、売上のほうは。いきなり値段を上げることができるはずはなく、このままだと想定の40分の15、37.5%しかあがらないことになります。あわわわわ。
おじちゃんはまだ3階の感覚で、1台に4名ぶちこめば30くらいなんとかなると考えているようだけど、ホールの立場からするとたまったもんじゃありません。コンロをセットしたら4人分の取り皿を置くスペースもないっつうの。
そういういきさつから、ぼくは「まず客席ありき」という結論に達したわけです。そして当初の想定どおりに客を入れられない店をこの先どうするかというのは、これからの大きな大きな問題です。
というのはさておいて、予約で店がいっぱいになったというのは、返す返すもうれしいこと。おじちゃんも「これなら、とりあえず年内は3階の客を入れるのはやめておこうか」と言いました。見た目的にも作業効率的にも大きなマイナスになる、どんちゃん騒ぎ対応の内装工事もしばらく見送ろうかと。
若者がどんちゃん騒ぎをする店、というレッテルを張られるまでには少しの猶予ができることになりました。フリーの客が入らなくても、3階の客を入れなくても、なんとかこの調子でネット経由の予約が入れば、最低限ペイすれば、そして一度来てくれたお客さんがまた来てくれれば、いつの日か当初ぼくらが思い描いていたのに近い店にできるかもしれません。
そして。
3組の予約のうち2組が入って忙しくなり、ひととおりのオーダーがすんでちょっと落ち着いて、3組目の予約まではまだ少しあるけど、それまでの間にフリーの客を入れるのはもう時間的に無理かな、と一息ついたところで。
ドアが開き、お客様ご来店。
3組目の人、じゃないよな。まだ早いよな。残念、タイミングが悪い。すいませんご予約でお席がいっぱいなんですよー。
しかしその若者は引き下がらず、「○△□です」。
え?ご予約のお客様ですか?
「・・・●▲■です」。
何を言ってるかよく聞き取れなかったのですが、ヤバい人が来たかな、と一瞬思いました。ご予約でお席がいっぱいなんですよ、と言えば、これまでのお客さんはみなすんなりと帰っていきました。
恐る恐るもう一度聞き返すと・・・・
「海上です」
え?
海上くん!?
なんと、バーチャル後輩の海上くんと、感動の初対面!
彼から「店の場所を教えてください」というメールをもらっており、前回書いたようにぜひ来てとは言いきれない微妙な心持ちで投げやりにグルメサイトのURLを返信しており、そしたらいきなり来やがった!
普通のお客さんなら「ご予約でお席がいっぱいなんで」で終わるところだけど、身内なら話は別。「8時半に次の予約が入ってるから、それまではあそこに座ってもらえるけど」。「じゃあ、8時半になったらあっち(90×60のテーブル1台)に移りますよ」。ということで海上様ご一行、ご案内!
連れは平凡の石坂くん、高田k、そして遅れて浅香の4名。いきなり呼び捨てというのもどうかと思うが。でもぼくからすると「へー、これがかの有名な高田k、それに浅香」、みたいな。別に有名じゃないけど。
でも前に、マイティの彼女のチンプイに初めて会ったときに彼女が「芸能人に会うような気持ちで」やってきたというのがよく分かった。ネットで見知っている人に初めて会うのは、すごいドキドキだ!まあ、むこうも同じなのかもしれないけど。「どーも、店長です」と挨拶。確かに、と吹き出す彼ら。
わりと店は忙しく、もちろん厨房にはおじちゃんもいて彼らとの話に専念することもできず。彼らが「しずかちゃんの入浴シーンが云々」という話で盛り上がっているのを横目に、「ぼくは小さいころドラえもんの全巻のしずかちゃんの入浴シーンのページ数をメモって押入れに隠していたんだよ」と口を挟みたいのを押し殺して働いていました。とりあえず石坂くんが後輩ではないとわかったことと、海上くんが「うなかみ」ではなく「うながみ」だということがわかったのが収穫でした。「うながみ」だとは思ったけど、「うながみ」では変換されないからね。あと海上くんが意外と善人顔だったのが笑った。声もかわいい。石坂くんは本当に平凡だ。
そんなわけで忙しかったので、あまり彼らのお相手はできず。日本酒をこぼれるほどに大盛りにしてあげた程度。石坂くんも海上くんも、サイトで「安くしてもらった」と書いていたが、別に値引いてません。むしろクーポンを持ってこなかったぶん他の客より高くなっている。40名の想定の価格設定なので単価は低めなんですよ。でも来てくれてうれしかったし、彼らが帰るときに見送って「また来てね」と手を振る自分がいるのに少し驚いた。
この前一人で底石さんが来たときには、だれもいない客席を後にボトルを入れて帰る彼に申し訳ない気がした。客が入らない現実が、どっちを向いていいかわからない店の方向が、恥ずかしくて心から「また来てください」とは言えなかった。
でも今回は、たまたまではあったけれど、活気がある店の姿を見てもらえてよかった。このままじゃ売上は37.5%しかあがらないとかいろいろ問題はあるけれど、とりあえずは忙しく働いている姿を見せられてよかった。マジでむちゃくちゃうれしかった。
そしてこの日の売上、7万。
これなら、なんとかペイするかも!
***
とはいえ、「水商売」とはよくいったもの。まさに水ものです。
平日なのに予約で埋まり、そのうえ何件も予約があって断らないといけない日があると思えば、週末でも入店ゼロの日もある。予約があるからと安心していたら、8名の予約が蓋を開けると3名だったり。それどころか予約の時間を過ぎてもちっとも来ず、確認の電話をしても出ず、結局来なかったり。
あとで話をすると3階の店でも同様のドタキャンがあったりして。聞いてみると時間も人数も名前も同じだった。単に近隣の予約を片っ端から取って一番ニーズに合ったところを選んで後はすっぽかしたのか、それとも2階と3階が同じ系列だと知っていて嫌がらせをしたのか。どちらにしても悪質です。
予約しておいて来ないのは本当に困る。うちのような小さい店は、予約が入っていると確実に他のお客さんを断らないといけない。予約の客が来ない損失だけではなく、その代わりに入れられたはずの客を逃す損失も被るのです。2倍です。みなさんは、たとえどんな店でも、予定が変わってキャンセルしないといけないことがあっても、せめてキャンセルするということだけは絶対に店に伝えてあげてください。キャンセルは心苦しいからバックレちゃいたいと思うかもしれませんが、店側はたとえキャンセルでも連絡をもらえれば喜ぶのです。ご予約席の札を外して他のお客さんを入れることができるから。
ホテルに入ったのに生理になったとか言い出されたら内心穏やかではありませんが、でも代わりにフェラしてくれたらうれしいのです。そういうことです。そういうことか?それはともかく、予約ブッチして音信不通、それだけは絶対にやめてください。
***
と、まだ波のある営業展開。その後は二日ほど、1組、0組みたいな暇な日が続きました。
きょうもゼロ行進。することもなくボケーっとしていると、23時ごろに「やってますか」と2名様がご来店。
やってますよどうぞどうぞ。よかったこれで本日の現金収支はプラスだな。スーパーで290円の現金仕入をしたので、290円以上の売上がないとレジの釣銭が減ることになり帳簿をつけるときに悲しいのだ。でもこんな時間に男性二人は珍しいな。
そう思いながら席に通すと、東京に出てきたころの高橋克典、といった風情の若い男の子のほうが。
「あの・・・店長さんですよね」
はあ、確かに。
「サイト、やってらっしゃる店長さんですよね」
・・・なぬ?
「1年半前くらいから見てました」
ファンの突然の訪問キター!!
なんでも彼、一之蔵カン太くん(仮称)は、うなぎいぬの日記に涙し、以来ワカレミチのファンになってくれたそうなのである。たまたま近くに住んでおり、日記の記述からぼくらの店の場所がわかり、友人の浜田山くん(仮称)を連れて訪ねてきてくれたのだという。
うれしいじゃないか!
しかも彼らはぼくが卒業した大学に通っているらしい。(それも日記の記述でわかったそうだ。)こういう出会いはホント、長いことサイトやっててよかったと思える一瞬である。
サイトバレするといかんのでおじちゃんの手前で話し込むことはできないが、「うまいっす」と爽やかに水炊きを食う彼らを眺めながら、ぼくは想像した。彼らを客に見立て、自分の店を。
この店は、14坪。そこまで広くはなくてもいいんだよな。ちょうどこの店の、客席部分、厨房も合わせてこれくらいの敷地でちょうどいいだろう。9坪くらいだろうか。厨房と客席の仕切りはなくして、お客さんといつでも話ができるように。カウンターもあり、後ろにテーブルが2台。そう、彼らが座っているところに。テーブルもソファも低め。カウンター5席、テーブル6席の計11席といったところ・・・。
「サイトを見てくれた人が遊びに来る店」というビジネスモデル。自分でも突拍子がないもののように思えたが、海上くんもそうだし、こうして本当に足を運んでくれる人がいるという事実は、ほんの少しの確信をぼくに与えてくれる。
しっかりと、自分の店の客席がイメージできた一日。
***
さあそして、明日は予約でいっぱい。なんてったって年末&クリスマス前&連休前ですから。言ってみれば一年で一番飲食店が忙しい日。
40席のはずが15席の問題はいかんともしがたく大きいが、でもこうして少しずつお客さんを集めていけば、進むべき道は少しずつ見えてくるかもしれない。
今日は忘年会シーズンのピークの祝前日だけあって予約だけで早々に店は埋まり、さらに入ってくる電話を何件も断ったくらいだ。
もちろん、8時くらいから12時くらいまで滞留するケースが多いと前にも後にも他の客が入れづらいとか、しかもほとんど酒を飲まないグループもいて意外と客単価が上がらないとか、それでも当初の想定どおり40席確保できていたとしたら予約を断らずにすんでそこそこの売上になるはずなのに、といった、きのう長々と書いたような問題はあるにはある。でもやっぱり、店のあるべき姿というのはまずはお客さんで埋まっている風景。忙しくても、労多くして実り少なくても、「予約で店がいっぱい」という事実だけで、がぜん張り合いが出てくる。
そして!今日は新しい展開。0時すぎに予約の客が全て帰り、とりあえずテーブルの上の食器類を奥に片付けて客席を整え、今日はこれでおしまいかなと思っていた1時ごろ。
「何時までですか?朝まで?」
ご新規2名様ご来店!しかも・・・がっつりお料理2000円コースのご注文!
これは開店以来初といってもいいパターンだ。これまでも、深夜帯にお客さんが入ることはあった。しかしそれはほとんどが、3階の店にやってきた客のおこぼれをもらったケース。それは3階に入りきらない客で、飲み放題じゃなくてもいいという人。つまりほかでさんざん飲み食いした後でもうお腹いっぱい、酒よりも朝までいられるスペースがほしい人。したがって1人1杯と全員で串を数皿頼んでおしまい、客単価は1000円超えれば御の字というのがオチ。そもそも3階の客であって、2階が自力で獲得したお客さんではない。
しかしこの2名は、最初から2階にやってきた。そして深夜にも関わらずばっちりお食事オーダー。これは、この店で初めての「2回転目」といってもいいかもしれない。深夜に2回転目があり、そこでそれなりの売上をあげることができれば・・・。もともと表通りではないながらも場所的には繁華街、祝前日くらいしか期待できないパターンかもしれないが、「深夜に食事をしたい」というニーズをすくい上げることは40分の15に減ったこの店の想定売上を補う活路になるのではないか。
すごく、すごく期待してぼくはその2名様を眺めていた。20代とおぼしき男性2人。スーツじゃないけど会話の様子から会社の同僚っぽい。休み前に遅くまで仕事をして電車もなくなっちゃったって感じかな。確かにそういうときって、牛丼食ってカラオケかマンガ喫茶へってパターンもあるけど、ちゃんと食べてちょっと飲んで朝まで時間をつぶしたいこともある。いつもチェーンの居酒屋か焼肉屋っていうのもなんだし、たまにはうちの店みたいなところもいいじゃない。このへんはIT関連の会社なんかもいっぱいあるし、ひょっとしたらそういう人ってけっこういるかも。あ、もしかしたらへーまの会社の人だったり。まさかね。でも彼らが、来週会社に出社して、「この前けっきょく朝帰りだよ」「うわー朝までどうしたんですか」「ほらあそこの店、新しくできたとこ。あそこ朝までやってたから」「ああ、あそこ。どうでした?」「うん、まあまあおいしかったよ、夜中に食えるとこって少ないし」「へえ、今度行ってみようかな」なんて会話をするのを想像して、ぼくは期待のあまり勝手にほくそえんでいた。
ところが。
「お客様です!2000円コースです!」と鼻息も荒く3階に電話して、おじちゃんを呼ぶと・・・。
彼はビニール袋に、3階で使っている酒のコンク(原液)のボトルをたくさん入れて持って降りてきた。いやな予感がした。
「3階の客、3階の飲み放題コースで入れるよ。30名の予約で、蓋を開けたら60名くらい来ちゃって、入りきらないんだよ。この酒で、出せるものだけ出すってことで了解得てるから」
・・・でも、お客さん、いますよ?
「なに、バカ飲みする連中じゃないから大丈夫」
そういう問題じゃ・・・なくて・・・・。
ほどなく、ドヤドヤと若者が店内に入ってきた。「へー、こんなのできたんだ」「カラオケないの?」。口々に新しい店への感想を述べながら、残りの席を埋めていく。15名でいっぱいというのはゆったり座ったときのことで、若者は隙間さえあればぎゅうぎゅうに座ってくれる。2名だけだった客席は、瞬く間に埋まっていく。全部で30名ほど。右隅に、先ほどの2名がぽつん。
きのう書いた「フリーの客やネットの客といっしょに、空いた席に3階の客を入れたりしたら最悪」というシナリオが、いきなり現実になった。
確かに、彼らは3階の客の中でもめったにないほどの素行のいい団体だった。イッキもしない。2次会か何かで、もうバカ飲みはしない。わりと静かに、飲みたい人は飲み、話したい人は話している。
でも30名も入ると、やっぱり腰壁に座るやつがいる。危ないから座らないでと言えば従ってくれるけど。そして飲まないとはいえそれだけの人数で一斉にオーダーされると、2階の店の作業スペースの想定の範囲を超えたオペレーションになり追いつかない。ぎゅう詰めの客席ではあちこちでグラスが倒れる。後で座敷の掃除が大変だ。おとなしい彼らでこれだから、やっぱり2階の店は大人数に不向きだ。
しかし、そんなことより。めったにないほど素行のいい集団とはいえ、ときおり大爆笑が店内を包む。サークルの試合の後かなにかで、試合の話で拍手や歓声が起こる。仕切りのつい立てを端に押しやって床に寝転がる者がいる。押し寄せるつい立てに頼りなく囲まれて、自分たちが見せられたのとはどうやら違うメニューの宴席に突然放り込まれた、先客の2名は。
「騒がしくなってすみません」と、せめて謝りに行こうと思った。
しかし座敷への上がり口は溢れかえるほどの若者とその荷物でいっぱいで、ぼくは2人の席に近寄ることすらできない。
おじちゃんは、3階からポテトを持ってきて、団体に出す料理の準備でいっぱいである。
右隅の席で、先客の2人が、ぼくの方を見て手を挙げた。そこまで行くことができないので、ぼくは彼らに向かって「なんでしょう」と声をあげた。
「串、まだですか」。
先の2名様ご請求です、とぼくはおじちゃんに告げた。
しばらくすると、大き目の皿に4本の串が乗ってデシャップ台に出てきた。
・・・ひと皿に盛るか、2人分を。
日本料理のコースでは、いや、どんな料理でも、ちゃんとしたコース料理は一人に一皿ずつ提供するものだろう。しかも、いつもならもちろん人数分の皿に盛り、しかもそれぞれ紅葉なんかの飾りをつけていたのに、それもなし。明らかに手を抜いている。
とりあえず座敷の上がり口をかき分けて2名様のところに行き、串を出した。「お待たせしてすみません」と言ったが、彼らが無反応だったので、「騒がしくなってすみません」とは怖くて言えなかった。
果たして、彼らは食べるものだけ早々に食べると切り上げ、2時すぎには席を立った。わずか1時間ほどの滞在。朝までですかと聞いて入ってきたのだから、朝までいるつもりだっただろうに。
会計を済ませ、溢れかえる靴の山の中から迷惑そうに自分の靴を掘り出して、店の入り口に山積みになっている団体の荷物をかき分けるように、彼らは帰っていった。
ぼくは彼らの後を追いかけ、ドアの外で「どうもすいませんでした!」と頭を下げた。
彼らは振り向かなかった。
団体のコースの料理の提供もひと段落したところで、おじちゃんに話をした。
「先にいたお客さん、さっさと帰っちゃいましたよ。やっぱり3階の団体とほかのお客さん、いっしょに入れるのは難しいんですかねえ」
それはあくまでオーナーに対する控えめな表現で、「ほかのお客さんがいるときに団体を送り込むのはやめましょう!」というのが本心だった。これまでも、仮に3階の団体を入れるなら初めから貸切にしないとダメだろうという話はしていた。
同席させられた先客が案の定不快な反応を示したという事実は、おじちゃんの目にも由々しき事態に映ると思った。
すると、彼は「いまの客、いくら?」と聞いた。
「6000円です」。2000円コースとドリンク2杯×2。
「6000円か、そんなチンケな客より、団体だよ」
ぼくは我が耳を疑った。
ドン引きに引いた。
いくつか見えた光の筋は、ぱっと消えた。
これまで、3階の店の客を入れないはずでスタートして、あちこちで方針が「ブレている」と書いたが、それはぼくの間違いだった。「飲み放題コースの団体を入れない」というコンセプト自体が、彼の方針からブレているのだ。深夜に入った2名の客を「チンケだ」と感じるのが彼の本心なら、きっとこの店は、いつか3階の店の2号店になる。
改装が必要なら、改装するだろう。そして飲み放題コースを設け、3階で入りきらない団体を入れることになるだろう。
騒がしい客や安い飲み放題が低俗で、静かな客や高いコース料理がよい、なんてことを言うつもりはない。
おじちゃんは安い飲み放題で若者を集めるビジネスモデルで成功し、勝ち組になった。ぼくは安い飲み放題でさんざんお世話になって育った。そしてぼくらの結びつきが生まれた。提供する価格の高い安いで、サービスの優劣が決まるわけじゃない。安い店でも、これまで彼らがやってきたサービスはとびきり優秀なものだ。それは間違いない。
だけど、おじちゃん、これまでと違う落ち着いた店が作りたいんだって、言ってたじゃない。
もちろん、2000円が30名と、3000円が2名と、どっちがおいしいかといったら比べるまでもない。
限られた経営資源で最大限の利益を。ビジネスとしてあたりまえのことだ。そしてオーナーの方針は絶対。何の経験もない雇われ店長の独りよがりなど、ビジネスには無用。そして雇われ店長であるぼくは雇い主の方針に従うより他はない。
いっけん理想的に見える3000×2を捨て、不恰好でも2000×30を得る、実はこれこそがこれまでの彼の成功の秘訣であり、ぼくに最も欠けているもの、ぼくが今回の修行で彼から学ぶべき姿勢なのかもしれない。
だけど、ぼくは思った。
それでもぼくは、帰っていくすべてのお客さんの背中に言いたい。
ありがとうございました、と。
どうもすいませんでした、じゃなく。
やっぱりぼくは、心から自分の「ありがとうございました」を言えるように、いつか自分の店を作らないといけないんだ。
それから朝まで、ぼくはできる限り厨房には足を踏み入れないようにしてホールで時間をやり過ごした。
確かに団体は素行がよく、オーダーも少なく、人で埋もれた座敷からは空いた皿やグラスを下げることもできないから洗い物もない。ぼくはただ椅子に座ってぼーっとしていればよかった。
ろくすっぽ仕事もせず、自分の店のことばかり考えた。
それは少し悲しい光の筋だった。
久しぶりに日記を書きます。
最近は、山ほどあることを書けるときにできる限り書くスタイルを取らざるを得ず。話があっちこっちに飛ぶと思われます。長くなると思われます。下手すると徹夜かと思われます。いや、昼夜逆だから徹昼でしょうか。なんであろうとそれは避けたいので、さっさと書き始めます。
***
12月23日。
3104丁目のプールホールご一行様より、エンドレス忘年会のうちの2次会会場にご指名いただく。
7時からの予約に備えて厨房で準備をしていると、入り口に人の気配。じゅん達の時間にはまだ早いな、フリーの客かな、すいませんちょっと予約でいっぱいで・・・。
と表に出てみると、そこにいたのはけいすけ!
なんと彼は、この忘年会の2次会でうちの店に来るために、わざわざ大阪から駆けつけてくれたのである。
うちの店に来るために、というのは自意識過剰かもしれんが、とにかくうれしい。実はここ数日立て続けにけいすけ似のお客さんが来ていて、「そういやけいすけ、どうしてるかな」と、外出先でなんとなくうなぎいぬを気にかけていたあのころのように少し彼のことを考えていたのである。
彼は2次会からの参加で、新幹線で東京に着いたその足で店に来たという。こちらの準備もほぼ終わっていたので、二人で30分ほどゆっくりと話をすることができた。実際には、いざ再会してみると、頭によぎっていた昔の姿より彼はだいぶ太っているので微妙に違和感を感じるが、それはさておきうれしい。
しばらくして残りのメンバーも到着。身内ということでとくに気を置くこともなく、予約より人数が減ったというので「じゃああっちに移ってよ」みたいな感じで効率よく席を埋めていただき宴会がスタート。
しかしどうにも「友だちが楽しそうに飲んでいるのに自分はシラフで仕事」という図式はもどかしい。みんなでクリスマスプレゼント交換会とかやっているので、じゃあぼくもとプレミアムモルツ樽生10リットルの樽をプレゼントに提供しようとするも「サーバーないから」と断られる。プレミアムモルツなのにー。まあ本当にプレゼントできるわけでもないしな。
ぼくも仲間に入りたかったし、せっかくだからけいすけとももっと話したかったので、仕事の後に4次会@東中野に駆けつけるつもりだったのだが、5時に帰宅して日記とか書いてるうちに7時になってしまい、御年30歳になられるじゅん達は昇天、ぼくは泣く泣く不参加。年中無休・昼夜逆転の生活をしていると、友だちと飲むのは非常に困難である。悲しい。友だちと飲める店を早く作りたいと、改めて思う。つうかそんなら日記書かずにさっさと駆けつけろという話でもある。
とりあえず、のり、結婚おめでとう!リアル・メタルギアソリッド(同室の彼女の目を盗んで家を抜け出し上のじゅんの部屋に遊びに来て、気づかれないように戻ったり)は遂にクリアだね。もしくはゲームオーバー。それかコンティニュー。
12月24日。クリスマスイブ。土曜日でもある。しかし、店は予約ゼロ。
聞くと「イブは毎年ヒマ」とのこと。3階の店も予約ゼロ。イブの夜はカップルで気張って高級レストランか、おとなしく家で寝ているか、せいぜい恋人いない連中で集まってホームパーティー、いずれにせよ中途半端に街に出て居酒屋に行こうなんて話にはならないということか。
実際その通りに、全く入店なく時間が過ぎる。ここ数日忙しかったのでこちらもほっと一息というところ。むしろ、判を押したように「イブは毎年ヒマ」というデータ通りに推移していく現象がおもしろい。オープンして半月、いろんなお客さん(もしくはお客さんのいない空席)を眺めていて、客の中にはこんなふうに「動きの傾向」みたいなものが存在しているんだなというのを感じる。
イブは居酒屋に行かないというのもそうだし、最近は日本酒が飲まれずに焼酎がブームだとか、若者の酒離れが進んでいるとかもそう。そういうのはニュースとして聞いてはいたのだが、見てるとほんとよくわかる。自分が酒飲みだからちっとも気づかなかったけど、若者の一部には飲酒を喫煙と同じく格好の悪いものとみなす風潮が確実に生まれてきているようだ。4人のグループで全員がウーロン茶だったりする。居酒屋なのに。だから客単があがんないんだよなあ。
あと日本酒離れ、焼酎ブーム、これはもっと顕著だ。うちはドリンクメニューの中でも飲みきりサイズの日本酒ボトルをわりと豊富に揃えていて、しかもおじちゃん曰く結構レアもの揃いなのだが、蓋を開けてみると日本酒は笑っちゃうほど出ない。これまでで10本も出てないんじゃないか。代わりに焼酎、これがじゃんじゃん出る。しかも芋が一番人気。ひと昔前は、芋焼酎は臭いと敬遠されていたように思うのだが。かくしてさつま白波のボトルが、一日に3本とか平気で出る。大人数のグループは、一杯目が生で、次から焼酎のボトルを頼んでみんなで飲むというパターンが非常に多い。ボトルとグラスと氷と割り物を出せば後は勝手にやってくれるからこっちは楽だけど、それはそれで客単があがんないんだよなあ。
それはさておき、客商売に本格的に身を置いてみてつくづく思う。世の中の人々の間には大きな「流れ」が絶対にある。知ってか知らずか、みんな同じ行動をとろうとする。その行動は、時とともにどんどん変わる。その流れをつかむことが、客商売をやる上で重要なポイントの一つなんだろうなあ。
なんてことを空席を眺めながら考えていると、やや夜更けに、海上くんご来店!彼は、みんなと同じ行動をすることを嫌うタイプの人間である。たぶん。「また来てね」と言ったら速攻来やがった。非常にうれしい。
この前はほぼ満席だったのであまりお相手もできなかったのだが、今回は他にお客さんもいなかったのでみっちりと話ができた。しそレモンサワーの秘密とか。
しかし逆に、みっちり話をしすぎて「ちょっと首を突っ込みすぎかな?」という気もしてきて、しばらく厨房に引っ込んでみたりもする。家にやっしーから素敵なクリスマスカードが届いていたので、お返しに焼き台の上の焼き鳥の画像をメールで送ってみた。そんなふうにしばらくひとりで遊んでいると今度は、海上くんせっかく来てくれたのにそれはそれで放置しすぎかなという気もしてきて、用もなく表へ行って声をかけてみたり。出たり入ったり。他のお客さんのときもそうなんだけどね、空いているときは忙しいときにできないプラスアルファの接客のチャンスではあるけど、馴れ馴れしくしすぎてもダメだろうし、もちろんほったらかしてもいけないしで、お客さんとの距離感ってやつは非常に難しいんだ。
そうこうしているうちにも海上くん、若者の酒離れを憂うようにガッパガッパと飲んでいる。まるで距離感を測りかねているぼくに対し、もっと近くへ、その腰壁を飛び越えて!とアピールするがごとく。それに応えぼくは、腰壁ごしにウィスキーのグラスを差し伸べる。彼が飲んでいる姿を、そうだ、その勢いが客単を、店の売上を、日本のGDPを底上げしていくのだ、と柱の陰から応援。目が据わってきたところでお会計。今回はわりと立派な金額。伝票上はケータイのクーポンを見せてもらったことにして、こっそり一杯分無料にしてあげた。メリークリスマス。
12月25日。
ゴミ捨て場にて。

サンタからの贈り物。というか忘れ物?いや、どう見ても廃棄物か。
打ち捨てられた片目のダルマというのは、なんて物悲しいんだ。中原中也みたいだ。
というネタで広げようと思ったが、やっぱりどう見ても中原中也ではないなと思い返し、この話題終了。
店に行くとおじちゃんが、「3階の客、予約入ったから」と。ああ、またこのパターンか。
3階で6時からの予約がダブって、それなら2階に持ってきちゃえということ。3階のコースを2階でやるという。ソープランドの指名振り替えみたいなものだ。2階にはカラオケもないし、もしお客さんがカラオケやりたがったらどうするんですか、3階のメニューで飲み放題やってる隣に他のお客さんが入ったらどうするんですか、と聞いてみたくなるが、それはもうやめた。そのへんは、おじちゃんも違和感を感じているんだと思う。「2階に回すって話は客にはしてないんで、来てから案内するんだけど、まあ騙し討ちってことになるけど」と。騙し討ちという表現に、彼の苦悩が少し垣間見える気がする。
けっきょくそのグループは8名の予約が4名に減って、騒ぐこともなくおとなしくまったりと飲んで、その間ほかのお客さんが来ることもなく、なんの問題もなく2時間コースを終えて8時には帰った。4名に減ったが、2時間でしっかり客単価2500円。
入れ替わりに8時からは、貸切でサラリーマン20名の宴会。店に厨房機器を納品したメーカーの、営業所の忘年会である。要は機械を買ってくれたお礼に店を使ってくれるというわけ。
会社を辞めて以来サラリーマンの宴席というものに同席する機会は全くなく実に久しぶりの風景なわけだが、そういえば会社のオフィシャルな飲み会というのは瓶ビールが飛びかうものであった。同じリーマン層は、仲間うちとおぼしき飲み会のときのビールはほとんど生でも、こういうときはひたすら瓶。瓶を持っていろんな人のところに出向いて「どもどもども」「いやいやいや」「そちらもどぞどぞどぞ」「いやいやいやどもどもども」とやるためである。ビール瓶は、スーツ・名刺とともにサラリーマンの3種の神器。懐かしいなあ。
と感慨にふけっている暇はなく、みるみるうちにショーケースの中の瓶ビールが空になっていくではないか。うちのショーケース(ホールに置いてある、ガラス張りで蛍光灯のついた冷蔵庫)はけっこう大きく、瓶ビール120本が収容できるものなのだそうだが、瓶ビールだけじゃなく日本酒とかワインとか生ビール用のジョッキとかも冷やしているので実際に入れている瓶ビールは40本。普段のビールのオーダーはほとんどが生で、むしろジョッキを冷やすのが追いつかなくなることが多いのに、リーマン20名が一斉にどもどもどもとやっていると瓶ビールがあっという間になくなっていく。「生ビールはプレミアムモルツがございますよ」と誘導してみるが、全く効かない。
しかも、瓶ビールは一番絞りとスーパードライの2種類を用意している。生ビールがプレミアムモルツだから、瓶と生でキリン・アサヒ・サントリーを網羅しているというわけ。オープン前におじちゃんがメニューのたたき台を作った段階で、サラリーマン相手にビールの3大銘柄を揃えるというのは親切なメニュー設定だと思った。こだわる人もいそうだし、財閥系の会社なんかじゃ宴会で飲んでよいビールが定められている場合がある。ぼくが前にいた会社では必ずアサヒだった。かくして、うちの店で瓶ビールに与えられた40本のスペースは、一番絞りとスーパードライが20本ずつを分け合っていた。
しかして今回は「瓶ビール」と注文を受け、「一番絞りとスーパードライがございますが?」と聞いたところ、幹事は「スーパードライ」と言った。「おいくつお持ちしますか」と恐る恐る聞くと、「20本」。やっぱりね。20人だもんね。その一言で、冷えたスーパードライは一瞬にして終了である。
この店の意外なウィークポイントを発見。サラリーマンのオフィシャル飲み会のような貸切の団体が一斉に瓶ビールを頼んだ場合は、瓶ビール40本・1銘柄20本ではあまりに手薄。かといって2銘柄のビールを揃え、しかも他に冷やしておかないといけないものがある以上、それが限界でもある。
この問題は、この店のというか、あらゆる飲食店がよーく考えないといけない点。メニューは、いろいろ揃えたくなるしできるなら豊富に揃えたほうがいいけれど、揃えたメニューは全てを枯渇しないように準備しておく必要がある。一つのメニューにオーダーが集中しても対応できるだけの量をいつも持っていないといけない。
メニューを豊富に揃えれば揃えるほど、その全てを十分にストックしておくためのスペースは膨れ上がる。フードにも全く同じことがいえ、品数に比例してスペースも手間も必要になる。あらゆる飲食店は、与えられた有限のスペースの中に、何を置くか考えないといけないのだ。逆にいうと、何を捨てるか。狭いスペースでも、例えば焼き鳥屋なんかの専門店は売りを一本に絞ることで狭さを克服しているといえる。何を置き、何を捨てるか。それも一つのコンセプトワークということか。うちも、これ以上日本酒の不人気が続くようなら、出もしない酒はショーケースから出してほかの経営資源をストックすることを考えないといけないかもね。
とりあえずこの急場は、たしかこの会社は財閥色は強くはなかったはずと判断し、以降は勝手に一番絞りを出して対応。同時にシンクに水を貯めて氷をじゃんじゃん入れて、そこに冷えていない瓶ビールを2ケースぶちこんで乗り切ることに。厨房機器メーカー社員としては、自社の製氷機の氷で冷やしたビールの味はまた格別であろう。
しかし心配したのもつかの間、事前ストックの2銘柄40本のビールを消費したあたりで、ビールオーダーはぴたりとストップ。おそらく20名が、20×19÷2=190通りのどもどもどもを完了したとみえる。そこからは、統計どおり焼酎モード・酒離れモードに突入。焼酎とウーロン茶がじゃんじゃん出だす。その中間のウーロンハイも絶好調。今度はウーロン茶が足りない。以下略。
まあ、ウーロン茶は上の店にもたっぷりあるから心配しなくていいやと悠然としているうちに、在庫のウーロン茶の最後の1パックを開けたところで12時前に宴会が終了。
20名で、5万6000円。客単価、2800円か。悪くはないが、バタバタしたわりにパッとしないな。4時間で2800円だもん。先の6時からの3階の客は、飲み放題コース2時間ポッキリで2500円。料理も単純。明らかに3階のシステムのほうが効率的。
たぶん、おじちゃんは、この効率のよさを捨てきることができないんだろうな。書かなかったかもしれないが、2階の店を始めるときに、おじちゃんは「俺たちももう年だから、そろそろ騒がしい店でバカ騒ぎの若者の相手をするのもキツくなってくる。あと10年したら、まず無理だと思う。だから10年後に、今の店は娘に任せて、俺たちがのんびりと老後を過ごせるような落ち着いた店を作りたい」というようなことを言っていた。
しかし、蓋を開けると1ヶ月もたたないうちに「バカ騒ぎの若者」を送り込み始めている。むしろ積極的に3階の客を取り込む作戦を考えている。
実はグルメサイト掲載以降の2階の売上はけっこう好調で、月末に締めてみないとわかんないけどトントンに近いくらいのところまできてはいるのだ。忘年会シーズンという好景気が大きな要因でもあるけれど、新しい店を出してしょっぱなからトントンならむしろ上出来、これからの客の定着に期待して安心してもいいだろうに。
これまで、さんざん議論はしてきた。まずは落ち着いた店を目指してサラリーマン層にターゲットを絞ってしばらくやってみて、半年くらいしてダメだったら3階スタイルに近づける、そう結論づけていた。幸い3階の店が、例え2階が赤字を出してもお釣りがくるほどの利益を出してくれる。体力的に不安はないから、時間をかけてでもこれまでと違う店を作ろう。
しかし蓋を開けてみると彼のポリシーは、オープンしてたった半月のトントンをも我慢できない。のんびりと老後をという気持ちもありながら、やっぱり利益を求めてしまう。トントンでいいやと思えるほどに、枯れてはいないのだろう。
その姿勢はおじちゃんらしくていい、とぼくは思う。だからこそ彼は今まで成功してきた。ブレているんじゃない、むしろ軸はしっかりしているんだ。
でも、ぼくが第三者の立場で冷静に判断すると、3階のスタイルと、落ち着いた店は、どうやったって両立しない。3階が空いているときにだけ貸切で3階の客を入れることにしても、ときに騒がしい飲み会が行われている店を見れば、落ち着いて飲みたい客の足は遠のいていくだろう。騒がしい飲み会に対応する作りに店を改装したら、落ち着いて飲もうという雰囲気はどんどん崩れていくだろう。そうなったら、坂を転がり落ちるように3階に近づけていくしか道はない。位置関係的には、階段を駆け上がるように、だけどね。
席が思ったように取れず客数で売上を稼ぐことが難しくなった以上、この店の行く末は、トントンでよしとするか、限りなく3階に近づくか、2つに1つ。
これも、コンセプトワークだ。なんのために店をやるのか。儲けるためか、のんびりするためか。両方は取れないんだ。おじちゃんがそのどちらを取るか、この店の将来はその1点にかかっている。
「店をやるなら、コンセプトをしっかり定めることが大事」。開店マニュアル的な本には、1行目に必ず書いてある。昔からそういう本を読んで、ふうん、と思っていたが、今は痛いほどにその言葉の意味がわかる。店をやるのは、なんのためか。胸に手を当ててそれを考えることが全ての矢印の起点になり、そこから繋がって、店ができる。その起点のイメージが鮮明でないと、そこから先の矢印はぼやけ、ゆがみ、どこかでついえる。痛いほどにわかるよ。
ぼくが自分の店を出すとしたら。いま、これまでにないほどに起点のイメージが鮮明になっているのを感じるんだ。これまで何年も「将来自分の店をやりたい」と言い続けてきたけど、実は「こうなったらいいなあ」という程度にしか店の姿を落としこめていなかった。でも今は、「このために」「これを」「こうして」「こういうふうに」、頭の中では全ての矢印がビッシビシに繋がっている。
いつも「言語化できるかできないかが、本当に理解しているかどうかの判断基準」ということを言っているけど、たぶん、できる。テキマニの4回戦のあとに、「最後まで音のイメージができている」と書いた、あのときの心境に近い。
しかしまあ、いまはそれを言語化するタイミングではないと思う。店をやるにあたってもう一つの大事な起点である金がない、というのもある。あとはこの話、長くなりすぎたし。
12月26日。
忘年会シーズンおそるべし。1回転とはいえ、意外と骨折り損とはいえ、予約の客で大繁盛。それが一斉に11時半ごろに帰り、テーブルの上には大量の洗い物だけが残った。
意外と早く引けたな、さてこれを片付けて、帳簿つけて、めざせ3時退社というところかな。
と、そのとき。「やってますか」と男性1名様ご来店。
朝までですよ、と答えながら、内心ではちょっぴりがっかり。たまには早く帰りたいっす。
するとその1名様は「店長さんですか?」。
はいそうです、私がアイアム店長です!
このパターンも3回目くらいで、ぼく的にはちょっと慣れた感じですよ。今度の見知らぬアナタはいったいどなた?
すると・・・。
「はじめまして、かじりんです」。
・・・か、かじりん?
エキスパートモードの、あのかじりんさん!?
ひええええ!!!
かじりんさんがウチに来る心当たりすらなかったので、聞き間違いかと思いました。恐る恐る除夜テキネタを振ってみると通じたので、本物であることがわかりました。
ひええええ!!!
なんたって、エキスパートモードはいわゆる大手テキストサイト。当サイトも登録している日記才人というテキストサイトのリンク集で、得票数ランキング1位をひた走っている雲の上の存在です。いま日記才人はメンテナンス中なんで定かじゃないんですが、たしか1ヶ月に5000票とかじゃないか。ワカレミチは、どうがんばっても200票です。どうがんばっても200票なんで、最近じゃ面倒になって更新報告すらしてません。
そんな、ワカレミチの25倍すごいサイトの人が、どうして!?
たしかに、かじりんさんとは某所で友だち関係を結ばせていただいており、でもそれほど濃密にコミュニケーションしていたわけではなく、むしろこちらが通りすがり同然に押しかけ友だちになった程度のもの。まさか私めの存在などを認識していらっしゃるとは夢にも思いませんでした。
しかし彼は、意外とワカレミチのことを気にかけてくれていたそうで、会社が近くということで場所がわかってわざわざ店を訪ねてきてくれたのです!いやあ感激。汗が、一瞬にしてワキワキになりました。いや、脇が一瞬にしてアセアセになりました。
ぶっちゃけぼくは、他人のサイトってあんまり興味ない。巡回サイトは数えるほどしかありません。よそのサイトで巡回するのは、ほとんどがリアル友人のサイト。それ以外では、なにげに後輩の海上くんとかその友だちの石坂くんとか、テキマニでタッグを組んだ中村くんとか、BBSに書き込みをくれる人とか、バーチャルの中でも比較的リアルに近い間柄の人のサイトばかり。海上くん石坂くんはリアル友だちになっちゃったしね。全くの見ず知らずの人のサイトで定期的に巡回するのは、ヒロコと、このエキスパートモードと、片手で数えて余るくらいなのですよ。あ、そういえば一つお気に入りのエログがあってね。・・・まあいいやそんな話は。
そんな雲の上の人の突然のご来訪に緊張しつつ、いいいいつも見てます、よくもまああんなくだらないことをあそこまでおもしろく書けますね、と、よく考えると失礼な挨拶。あまりに想定外だったのでびっくりしてしまいよく覚えていないのですが、ワカレミチに対してなんだかえらいお褒めの言葉をいただいてしまいました。
ほかに客はおらずおじちゃんも3階におり、ぼくが一人で作れるメニューを頼んでもらって、二人きりでじっくり話をしました。二人きりなら距離感とか気にする必要はありません。膝を交えてお話ししました。サイトではいつも嫁とやっただのやらなかっただのの圧倒的なバカテキストを展開していらっしゃる人なので、下ネタ全開トークなのかと思いきや、お互いのサイトの変遷や仕事のこと、この店のことやぼくの将来の店のことなど、すごく真面目な話に終始しました。むしろこちらが、嫁とは月に何回いたすのか心配になってしまったほどです。誠実そうな人でした。
終盤に、「あそこのストリップ劇場のねーちゃんを使い近所の雀荘がリアル脱衣マージャンというサービスをやったら流行るんではないか」という話でようやく落ち着くところに落ち着いて、かじりんさんは席を立ちました。彼もまた、ビールを気持ちよいほどガッパガッパ飲んでくれました。いつかまた、今度は二人で飲みながら話をしたいものです。
最後に彼が、「あ、あの名刺くださいよ」と。うう、本当に読んでいてくれるのですね、ワカレミチ。このころになってようやく事態が飲み込めてきた気がします。そしてがっちり握手してお別れ。熱い一夜でした。どうもありがとうございました、また来てください、と、タクシーを拾いに階段を下りる背中を見送りました。
12月27日。
大爆発。結果から言うと、10万越え達成。開店3日目に3階の団体客をぶちこんで13万売ったことはあったけど、それを除くと初めての大台。予約だけで席が埋まり、いつもなら予約があってもその1回転だけで終わるのに、この日は予約の前にも後にもうまいこと客が入った。終わってみると7組40名で、11万弱の売上。来客数は過去最高で、正真正銘の2回転。席数が少なくとも、2回転すればなんとなかるということはわかった。
むちゃくちゃ疲れたが、おじちゃんも満足げ。「この馬の、底力をかいま見たねえ。今までは馬なりで仕上げて新馬戦に望んで苦戦してきたけど、しっかりムチを入れればひょっとしたら重賞レースを勝てる実力はあるかもしれないねえ」と。おじちゃんは競馬の例えをよく使う。
いまいち意味はよくわからなかったけど、1戦走っていきなりダートに転戦したりセン馬にしたりするんじゃなくて、当初の方針どおりに辛抱してレースを使ってダービーを目指すということかな?
もし仮に毎日10万ペースなら、トントンどころじゃない、おそらく彼が期待する売上も満たすであろう。このペースで走り続けるのは至難の業だが、その可能性があることだけはわかった。
だがしかし。1月になったら。忘年会シーズンが終わったら。客足は、途絶えるかもしれない。
そして、これはまた別の機会に詳しく書くと思うが、1月になったらぼくは学校に戻る。店を開けて学校に行き、授業が終わったら店に戻る。ピークの時間を見ることはできず、ほとんど開店作業と閉店作業だけにしか携われないかもしれない。オープンしてからこれまでのホールは、ぼくが全てほぼ一人でやってきた。そのぼくが、抜けないといけない。
俺が店を支えているんだといううぬぼれではなく、むしろ他の人に引き継ぐだけの余裕がなかったという否定的な意味。「固定費をギリギリまで切り詰める」というのがおじちゃんの勝利の方程式の一つで、いまある3店舗はバイトも最低限しか使っていない。おじちゃんが3店舗の厨房を行き来して回しているくらいだから、2階のホールにトレーニングのための人員を割くことはほとんどできていないのが現状だ。いちおうマニュアルは作ったけれど、読んだだけでできるはずはない。もうすぐ1月なのに、ぼくは抜けるのに、ドリンクの作り方もレジの打ち方も、全体を把握しているのは今のところぼく一人である。1月になったら、どうなってしまうのか。
3階の店の飲み放題のドリンクを、この前3階の客を入れたときに持ってきており、それを置く棚を用意しようという話を前におじちゃんがしていた。そのことについてぼくが話すと、おじちゃんは「まあそれは、正月の間にゆっくり考えよう。とりあえず今日はよくがんばったから、早く帰って休養しよう」。少なくとも年内は予約が入っているし、年を越すまでは3階のコピーにはならないみたいだ。
3階の客を入れるのか入れないのか。おじちゃんは、ブレてはいないが、迷っている。正月の間に考えようという言葉が、少しもの悲しい。
このまま10万ペースなら大満足。しかし少しでも伸び悩めば、すぐまた3階の客というカンフル剤の注射が頭をよぎるだろう。そして1月になれば、ぼくは抜ける。
もういくつ寝ると、お正月。このレースの行く末はどうなるのだろう。目の前にはコーナー。曲がった先の直線は、まだ見えない。
12月28日。
昼夜逆転の生活のリズムがつかめない理由のひとつは間違いなく、「外が明るいのに寝ている」ということです。明け方に帰ってきて、床に就くころにはまだ暗い。けど寝ているうちに夜が明けて、窓から明るい光が入る部屋で眠ることになる。だから眠りが浅く、時間的にはけっこう寝たつもりでも疲れが十分に取れないのでしょう。
ええい、いっそのこと家の雨戸は閉めきっちゃおう。これまでは開閉が面倒なのでいつも雨戸は開けっ放しだったんだけど、昼に寝ないといけないんだから逆に閉めっぱなしにしとけばいいんです。
一日中雨戸が閉めっぱなしの家、というのははた目から見るとちょっと気味が悪いもので、もしぼくが重大な事件を起こしたらワイドショーの取材で近所の人は「そういえば・・・いつも雨戸が閉めっぱなしで・・・・」と証言すること間違いなしです。いつも明け方にバイクで帰ってくるし。まあ昼夜逆転とはそういうものだよ。
この日の営業は、前日の新記録の後でほっとひと息といったところ。大きな予約もありません。空っぽになった冷蔵庫を満たすべく仕込みなどに専念します。お客さんが入っていても、あらかたの料理を出し終えるとおじちゃんは3階に戻るので、ぼくは店に一人です。
仕込みも終わると、空いた時間で個人的な練習をします。調理からは離れていますが、本分は忘れちゃいけません。それに1月に学校に復帰したらすぐに試験があります。久しぶりに包丁ケースを開け、家から包丁を持ってきていました。
日本料理の卒業試験は「大根の桂むき」。円筒形の大根を、巻物をひもとくようにむいていくアレです。けっこう難しいです。幸い、店には大根は売るほどあります。ていうか売りものです。余ったやつを練習に使わせてもらいます。
桂むきは、右手に包丁、左手に大根を持ち、包丁の刃先が左手の親指の真下にくるようにして大根を薄くむいていきます。指の下でむくので、慣れないとけっこう怖い。そして慣れてきても、いやむしろちょっと慣れてきたくらいのほうが、調子に乗ってむいていると包丁が大根を突き抜けてズバっと指を切ってしまいます。もう、左手の親指は傷だらけです。治りかけたところに、その傷の上から十文字に新しい傷を作ってしまったりして痛いったらありゃしない。学校の友だちからも、桂むきの練習で指を切ったという話をよく聞きます。ましてや試験では緊張します。たまねぎのみじん切りのときも試験中に指を切る人が続出したんだから、たぶん桂むきの試験は地獄絵巻ですよ。
むき系はわりと得意なジャンルで、たぶんちょっと練習すれば合格すると思うのですが、どうせならもっと上手になって合格したいじゃないですか。学校のクラスメイトから盛大に送り出されて店に入った以上、実質はただの雇われ店長・ホール長とはいえ、ハンパな合格じゃプライドが許しません。どうせなら「店やりながら卒業するなんて無理」と相手にもしてくれなかった担任のヨネスケ先生の鼻をあかすくらいの圧倒的な合格を。近ごろではヒマな時間を見つけては大根をむいております。指切るけど。
桂むきが上手になったら、フライパンを持ってきて苦手なオムレツも練習しよう。チャーハンは得意だから大丈夫だと思うけど、でも業務用の火力でやったら家よりもっとおいしくできるだろうな。
と、意外と、最近はまじめに練習もやっているんですよ。下手に家でヒマな時間があっても試験前じゃなければなかなか練習なんてしないものだけど、店じゃほかにやることもありませんし。これまでは店を回すことで精一杯だったのだけど、少しは余裕が出てきたということでしょうか。
本も読んでいます。「日経レストラン」という飲食業界向けビジネス誌があり、これが業界の最新トレンドから店舗つくりのコツまでいろんな情報があって超おもしろい。(さっきの桂むきのリンクはこの雑誌のウェブサイトです。)お客さんがいないときは座敷に腰かけ、いるときは厨房の中で、付箋をビシビシ貼りながら読んでいます。とても役に立つので年間購読をしようとしたら1年コースと3年コースがあり、迷わず3年で契約しました。
それと、むかし買った開業マニュアル系の本を読み返しています。前にも書いたけど、なんのバックグラウンドもなくそういう本を読むのと、ひとつの店の立ち上げに関わった後で読むのとでは理解の度合いがぜんぜん違います。前はただなんとなく読み飛ばしていただけだけど、いま読むとすべてが「自分の店」へのイメージにつながってきます。
あとはノートPC。これは起動したり終了したりしないといけないので本を読むように手軽にとはいかないのですが、深夜でオーダーもなくお客さんがまったりしているときなどには厨房でPCを開いています。日記を書くのはさすがに気が引けますが、店のマニュアル的な資料を作ったりしています。もっと余裕ができたら、学校の実習ノートの整理をしたいと思っています。できれば卒業までに。きっと、そこからたくさんのメニューが生まれるから。
だいじょうぶ、忙しくても思い通りにいかなくても、ぼくはしっかりと自分の進むべき道を見上げているから。
この日の営業はほっとひと息、と言ったけど、締めてみると売上はしっかり、6万もありました。そんなに売れたんだ。
ヒマだったようで意外と6万も、というのは、オープンしてしばらく経ちこちらが仕事に慣れてきたということでもあるし、わりとコンスタントに客が入ってくるようになったということでもあります。
たまにしか日記を書かなくて、「全く客がこない!」というところでしばらく放置していたりしていたので店は相当な閑古鳥とお思いの方もいるかもしれません。でも12月の後半になりグルメサイトに掲載され、同時に忘年会シーズンもピークになり、日により差はありますがけっこう客が入るようになってきました。
最初はほんとにゼロ行進だったんですよ。前に書いたように、客の行動には「流れ」があります。店に入ってくるこないについても、それが言えるかもしれません。オープンしてしばらくは、まだ「流れ」ができていないからだれも来ない。ところがひとたびお客さんが入ると、誘われるようにして他のお客さんも入ってくる。実際にはうちの店は外から中が見えないし、ネットで予約してくる人が多いので中の客に誘われてくるわけではないのだけれど、誘われたとしか思えないくらいに客の「流れ」ができてきました。笑っちゃうくらいに来なかったフリーの客も、前よりは増えてきているようです。(あてにできるほどの数ではありませんが。)世の中の、脱サラして店を開こうというみなさん。開店して半月くらいお客さんが入らなかったからといって、まだクビをくくる必要はありません。
12月29日。
この日が仕事納めであった底石さんと魔界1号さんが7時前に来店。予約が2件あり、1件はわりと大人数で満席になってしまうのだけど、その予約が入っている8時までの間なら、ということで座ってもらう。
この前底石さんに来てもらったときは、まさにゼロ行進のさなか。非常に寒々しい思いをお互いにしたものである。それが「8時までしかいてもらえないけど、それでもいい?」なんて、ずいぶん立派になったもんだよ。座敷がうすら寒いのや座布団が薄っぺらいのは相変わらずだけど、ほら焼酎のキープボトル、お湯割りで飲むでしょう、ポットにあったかいお湯をいつもより一本多く用意しておきました。お客さんが入っていれば心もあったかいです。
そして7時半ごろ、しんいちも来店。8時まで、といってももう7時半なので、残念ながらお帰りいただく。残念だが、返す返すもずいぶん立派になったものである。
こうしていろんな人が訪れてくれるのは、うれしい限り。考えてみると、うちの店の売上にはけっこうぼくの友だちが貢献している。8日のオープンから思い返してみると、オープンの日に来てくれたへーまを皮切りに、底石さん、海上くん石坂くん、一之蔵カン太くん、3104丁目のプールホールご一行、かじりんさん。これはすごいことだ。何度もいうように、繁華街とはいえフリーの客の目にはほとんど映らない店。でも、みんな初めから地図を見ながら、ぼくに会いに来てくれる。けいすけに至っては新幹線に乗って来てくれた。
中には早くも2回来てくれた人まで。その他のお客さんで、2回来店してくれたのはたぶん一人だけだと思う。でもその人は、二度とも3階の店に入れなかったから2階に来ただけだ。ぼくの記憶が正しければ、予約やフリーで来て、もう一度店に足を運んでくれた人はまだいない。というかオープンして1ヶ月も経っていないからリピートを期待するほうが無理というものだ。二日目に来て越の寒梅・金無垢を頼んでくれた人は、飲み切らなかったので日本酒だけどボトルをキープしてあって、高い酒だしたぶんいつかもう一度は来てくれると思う。ほかに、「また来ます」と言って帰っていく人もいる。けどひと月に2回も同じ店に行くことはふつうはないわけで、来年に期待といったところだ。
ところが、へーまは3104も含め2回、底石さんも魔界1号さんを連れて2回、海上くんも2回、しんいちは2回目は座れなかったけど。これはすごいことじゃないか。
これられは、まぎれもなくネットの力だ。バーチャル友だちが実際に集まってくれたんだ。海上くん石坂くん、かじりんさん、カン太くんなんかはまさにこのサイトを通じてぼくの店を知り足を運んできてくれた友だちだ。3104関連の人はもとはビリヤード仲間だけど、ぼくはとっくにビリヤードを引退していて長いことサークルには顔を出していない。特にけいすけなんかはサークルで知り合ってすぐに大阪に帰ってしまい、あとはほとんどネットでお互いの近況を報告しあってきた仲だ。底石さん魔界1号さんは昔の会社の同僚だけど、退職後も彼らがぼくに対し結びつきを感じてくれているとしたら、それはたぶんこのサイトのおかげだ。みな、ワカレミチを見て、ワカレミチの店長に会いに来てくれている。3104の大部分は(じゅんを含め)見ていないかもしれないけど。(笑)
リアルの知人って、リアルだから深いつながりというわけでは実はないのかもしれない。もちろんリアル友だちでも仲のいい人は、連絡すれば一も二もなく駆けつけてくれると思う。けどみんな、想像してみてほしい。仮に自分が引越しをしたとして、すぐに遊びに来てくれる人が何人いるだろうか?実は、そんなに多くないんじゃないだろうか。リアルに顔を合わせる知人でも、ほとんどはただ挨拶をしているだけの薄い関係なのかもしれない。この忙しいさなかに遊びに来てくれるような人は案外少ないはずだ。
その証拠に、昔の会社のほかの人は店に来ていない。こっちから連絡もしてないから来るはずもないけど。学校の友だちも、盛大に送り出してはくれたけどまだだれも来ていない。まあこっちも、微妙な状況なんでまだ来なくていいよとか言ったけど。でも店のすぐ近くでコンビニをやっている友だちくらいは顔を出してくれてもよさそうなものだ。
おばちゃんは3階の店でずっと、いろんなお客さんに熱心に2階の店の宣伝をしてきた。3階で飲んでいるお客さんを実際に2階に連れてきて、こんど新しい店ができたから別の機会に使ってよと。すると客は必ず「いいっすね!絶対来ます!」と言う。だがしかし、それで来てくれたのはまだ片手で数えられるくらいだ。
ところが、ワカレミチを見て足を運んでくれた人はすでにこんなにいっぱいいる。ネットには、テキストには、力がある。
また、フリーの客がほとんどいない現状で、集客のほとんどを占めているのはグルメサイト経由のお客さんである。ここでもネットは大きな力を持っているのがわかる。クーポンを持ってこない人が意外と多いので実数は把握できないが、ほかにどこに電話番号を載せているわけでもないのに電話で予約してくるのだから間違いなくグルメサイト経由だ。
しかも、ぼくが原稿を担当したサイトのクーポンを持ってくる人が圧倒的に多い。うちの店はオープンするときに4つのグルメサイトに掲載の打診をしていた。うち1つはまだ本格稼動していなかったから見送りになり、やっしーに写真を撮ってもらったぐるなびはおじちゃんが担当者とケンカして掲載しないことになり(泣)、残りの2サイトをおじちゃんとぼくでひとつずつ分け合い原稿を作成していた。2サイトとも掲載された時期は同じだが、結果として集まったクーポンのほとんどはぼくが担当したサイトのもの。おじちゃんが担当したサイトのクーポンを持ってきた客は、2組か3組しかない。そのうちの1組はじゅんだ。おい。
それはさておき、これまでのこうした結果をふまえ、「けっこういけるんじゃないか」という気がぼくにはするんだ。
時代は変わっている。飲食業界といえど、インターネットの普及後では大きくありかたが変わってきつつある。
ひょっとしたらぼくはこれまで、インターネットをけっこう上手に使ってきたんじゃないか。ネットの付き合いはしょせんバーチャルなものという考え方がまだ世の中の大勢だろう。しかし、こうして多くの人がネット経由で店に来ているというのはまぎれもない現実だ。グルメサイトの客は、ぼくの力というよりはグルメサイトの力だけれど、ワカレミチの友だちは、間違いなくワカレミチの力だ。このサイトは1日に100件のアクセスしかないけれど、その100人は何年間も懲りずにぼくの毎日を見てきてくれて、ぼくがウンコをもらしたことまで知っている人だ。ずっといっしょに暮らしているようなものだ。それどころかぼくが毎日何を考えたかを見てきてくれているわけで、それは頭の中でいっしょに住んでいたようなものじゃないか。その100人とのバーチャルな結びつきは、毎日会って挨拶するだけの100人のリアルの知人とのそれと比べれば、とてつもなく深い。
「サイトを見た人が遊びに来てくれる店を作る」というコンセプトで、なんのあてもなく始まったワカレミチとぼくの挑戦。真にネットを活用しているとはまだいえない飲食業界において初めてのケースになるんだなんて意気込んでいたが、ぶっちゃけなんの展望もなかった。
しかしこの半月で、ぜひ来てと胸を張れない微妙な状況だというのも気にせず、思ってもないほどたくさんの人が来てくれた。場所も載せていないのに探し出してくれる人がいた。ほかにも店の場所を教えてくれといって連絡をくれた人、絶対行くからと言ってくれる人がいっぱいいる。ぼくが種をまいてきたこの突拍子もないビジネスモデルは、これは、ひょっとすると、ひょっとするんじゃないか。
それなら、ぼくは早く自分の店を持ちたい。真のリアル店長として、早くみんなに会いたい。
12月30日。
楽天イーグルスで働くらくたろうくんが、東京に戻ってきた。ぼくの仕事の前に飯でも食おうということになった。
久々の再開に期待で胸を震わせる。そのわりに寝坊して1時間遅刻する。渋谷で待ち合わせ、電話で合流を図る。「ハンズの場所わかる?」と聞くと、「わからん」。「いまどこ?」「109の前」「109って2つあるんだけど」「??」と、彼はすっかり田舎者に戻っている様子。
そこで「上を見ろ!」と叫び、「vodafoneの看板が見えるか、その下で集合だ!」
そうして彼と、実に1年ぶりの再会。焼肉屋にてランチ。二人とも酒飲みなので、まずは最近の若者の酒離れを憂うように昼間からガッパガッパとビールを飲む。
彼は昔の会社の同期で、内定式で二人でコントをやったほどの仲なのだが、先にぼくが会社を辞めた。後に彼も、仙台に戻って仕事をしていつか実家の農家を継いで新しいビジネスをやるという夢を見据えて楽天野球団の求人に応募した。面接が進むにつれテンションを落とす彼の背中を、当時のぼくは無責任に押した。「迷わず行けよ!行けばわかるさ!」
そして彼は、何百倍もの狭き門をくぐりぬけ、その職に就くことを決め仙台へと旅立った。その後の彼は多忙を極め、彼のサイトは閉じ、消息はたまにしか伝わってこなくなった。あのときぼくはあまりに無責任に彼の楽天行きを進めたわけだが、その後彼はどうなったのだろう?
はたして久しぶりに会った彼は、胸を張って「充実している」と言った。その顔は、自信にみなぎっていた。やりがいのあるミッション、スピード感溢れる職場、ある程度の仕事の裁量も認められ、待遇もいい。すべてに満足していると。カズナリは順調に育ち、ケイCOMのお腹には二人目の子どもも宿っている。絵に描いたような順調っぷりだ。
「あのとき、キミに背中を押してもらってよかったよ」と彼は言った。いや、ぼくは何もしていない。ぼくはただ、1から100まで全て考えたうえでの結論なら絶対に正しいと言っただけだ。そうしてきみが考えて、選択し、選んだ道を全力で走ってきた。そこにたどりついたのはきみの力だ。
そしてぼくも、胸を張って言う。「充実している」と。忙しいけど、思うようにいかないけど、ぼくもぼくの選んだ道を全力で走ってきた。それは間違った道じゃなかったという気が、だんだんしてきているんだ。
けっきょく二人で、6240円のお会計。ランチなのに。1時間あまりなのに。客単価とはこうして上げるのだという手本を、身をもって証明した形である。
彼が1万円を出した。ぼくは財布から3000円を出し、さらに120円を出した。
「いいよ20円なんて」とらくたろうくん。
いや、よくない。ガチ割りといこう。きみとぼくとは対等なんだ。お互いの夢に向かって、それぞれのスタートラインに立っている。きみは農業で新しいビジネスを始めたいという。ぼくは自分の店を持ちたいと思う。
いつかぼくらは、きみが作った野菜をぼくが店で使い、店頭やサイトで販売しようという二人の夢の話をした。あのときからお互いに、少しだけ前へ進んだな。入社1年目のあのときには思いもよらなかったけど、出会った場所を離れ、お互いに違う場所で、同じ夢を追い続けている。神がいるとして運命を操作しているとしたら!俺たちほどよく計算された関係はあるまいッ!
そして場所を変え、店に行くまで喫茶店で時間をつぶして酔い覚まし。がっちりと握手をして、またしばしの別れ。次に会うときには、またお互いに前へと進んでいられるように。
そして店へ。
前日までに受けていた予約は7時半に1件、4〜5名でご来店とのこと。それともうひとつ、なんと深夜2時から料理2500円コース20名の予約が入っている。水商売とか、昼夜なく働く海外市場系の証券会社とかの忘年会だろうか。それだけで2500×20=5万だから、それにドリンクが加わって、あとふつうのディナーの時間にそれなりに入れば、売上新記録達成も十分に可能である。
期待しながら店に入ると、酒屋が置いていった酒類の山が待ち受けていた。酒屋の配達は今日が最後なのである。大晦日と三が日は酒屋が休みなので、その分も含め多めに発注しておかないといけない。さらにぼくは先日の教訓を生かし、深夜のオフィシャル忘年会対策として瓶ビールを厚めにしていたのだ。ふふふ、準備万端。
しかし、山のような酒を片付けていて一番絞りをふと見ると、ラベルには「慶祝」と書かれている。今年最後の納品で、正月仕様の商品を(勝手に)持ってきてくれたのだ。今日使えないじゃん!余計なお世話!
と若干不安がよぎるが、予約帳を見るとおじちゃんの字で「6:30 ●田 5名」と書き加えてあった。どうやらぼくがいない間に予約の電話があったらしい。しかも6時半と早め。これなら2回転目もあるかも。そして深夜に大口の3回転目がある、これはいよいよ新記録達成かと再度期待が膨らむ。
と、6時半すぎに、「予約してた●川ですけど」と。なんだよおじちゃん、名前違うじゃん。まあいいやいらっしゃいませ、5名様ですね、お席ご用意しておきました〜。
「へ?15名ですけど?」
・・・なんですと!
おじちゃん!人数も違うよ!
幸い予約はもう一件だけ。大慌てでセットして残りの席をつぶし、なんとか15名&5名を入れることができた。ダブルブッキングで入れられないなんてことがあったらもちろんお客さんは怒るだろうし、今はどこも満席の忘年会シーズンだから代わりの店も見つからないだろうし。ムカついてネットに書き込みとかされても不思議はないね。ほっと胸を撫で下ろす。
しかも15名はお料理2000円コースのご注文。さらに若いのに、酒離れを憂(略)ガッパガッパ飲む。それでいて行儀はよく、皿の上げ下げにも非常に協力的である。みんな生ビールだけど、生樽もいっぱい仕入れてあるから問題なし。どんどん飲んじゃって!これはいけるぞ!
けっきょく15名のはずが1人来ずに14名、それでも4万7000円のお会計になった。客単価3400円。うーん、ずいぶん飲んでたように見えるし、実際に一人で10杯くらい飲んでた人もいたけれど、料理が2000円だからドリンクは一人平均だと3杯なんだ。やはり客単価というやつは恐ろしい。みなさんも、特に大人数の飲み会で割り勘のときには気をつけたほうがいいと思います。一人で10杯くらい飲んでるやつの酒代をみんながかぶっている可能性が大いにあります。あとよくある飲み放題、これもクセモノ。「平均すると意外と飲んでいない」という性質を逆手に取った店側の作戦で、飲んでもいない分の料金を払って高い客単価を確保させられている可能性があります。らくたろうくんとぼくのように、ランチでビールを軽く4杯ずつ飲める自信がなければ避けたほうが、実はお得かもしれませんよ。
この二組が12時近くまで。2時までにもう1回転、とはいかず。片付けて席と料理を準備して、例の2時の宴会がスタート。そんな時間に忘年会なんて何の集団かと予約の段階から興味深く待っていたのだけれど、現れてみると全員ふつうのスーツの男性だったのでどうやら水商売ではなさそう。しかしロン毛の人やガングロの人もいて、ふつうのサラリーマンというわけではもちろんなさそう。かといって全員が怪しい人なわけではなく、どこからどうみてもそのへんのサラリーマンという人も半分くらいいた。「俺はバイトの身だからさ」なんて話をしている人もいた。バイトなの?何の会社か全く不明。長年やってるおじちゃんも、正体がさっぱりわからないという。
そんな不思議な深夜の忘年会は、今度は瓶ビールは全く出ず、ソフトドリンクのオーダーが多い。どうやら各地から車で集まっている人が多いようだ。そのせいで、期待したほどは売上は伸びず。
でもお会計6万超。こちらも客単価3400円。ガッパガッパ飲んだ15名と同じ。料理が一番高い2500円コースだったからだ。やはりコースというのは客単価を確保する上で非常に重要な手法である。飲み放題つきコースも、お客さんに安心とお得感を与えるために、うちでも検討しないといけないかもね。ていうか年明けからやることになるだろう。正月のうちに考えると、おじちゃんが言っていた。イッキイッキの連中が入ってこないような設定になるといいんだけど。
けっきょくこの日は13万4500円の売上。開店3日目・13万6000円の記録の更新はならず。3日目のは、3階の客を、それもキャパを大幅に超えてぶちこんでイッキイッキさせた結果の売上だったから、いわば叩き売りというか出会い頭の一発というか。正攻法で抜いちゃいたかったんだけど、微妙に届かず。
でも、悪くないね。このところ連日の10万超え。ほかの日も、9万とか、悪くても6万とか。うん、悪くない。大人数のコース2つで13万という結果にはおじちゃんも満足げで、「ようやくオープン前に想定した姿に近づいてきたね。狙い通りだよ」と。それなら予約の人数間違えないでください。
12月31日。大晦日。
こうして日記を書いていることのメリットのひとつに、毎年こうした節目のときに「去年は何をしていたのかな」なんて振り返ることができる、というのがある。去年の日記を見ると、正月は・・・パソコンが壊れたくらいでとくに何もしていなかったようである。その前の年は・・・とくに何もしていなかったようである。その前は・・・猪木祭りに行ったな。
今年は、PRIDE男祭りをタイマー録画して、ばっちり仕事。なにもしないのもいいけど、仕事をしているのもいいよね。
とはいえ大晦日は、おじちゃんデータによるとクリスマスイブと同様に開店休業日。やはりその通りに、予約もなくフリーも全く来ず、座敷に腰かけひとりうたた寝をして時が過ぎる。外も人通りは少ないようで、ときおりクラクションを盛大に鳴らしながら走っていく、うかれムード先取りの車があったりするだけ。
今年も残すところあと1時間となった11時ごろにようやく、フリーで5名様ご来店。これから初詣に行くところかしら。
料理を出し終えて手が空いたので、包丁を研ごうと思い立つ。料理人たるもの、締めくくりは包丁を研ぎながら1年を振り返るものでしょう。まずは砥石を水につける。
しばらくホールにいて、そろそろ水が滲みたころだから研ごうと思って厨房に戻ってくると・・・その砥石でおじちゃんが包丁を研いでいる。ええ〜。しかし、みな考えることは同じなのだ。
11時50分ごろ、おじちゃんが研ぎ終わり3階へ戻る。ギリギリセーフ。ぼくは一人で、包丁を研ぐ。
振り返るまでもなく、今年は激動の年だった。いつかこの1年を振り返ったときに、間違いなく節目の年として思い出すことだろう。
学校の学費を払い終えて本格的な修行に入り、そしたらひょんなことからいきなりリアル店長になった。
リアル店長にはなったけれど思い通りに行かず、でもその中で、では思い通りに行かせるためには何をどうしたらいいかということの手がかりを得つつある。
今年の元旦に、これは日記には書かなかったけど、そのとき付き合っていた女の子と初詣に行った。初詣のときのお賽銭は500円と、ぼくは毎年決めている。賽銭で500円というのはかなりリッチな感じで気分がよい。いつもは欲張って500円分しっかり願ってくるのだが、今年は500円でたったひとつの願い事をした。「とにかく、文学的に成功するように。それだけ神様よろしく」。
文学的な成功というのは、ぼくの場合もちろん、いい日記が書けるようにということだ。できるだけ波乱万丈な人生で、それをできるだけ真剣にもがいて進み、それをできるだけ生き生きと日記に書けるようにということだ。ひょっとしたら隣の女の子は「ずっといっしょにいられますように」なんてかわいらしい願い事をしていたのかもしれない。ぼくはただ、そんなことはどうでもいいから、とにかく文学的に成功するように、とだけ願った。
はたしてその女の子とはじきに別れることになり、かわりにワカレミチはテキマニで優勝し、ぼくはリアル店長になった。思い通りの波乱万丈ぶり、思い通りの文学的な1年であった。
ふと、外でクラクションがけたたましく鳴った。
「うわ、新年じゃん!カウントダウンとか思いっきり忘れちゃったよ」と、客席でお客さんが叫んだ。時計を見ると0時1分。新しい年の幕開けである。
いちおう包丁を研ぐ手を止めて表に出ていって、「明けましておめでとうございます」とお客さんに挨拶した。いっせいに「明けましておめでとうございます」と返ってくる。こういうその場限りの一体感は、正月っぽくて好きだ。
3階に上がっていって、おじちゃんおばちゃんにも挨拶する。客はいなかったが、年越しそばを作っているようで二人とも厨房の奥で忙しそうにしており、「はいはい、おめでとう」とおざなりに返事が返ってくる。ぼくも2階を空けたままなので急いで戻る。そんなもんだ。だって気分的には、まだ31日の営業中だしね。だいいちおじちゃんたちは年越しそばを作っているけど、それはふつう大晦日に食べるものである。ぼくらの中ではまだ正月といってもピンと来ない。
しばらくして5名様は帰り、入れ替わりに14名くらいの若者の団体が入ってきた。もう出来あがっているようで、「あんまり酒も料理もいらないんですけど、朝まで一人2500円でやってもらえますか」なんて言ってる。いつもならムッとするところだけど、このときは正月モードなので心穏やか。2500円。ぜんぜん大丈夫ですよ、客単価は魔術ですからね。
最初のドリンクの注文を取るときに、「瓶ビールなら正月ラベルのがありますよ」とお勧めしてみる。盛り上がる一行。一番絞りが7本はける。ふだんは瓶はあまり出ず、正月ラベルの1ケースがいつ使い終わるかわかったもんじゃない。新年会シーズンを終えてまだ残っていたりしたら痛々しくて目も当てられない。早いとこ使い切りたいし、ソフトドリンクに傾きそうな2次会の団体において売上もあがり、我ながらナイスセールスであった。
彼らはもちろん朝まで。あまりオーダーもなく、だれか男祭りの結果を口走るやつがいないかとハラハラしていたがそういうこともなく、ぼくは年越しそばを食べたりしてのんびりと過ごす。
5時になって3階に上がると、3階は客がいなかったようでとっくに店を閉めており、おばちゃんは寝ている。おじちゃんと改めて「明けましておめでとう」と挨拶するが、やはりどうもピンとこない。職場における「明けましておめでとう」というのは、やっぱり年が明けて出社してから言うから実感が沸くものなんだよね。ぼくらの中では31日の営業が終わったところで、気分はまだ大晦日。冗談半分で「よいお年を」と言って店を出た。
5時まで客がいたからその後片づけをして、家に帰ったのは7時前だった。テレビをつけるとちょうど曇り空の初日の出中継をしていた。しかしぼくはビデオをつけ、録画していた男祭りを見始めた。昼夜逆転の生活をしているので、世間とは時差があるのだ。3年前の猪木祭りで、テレビ中継の都合で猪木は「俺の時計は人より早く進んでいる」と言い放ち10時ごろにカウントダウンをしてぼくら観衆をポカンとさせた。それになぞらえれば、いま俺の時計は人より遅く進んでいるのだ。
小川の「今日は転んだけど、必ず起き上がるから」に今年の初泣き。そして吉田の、あそこまで盛り上がった観衆の全員を敵に回してまでハッスルしない信念にも感服。空気を読んだり周りに合わせたりできないのは、不器用ではあるけれど、それだけ自分の道を大事にしているから彼は強いんだろうな。ぼくも、転んでもまた起き上がるし、自分の道を信じて進もうと思った。
1月1日。
え、31日の日記じゃなかったのと言わず、読め。やっぱりまだ正月気分じゃないんだよね。仕事初めしてないし、なんといっても31日までの日記をアップしていない。大晦日の日記を書いて、日記書きは初めて年を越せるのである。
元旦だけは店は休み。12時すぎまでかけて男祭りを全部見たあとは夜7時まで寝て、それからとりあえず実家に挨拶に。珍しく実家でのんびり食事をする。酒も飲んで、酔いが覚めるまでみんなでテレビを見たり。久しぶりに実家に長時間滞在した。
12時ごろに家に帰る。日記を書こうと思ったが、元旦は1ヶ月以上ぶりの休みだからとりあえず寝ておこうと思った。
ずいぶんぐっすりと寝て、目が覚めた。目が覚めた後も布団の中でぼんやり。しばらく休みがなかったから忘れていたけど、こうして起きた後も布団の中でしばらくぼんやりするのがぼくは大好きなのを思い出した。
雨戸を閉めているので部屋は真っ暗。いま何時だろう。日付的には2日。午前中だといいなあ。そしたら仕事に行くまでにいろいろできるし、日記書いて1月1日付けにしちゃってもそんなにおかしくはないもん。
しかし電気をつけてびっくり。3時40分。やべ!12時間以上寝ちまった!
レトリックではなく本当に、やべ、12時間以上寝ちまった、と口に出して言った。
なにせ午前中に起きて日記を書くどころか、あと5分で家を出ないといけない時間。最悪の仕事初めだ〜。
慌てて飛び起きて、シャワーは浴びる時間はないけどヒゲだけは剃って行こうと思い風呂場に向かった。
すると・・・あれ?玄関も真っ暗?
3時は3時でも、それは午前3時だったのでした。1月2日の午前3時。
まだいまいち確信が持てず、117に電話して、「ただいまより午前3時46分ちょうどをお知らせします」という時報を聞いて、やっと安心した。仕事初めまであと12時間ある!
それからパソコンをつけ、11月からずっと過去ログを整理しておらず異常に縦長になっていた日記ページを整理しました。さながら年末大掃除です。そしてこれまでの日記をダーっと書いたのです。日記の日付がようやく現実に追いついてきました。
これでやっと新年の抱負が書けそうです。あまりに長かったので1月2日も正真正銘の午後3時になってしまい、早くても店から帰ってきてからになりますが。
でもまずはとりあえず、明けましておめでとうございます。
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