9月末で退職するバイト先で、健康診断があるので好きな日程を予約してくださいというアナウンスが流れたのが1ヶ月ほど前のこと。そしてぼくが予約していたのが今日でした。
退職するのにいまさら何を診断、とも思ったのですが、この時期に在籍している契約社員は全員受診しないといけないんだって。獲得したはずのインセンティブもきちんと払ってくれないような会社なので診断の結果がいつもらえるかもわかりませんが、いちおう受けます。
ところで、予め配られた健康診断の受診票には「当日、昼食は抜いてください」との注意書きがありました。
朝に働いているレストランでは、オープン作業がひと段落して手が空いた隙に「食事」がもらえます。だいたい11時半から12時くらいの間に食べることになります。ぼくは今日はちょっと寝坊して、家で朝ごはんを食べる時間がありませんでした。というわけで店での食事は・・・気分的には昼食というより朝食。それは抜くわけにはいかんでしょう。
ところが!この日は11時半のオープン直後からいきなりランチの客が続々入店。食事などしている暇はなく、あっという間に14時になってしまいました。
他の人はランチ後に遅めの食事をとっていたのですが、ぼくは健康診断があるのであがらないといけなくて、完全メシ抜き。
実は、前の日も居酒屋バイトがむちゃ忙しく、帰ってバタンキューで夕食も抜きだったのです。
前日のランチの後に「食事」をもらってから丸24時間何も食べていないことになります。
フラフラになりながら健康診断に向かいました。
採血のときにめまいがしました。貧血とか診断されそう・・・。
そしてようやく食事をして、前の勤務先に出勤しました。
ところで、健診は勤務先ではなく、有楽町にある民間の医療機関が受託しています。予約した希望の日に各自が勤務を抜けて有楽町に行って受診します。15時受付なので14時くらいに早退することになり、もちろんその時間も勤務時間扱いになり、かつ健診が終わったら直帰してよいという、本来はわりとうれしい企画だったのです。
好きな日に受けていいので、金曜日を選ぶ人が多かったようです。ぼくは夜の居酒屋バイトが休みの水曜日に予約していました。健診は1時間くらいで終わるらしいので、そのあとどっかに遊びに行こう、と思っていたのです。が。
その後急遽新しい店で働くことになり、大慌て引継ぎをしないといけなくなったのはご存知のとおり。ぼくは今日も、直帰せず戻って仕事をすることにしました。
まあしかたない。「9月中は学校がないから残業するんで、引継ぎはしっかりやります!」と言ってレストランとの掛け持ちを許してもらっている身です。そうは言ってもなにげに居酒屋バイトもあったりしてやっぱり時間がないのです。直帰している場合ではありません。レストランを14時にあがり、直接病院に行って健康診断を受け、それから前の勤務先に戻って仕事をすることになりました。レストランで働き始めてからは毎日15時とかに出社する重役出勤シフトなのですが、今日はそれどころか17時出社です。超・重役出勤です。ま、「重役出勤」というよりは「貧乏暇なし」ですが・・・。
引継ぎは、今日から個々の案件を実際にSVに説明することになっていました。ぼくのほうの準備は昨日までであらかた終わりました。
あとは肩の荷をぽんぽんSVに放り投げるのみ。フラフラになりながらの出勤とはいえ、これを終えればぐんと気が楽になります。せっかく遅い時間に駆けつけたんだから、いっちょ9時くらいまで残業して、みっちり引き継いだろうかい!
・・・と思ったら。
17時に出社してみると、SVはお休み。
おい。今日から引継ぎだって、引継ぎだから直帰せずに戻ってくるって、きのう言ってあっただろう。
明日以降は居酒屋バイトもあるし、あんまり時間も取れないのに・・・。
最後まで愉快な職場です。
なーにを卒業ー(ちゃっちゃー)
するのだろ〜
というわけで、学校の卒業式がありました。
うちの学校の夜間部は、4月入学と10月入学の2コースがあります。在籍期間は1年半なので、卒業式は逆に9月と3月の2回です。
ぼくらは去年の10月に入学したので来年の3月卒業。今日の卒業式は半年上の先輩たちのもので、ぼくらは終業式を兼ねて在校生として出席するわけです。
来年の3月にはぼくら調理師科夜間部だけでなく1年制の調理師科昼間部・栄養士科なども合同で、別の大きな会場を借りてかなり盛大な式があるそうです。いやがおうにも、ぼくらの卒業も近づいているのだなあという思いにかられます。
今回は9月卒業の夜間部2クラス分だけなので、式は学内の小さな講堂で行われるこじんまりとしたもの。でもそれなりに卒業生は着飾って参加しており、君が代に始まり校歌(!)斉唱や精勤賞の授与などがあり、懐かしい卒業式の様式でした。
在校生からの送辞・卒業生からの答辞なんてのもありました。とうてい自分で書いたとは思えない、「先生方には・・・並々ならぬご指導を賜りまして・・・厚く御礼申し上げます」なんて、国会答弁なみにカッチコチの文章のオンパレードでしたが。
式は1時間ほどで終わり、卒業生100名余りが拍手で会場を後にします。
ぼくらはそのままホームルームに戻り、終業式です。といっても若干の事務連絡と、成績表を配るくらいのものです。
そのなかで、10月の入学式についてのことでちょっとクラスが騒然となりました。夜間部は10月にまた入学式があり、ぼくらは次の登校でそれに出席するのですが、そのときにうちのクラスのだれか一人が「歓迎の辞」というのをやらないといけないのです。今日の卒業式の「送辞」を隣のクラスの人がやったので、今度の入学式の「歓迎の辞」はうちのクラスの受け持ちなんだそうです。
「文章はこっちで用意するから、それを読むだけでいいから」と担任は言いましたが、もちろんみんな嫌がります。押し付けあってしばらくホームルームが紛糾しました。
さきほどの卒業式の「送辞」「答辞」を聞いていて、ぼくはなんてつまらないんだろうと思っていました。「先生方には並々ならぬご指導を賜りまして厚く御礼申し上げます」なんて文章を読みあげること、それはぼくの人生にとって最も無意味な行為です。
ぼくがもし「歓迎の辞」を言わされるとしたら。ちょっと考えながらクラスのみんながぎゃあぎゃあ言っているのを眺めていました。
けっきょく、クラスの長老のおじいちゃんが歓迎の辞を押し付けられ、彼が反論する間もなく投げやりな拍手が起こり、それでホームルームは終わりました。そんな役、だれもやりたくないんだよね。ぼくだってやりたくない。他人の書いた文章を読むなんて。
ぼくがもし「歓迎の辞」を言うとしたら。
ぼくはこう言うでしょう。
「みなさん、入学おめでとうございます。さっそくですが、調理師学校には何の意味もありません」
だってそうだろう。調理師免許なんて、学校に行かなくても現場で2年働けば受験資格が得られ、参考書を一冊買って一夜漬けで試験を受ければだれでも取れる。
そして調理師免許を取っても、それは飲食店で働くために必須な資格でもなく、自分で店を開くために必要な資格でもない。調理師免許を取るために調理師学校に通うということは、F1ドライバーになるために自動車学校に通うのが間違いであるのと同様、実は全くもって無駄な投資、無駄な時間なのだ。
それどころか学校を卒業して10年してクラス会をやると調理師の仕事をしている人は1割くらい、なんて話もある。
もっというと。ぼくは、教育機関としての調理師学校という存在にも疑問を抱かざるをえない。
実習は確かにおもしろいけれど。例えば、実際に飲食業に従事するうえで決して欠かせないフードコストについて実習で触れられることはほとんどない。
前にコイをさばいた話をしたことがある。その実習の終わりに、質問はないかと聞かれてぼくは「今日の活けのコイっていくらだったんですか」と聞いた。ぼくは魚屋でバイトしたことがあって、魚が一尾いくらかとかいうことについては人よりも知識と興味がある。学校だって魚屋から魚を買っているのだ。コイはちっともおいしくなかったけれど、あの日記がおもしろかったからといって食べたがる人がいたら季節によりメニューに加えることも将来考えなきゃいけない。ぼくはふだん自分で作って食べる食事だって、「一食いくら」「お店で出すとしたらいくらくらいはとれる」ということを考えるようにしている。生活費に困窮しているくせにそのへんの意識だけは欠かさないつもりだ。
しかし、質問すると先生は「今日コイいくらだった」と助手に聞き、助手はあちこち走り回って、返ってきた答えは「もう伝票を会計に回しちゃったのでわかりません」。あした調べて担任を通じて回答しますとのことだったが、けっきょく待っても答えはこなかった。つまりハナから実習とは、いま作っている料理の原価がいくらで、店ではいくらで出せる、ということを教える気がないということだ。
そんなこと教わらなくても、決められたメニューを作らされる人にはなれるだろう。だが料理の作り手として雇われて、実際に活かすことになる技術・知識というのは、そのうちのごくわずかだ。和洋中製菓製パンと幅広く学ぶことは、自分が自由に料理を創る側に立てば活かされてくることもあろうが、決められたメニューを作らされる側として必要な技術を学ぶならとっとと現場に出たほうがましだ。
そして座学。こちらも興味深い授業はあるのだけれど、最近よく感じる。教える側が、研究者ではないということの限界を。
たとえば調理理論のアタシ先生が「日本は全国的に軟水地域で、沖縄だけが硬水です」という講義をした。硬水・軟水というのは水に含まれるミネラルの多い・少ないのことで、水源の地質によって決まってくる。ヨーロッパはだいたいがミネラルの多い硬水地域で、日本の水はだいたい軟水。沖縄だけが硬水なんだそうな。水はミネラルが多けりゃいいってもんではなくて、多すぎても飲み水としてはおいしくないし料理にも向かない。日本の水道水のミネラル含有量は意外と理想に近い数値だそうだ。
で、そのアタシ先生が次の週に、「昆布」の授業でこう言う。「昆布などの海草を食用に消費するのは、世界的にいうと実はごく一部の地域で、東アジアなどに限られています。その地域は軟水地域で、軟水地域の人は水からミネラルを摂取できないためにかわりに海草を食べるのです」と。
こういうふうに「人間は○○から摂取できない栄養素を××で補っています」という言い方をよく先生たちはするが、ぼくはそれってすごくうさんくさいと思う。だって、喉が渇いたから水を飲むというならともかく、ミネラルが足りないことに気づいてミネラルを多く含む海草を摂取したりすることを、本能的に人間がやっているとは思えないのだ。そこにあるから、うまいから食っているだけに違いないのだ。
はたして沖縄の、日本で唯一の硬水地域である沖縄の昆布の摂取量をみると、それは飛びぬけて全国一なのである。沖縄の人は飲み水でミネラルを採っているから必要ないはずなのに昆布も食べる。つじつまが合わない。
要は「軟水地域ではミネラルを海草で摂取する」というのは仮説にすぎない。すべからく学術的な研究とは仮説を事実で検証することの積み重ねである。前の週の講義で述べた事実が、一週間後の講義の仮説の反駁になっていることに気づかないようなアタシ先生は、研究者とはいえない。
けっきょく調理師学校の先生というのは本で読んだことを噛み砕いて説明するだけの存在なのだ。本に「沖縄は日本で唯一の硬水地域」と書いてあり、別の本に「軟水地域では不足するミネラルを海草で摂取する」と書いてあり、それをそのまま黒板に書き、その二つの間の論理的不整合には気づかない。
さらに、アタシ先生は漢字の書き順がめちゃくちゃだ。同じ文字でも2度書くと違う書き順で書く。漢字の書き順なんてどうでもいいことなのだけれど、でも漢字の書き順というのは左上から右下へと流れるものすごく論理的な体系を持っているのだ。たぶん書き順を判定するソフトを作ろうとすればけっこう簡単なプログラムでできるだろう。ぼくは小さいころに、なんとなくその論理性に惹かれて熱心に漢字の練習をした。いまとなっては手で文字を書くこともそうないけれど、でもいまでも漢字の持つ論理性には敬意を表する。だからそれを無視して、こともあろうか教壇でめちゃくちゃな文字を書く人は、そういう論理性に興味がないのかもしれないと思ってしまう。
繰り返すが漢字の書き順なんてどうでもいいことだ。大事なのは論理的であるかということだ。調理師学校の教員が論理的であるかというと、残念ながらぼくにはそうは見えない。仮説を立て論理的に検証し新たな事実を生み出すこと、それが研究者の仕事だとすれば、彼らは研究者ではないと思う。
「書き順がめちゃくちゃ」なのは、アタシ先生だけではない。文字通り。誰もが書き順はめちゃくちゃだし、誰もが本に書いてあるであろうことを噛み砕いて黒板に写すのみだ。違いはその噛み砕き方が上手か下手かでしかない。論理に基づいた自らの研究の結果を伝えてくれるのではない。講義を聴いていて、きっとこの人たちからは新しい研究成果はなにも生まれないのだろうなと思う。
一部の非常勤講師を除くとだれもが、元をたどれば学校の卒業生である。卒業して現場に出て、どういう経緯があったかは知らないが学校に戻って座学の講師になっている。そして研究者ではなく、広がりがなく底も浅く、講義には結果的にウソが混じる。
まあ、どうでもいいことではあるのだ。調理師にとって重要なのは腕ひとつ。座学なんてのはむしろ余計な知識だ。
だが、ひとつ気になるのはぼくらの学校が「食育」をうたっていることだ。
食育。まだPCも「職位区」としか変換してくれないが、きっとこの先メジャーになる言葉だ。
今年の6月10日に国会で「食育基本法」なる新しい法律が成立した。
前文曰く「子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも『食』が重要である。今、改めて、食育を、生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置付けるとともに、様々な経験を通じて『食』に関する知識と『食』を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てる食育を推進することが求められている」
先の選挙でも食育をメインテーマに選挙活動を展開する政治家がいた。飲食に関する企業のサイトはこぞって食育についての取り組みをアピールしている。
「今年の流行語大賞」とまではいかないが、そして日本マクドナルドにはジャンクフードの負のイメージを払拭するために利用されている気がしないでもないが、食育はきっとこの先注目を浴びてくるジャンルに違いない。
実はこの法律の制定にともない、我が校はもちろん調理師学校界全体が政財界にかなりの働きかけをしているというのが、ぼくらにはなんとなく伝わってくる。「家庭内の食を大事にすることが現代のもろもろの社会問題の解決の糸口になる」という前提に異論をさしはさむつもりはないのだが、それにしてもなんとなくキナ臭いにおいもただよってくる。調理師学校界のロビー活動がこの法律を成立させたといっても、過言ではないと思う。
食についての法律というのは、例えば古くは食品衛生法というのがあって、その第一条は曰く「食品の安全性の確保のために公衆衛生の見地から必要な規制その他の措置を講ずることにより、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もつて国民の健康の保護を図ることを目的とする」。目的が「健康の保護」であるからなんとも第一義的な、必要最低限な、戦後まもない感じがする。
しかし食育基本法は「豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を見に付けていく」というところに踏み込んでおり、「食」というジャンルを次なるステージに進めようという気概が感じられる。
が、食育基本法には具体的に何をどうするという構想が全く書かれていないことから考えても、むしろ食育ムードの高まりにより校長の講演の引き合いが増えたり、企業からの学校への寄付が増えたり、ひいては調理師を志し入学を希望する人が増えたり・・・そういうキナ臭いメリットのほうが、どっちかっというと大きいんじゃないかなあとも思ってしまう。
ともかく、われわれ調理師学校界は、長年の悲願でもあった食育基本法の施行を追い風に、次なるステージに進もうとしているのは確かである。単なる職業訓練校からの脱却を図ろうとしている。
食育基本法では食を「知育、徳育及び体育の基礎」と位置づける。あらゆる教育の基礎、それが食育。調理師学校はその担い手となる調理師を育成する重要な機関である、というわけだ。
だがなあ、当の調理師学校で行われている教育は、そのレベルに達しているとは思えんのだよ。
「食育」をうたう我が校では、教室の黒板の上に「食育の三本柱」なる標語が掲げられている。
(1)「バランスのとれた健康的な食生活を実践する能力」
(2)「しつけやマナーの習得」
(3)「食糧・環境への問題意識」
で、(3)の下には「@農業・漁業・酪農や人口問題を考える力の育成」「Aリサイクル・無駄や残飯をなくす習慣」と書いてある。
ぼくには正直、「リサイクル・無駄や残飯をなくす習慣」という文章を掲げて疑問に思わない人に「知育徳育及び体育の基礎」になるような教育ができるとは思えんのですよ。その日本語だったら、リサイクルもなくなっちゃうんですよ。
はっきり言って、調理師という仕事は勤務時間は長いわ給料は低いわでろくなことはありません。
食育基本法の目指す先には、そして調理師学校界の目指す先には、そういう状況を改善しようという目論見もあるのだと思います。
ですが今のところ、調理師学校が胸を張って「教育」といえる活動をしているかというと答えはノーです。実習はためになるけれども現場の仕事とはかけはなれ、座学は論理性と広がりに欠け、学校は単なる免許取得の場でしかありません。そしてその免許にはなんの意味もありません。
そしていまだ飲食業は社会の底辺です。ぼくが、いつか飲食店を開きたいから会社を辞めると言ったときの、親や上司や周りの人の反対はそれはそれはすさまじいものでした。みなさんが同じことを周囲に宣言することを想像してみてください。もしくは自分の子どもがそう言い出したときのことを。調理師というのはある意味ではそういう職業です。
「食は芸術だ」というふうに言われることがありますが、衣食住のうち服飾と建築が言うまでもなく芸術の一ジャンルを担っているのに比べ、食がわざわざ「芸術だ」と声高にアピールしているということは、とりもなおさず食が芸術ではないということの裏返しなのではないか、それくらい食の地位というのは低いのではないかともぼくは思います。夢にあふれたよい仕事とは思うけれども。
最近よく学校の先生たちが、学校を卒業して起業して成功したある人の話をことあるごとに自慢げにします。その人はぼくらと同じ夜間部を卒業し、家業をベースにして起業して成功し、いまでは一大チェーンを展開してついには株式上場を果たしました。みなさんの先輩にはこんな立派な人もいますと。
しかし。
その人の経営する会社は、ラーメン屋チェーンなのですよ。
ラーメンの作り方などは、もちろん学校では一切習いません。
きっとその人はただ単に、自らの努力と経営の才能により成功したにすぎません。学校で学んだことをエッセンスとして吸収して成功に生かしたということはあれど、調理師学校を出たから株式上場を果たしたわけではありません。
たぶん調理師学校は、役に立たない免許取得の場でしかなく、漫然と過ごしていたらその先には勤務時間が長く給料が低い職場しか待っていません。
ぼくが新入生に「歓迎の辞」を述べるとしたら、そんなところですかね。
ぼくはもちろん、調理師学校で何かを学ぼうとは思っていても、学校に何かをしてもらおうとはハナから考えてはいません。
「エッセンスとして吸収して成功に生かした」と、あとで思い出せればいいなと考えています。
10月からぼくらは3年生。卒業まで、あと半年。
ホームルームの最後に担任が、「3年になったらそろそろ就職のための面談をしなきゃな」と言いました。
遅いよ。
たとえばホテルは、飲食業の中でも比較的一般企業に近く、もうとっくに採用活動は佳境に入っているようです。
夜間部のクラスメートは、社会に出てまで学校に戻ってきてしまったような人で、ぼくも含めてとにかく学校大好きです。その反面学校を終えて何をするかということについては、ぼくも含めて全く考えていないようにも見えます。就職をどうするというようなことは、驚くほど話題にのぼりません。
でもな、ぼくらの人生最後のモラトリアムに残された時間は、あとたった半年だ。
卒業式だというけれど。
半年後、ぼくらは何を卒業するんだろう?
9月末で退職するこれまでの仕事の引継ぎは、万事順調。ただひとつ引っかかっていたインセンティブの未払い問題は、退職間際になってようやくこれまでに支払われたインセンティブのリストを出してもらいました。すると、軽く見ても3〜4ヶ月は契約からインセンティブの支払いまでに時間がかかっていることが判明しました。
そこで慌てて「獲得したけどまだもらってない先のリスト」を作成し、それをボーンヘッドマネージャーに突きつける、というのが最後の仕事になりました。
なんだかなあ、とも思いますが、実は手持ち無沙汰でもう机の片づけを始めていたくらいでやることがなくなっており、ちょうどいい暇つぶしができました。なんせもらえるはずの金額は20万くらいになるので、そりゃ残務処理にも気合が入るってもんです。
さんざん忙しい忙しいと言ってきたけれど、もうじき楽になります。10月からまた学校が始まり、居酒屋の短期バイトが終わり、これまでの仕事を辞め、昼は学校・夜はレストランというまっとうな生活パターンになります。
平日昼のレストランのバイトだけでは生活できないので、当初の計画では平日は朝マックでバイトして土日を休みにする、という考えもあったのですが、けっきょくそれはせずに土日もどっちか通しでレストランで働くことにしました。
週休2日は捨てがたかったのですが、平日の昼間だけだとオフィス街にあるうちのレストランは単なるパスタ屋なのです。それはぼくのイメージする店とはちょっと違うので、週に一度でも夜の雰囲気の中で働こうと思います。
ここ一ヶ月は店の食事でスパゲティばっかり食っており、好きな店だから最初は「あれも食べたい」「これはおいしい」と喜んで食べていたのですが、メニューを一回りして毎日こうもスパゲティばかりだと飽きてくる。飽きてくるというかむしろ自分の体の半分は小麦粉でできている気がする。それはどうかわからないけど、ウンコの半分は確実にパスタ由来ですね。やわらかいです。
せめて家では米を、と思うのですが、朝は時間がないし夜は遅いし疲れているしで、どうも炊飯器で米を炊くことから遠ざかりがちです。そしてつい家での食事もそうめんか、ヘタするとスパゲティ。もしくは飯抜き。
と思っていたら、ちゃんと食っているか心配してなにかと食料を送ってくる実家から、ふるさとゆうパック「喜多方らーめん」が届きました。
これまでの人生で、まちがいなく最も麺に依存した生活です。
そんなわけで10月からの新章は、麺とは切っても切れないものになりそうです。麺だけに。
最近ちょっと日記が滞りがちでしたが、またちょくちょく書けるようになると思います。
これからも長ーいお付き合いをよろしくお願いします。麺だけに。
これまでの職場は、いつも携帯がつながりにくかった。電波が悪いのではなくて、むしろ高層ビルの一番上だから見晴らしはよく、ディスプレイでは電波が3本立っている。でもそれは見かけだけで、メールを送信しようとするといきなり圏外になったりしてなぜかネットワークに接続できない。もちろん通話もできない。着信はするが切れてしまう。
それは、どうやらビル全体に妨害電波が出ているかららしいのだ。その理由は「自社製の携帯電話以外は使わせないようにするため」。なんともスケールの大きな話である。
これにぼくはいつもイライラさせられた。メールを送ろうとしてもすんなりと「送信完了」にはならない。送信が成功するか失敗するかわからないから、「送信中」の画面を30秒くらい眺めていないといけない。けっきょく「送信失敗」となって再送信して、また失敗。1つのメールを送るのに3分くらいかかることもざらだ。またこちら側で「送信失敗」になっても実は送れていることもよくあるみたいで、ぼくから同じメールを連続して5通くらい受け取ったことがある人もいるだろう。
そんな感じで、ぼくはここでいつもイライラしていた。仕事は、もっとこうすればいいんじゃないか、なんでこうしないんだろう、そんなことの連続だった。改善提案をしても受け入れられず、ついには内向きに何か提案をすることもやめて殻にこもって自分だけの仕事をした。
だれとも話が通じないので人付き合いもやめ、昼休みも一人で過ごした。
なんだか、仲良くなれそうな人はかたっぱしから辞めていくような気がした。事実、うちの職場の人の出入りは相当に激しい。これまでの全在籍者が載っている社員番号の一覧表を見ると、これまでここで働いた人は全部で37名いるのがわかる。そのうち10月1日現在の在籍者は16名。37−16=21名が退職。つまりこの一年では、離職率56.8%。新卒者の3年以内の離職率が3割を超えたといって話題になっているくらいだから、一年で半数以上辞めるというのは驚異的な流動率といっていいだろう。正社員と契約社員では立場は大きく違うけれど、それでも自給もよく勤務地などの労働環境も申し分ない職場なのにだ。とにかく人が定着しない。
最後のほうで唯一仲良くなったジョーくんが、一回だけサシで飲みに行ったときにおもしろいことを言っていた。彼はうちの派遣会社の人ではなくて、別の派遣会社からうちの派遣会社に派遣され、そして同じ派遣先に派遣されている人だった。ややこしい話だが、要は二重派遣というやつだ。そういう人がうちには何人かいた。
彼の在籍する派遣会社では、うちにくるとみんな「おかしくなって辞める」と言われていたのだそうだ。なんでも、これまでの勤務態度などに問題はなかったのに、みんなうちにくるととたんに仕事を休みがちになる。彼の会社のマネージャーがフォローの電話をすると「家が火事になりました」だの「お金が一銭もなく、会社に行くことができません」だの、あらぬことを口走る。そしてみんな辞めてしまう。ジョーくんは在籍している派遣会社のマネージャーからわりと厚い信頼を受けており、「あそこに行くとどうしてみんなおかしくなって辞めちゃうのか調べてきてよ」と言われて送りこまれたらしいのだ。
ぼくはそれを聞いて「自分が何をしたらいいかわからないと、人はまともではいられないんだろうね」と答えた。方針もなく旗振り役もいない職場で、いちおう旗振り役らしき人はいるがその振り方が明らかにおかしい。なんたってぼくらが獲得した申込書を握りつぶしちゃうような人たちだ。彼らはだれも業務の全体を把握しておらず、かといってわからないことを誰かに聞いてくれることもせず、もちろんぼくらに教えてくれることもなく。なんだかよくわからないままに働かせられ、何をしろと言われるわけでもないのに、何もしないと怒られる。実に理不尽な職場。
ぼくはずっと思っていたことを言った。「ここに残っていられるのは、バカか、我慢強いか、どっちかだけだ」。ここがおかしな場所だということにすら気づかないバカか、気づいていながら耐えられる人か、どっちか。どこに向かっていけば、何をすればいいかがわからないと、バカか我慢強い人以外はみんなおかしくなっちゃう。残るのはバカばっかりだから成績も振るわないし、友だちもできない。
ジョーくんとは仲良くなったので、最後に連絡先を聞いておきたかったのだが、けっきょく彼も「おかしくなって」しまったらしい。ちょっと前から来なくなって、ぼくが最後に出社すると彼の机はもぬけのカラになっていた。
もちろんぼくも、とうの昔に辞めようと思った。去年のいまごろにはそんな日記ばかり書いていた。実際に転職活動もした。
でも毎日学校があり、学校に通うための学費を稼がないといけないという前提で職を探すと、それはなかなか厳しい注文だった。まずほとんどの職場は移動時間を考えると時間が学校とかぶる。時間が選べたりすると時給が低くて学費が稼げない。たまによさそうなのがあると、「残業月に40h程度」とか書いてあったりする。
学校から近く残業も自由裁量で上がり時間もぴったりで、しかも時給も悪くないこの職場は、まさに学校に通うためにあるような奇跡の仕事だったのだ。
どうやらここで踏ん張る以外に選択肢はないらしいとわかってきて、ぼくは考え方を切り替えた。
「どこへ向かっていけばいいかわからないなら、自分で決めればいい」
いま自分がやるべきことは、学校に行くことだ。それ以外の時間でやることは100%の満足が得られることでなくてもいい。話の通じないバカとは、話をしなければいい。そして旗振り役の妙な旗振りには一切目もくれず、自分がやりたい・やるべきだと思う仕事だけをすればいい。架電もして売上もあげてください、でも売上のあげ方は知りません、やつらはそんな無茶なことを言うので、ぼくは架電を完全に無視した。
架電をせずに食いつきのいいお客さんだけに全精力を注いで売上をあげるぼくのやりかたは、例えていうなら店には内緒で本番行為を許して指名を取るヘルス嬢と同じようなもので、タチの悪い従業員だったのかもしれない。
でもその結果、ぼくはだれにも文句を言われないくらいに売上をあげた。自分で決めた方向に向かって進んだ。それは「いつかここを抜け出すこと」だ。
けっきょく、一年間働いた。そして抜け出した。
振り返ると計画通りだった。
正確には、もちろん走り出す前には計画なんてなかったのだけれど、振り返ってみるとこの一年間は「学校に通うためにがんばって働く」という期間だったことがわかり、ちゃんと意味のあるものだったと思える。
それまでの半年は、会社を辞めてからフラフラとろくなこともせずに過ごしていたから、それなりに楽しくはあったけれど逃げグセみたいなものがつき始めてもいた。何をやってもダメな人間になる前に踏みとどまり、次のステップに進むことができた。
ぼくは少し自信がついた。
退職の日というのは、きちんとした形で辞めるのであれば最後はいつもすがすがしいものである。なんたっていろんなものをポイポイ捨てていいのだ。
引継ぎも終わった。いままで辞めていった人たちは「休みがちになっていつの間にかいなくなる」というパターンがほとんどだから、きちんと引継ぎをした人なんてだれもいなかった。そもそも引継ぎをしてくださいと言われたわけではなかったが、最後まで「自分がやりたい・やるべきだと思う仕事をする」のがここでのポリシー。最後の半月は勝手に引継ぎ期間と定め、勝手にぼくのお客さんについての要フォロー事項などをまとめ、勝手に挨拶して、勝手にSVに投げた。それをきちんと受け止めてくれるかどうかはわからないけど、受け止めないとたいへんなことになるものも中にはあるから後はよろしく。
最終日の定時近くになり、PCの中身もどんどん捨てていった。デスクトップの背景に設定していたウナの画像も消した。スクリーンセイバーは「0120−022−022」が右から左に流れるアナーキーなものだったので、それも消した。机もすっかりきれいになった。
夕礼があり、9月末で退職する人が何人かいますということで順に挨拶させられた。ぼくは「いつも無愛想で、付き合い悪くてすみませんでした。大変なのはこれからだと思いますので、がんばってください。お先に失礼します」と言った。そう、大変なのはこれからだ。お前らも早く抜け出せよ。ぼくは勝手にがんばる。
最後の最後に、トイレでウンコをした。高層ビルの最上階でふんばるウンコは最高だ・・・というわけではないけれど。
でももうこれで、ここにやり残したことはないな。
そしてこのビルを出た。
すると、もちろん電波はバリバリ3本。
遮るものは何もないぜ。
さあワカレミチ新章、そして勤労学生編の最終章。
「レストランバイト編」の本格スタート!
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