うちに「落合務のスペシャルレシピ」というもらいもののDVDがあります。
落合務というのは「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」というイタリアンの店のオーナーシェフで、そういうのに疎いぼくでも知っているくらい有名です。最近じゃレトルトのパスタソースの監修かなんかでCMにも出てましたよね。
で、そのDVDにはその落合シェフによる基本のパスタのレシピ解説があります。その一番初めがペペロンチーノ。使うのは基本的にニンニクとトウガラシだけなんでいつでもできるし、DVDを見て何度か練習しました。基本中の基本のパスタなんですがけっこう奥が深く、何度か練習するうちにだんだんおいしくなってきたような気がします。うむ、これはじゅんの作るペペロンチーノよりはよっぽどうまい。
しかしだんだん上手になってきても、何かひとつもの足りない気がする。なんだろう。圧倒的なニンニク感というかなんというか・・・。
と、考えていてふと気がついた。ペペロンチーノって、お店で食べたことないかも?
アンチョビが入ったやつとかドライトマトが入ったやつとか、ペペロンチーノのアレンジなら食べたことがあると思うのだけれど、ニンニクとトウガラシだけのシンプルなペペロンチーノはよく考えると食べたことがないかもしれません。
よし、お店のペペロンチーノと食べ比べてみよう!
というわけで、さすがにラ・ベットラには行けませんが、過去に何度か日記に登場したこともある学校の近くのおいしいイタリアンの店に研究に行きました。ぼくのペペロンもじゅんのよりはよっぽどうまい。お店のと比べるとどうでしょう?
そしてプレーンのペペロンチーノを注文。出てきたペペロンチーノをひと口・・・。
・・・完敗。
ぜんぜんうまいわ。こっちのほうが。
自分で作っていて物足りなさをうすうす感じていたように、売り物のペペロンチーノはニンニク感が圧倒的なのですよ。それに比べればうちのは無臭にんにくみたいなもんです。パンチのなさを塩とトウガラシでごまかしているだけです。じゅんと比べてる時点で負けは確定ってなもんです。
そう、そのお店のペペロンチーノはちっとも辛くない。トウガラシの辛さも塩辛さも控えめ。むしろニンニクの自然の甘みが際立っているのです。家で作ったのと、あまりの違いに愕然としました。ちくしょう、うまかった。
DVDの落合流レシピでは、にんにくは丸のままつぶしてオイルでじっくりと炒めて味を出していました。でもどうやらその店ではにんにくスライスをオリーブオイルに漬け込んだものをパスタに絡めただけで、ほとんどニンニクには火が入っていません。
もちろん落合流の作り方もあるけど、ガーリックオイルで仕上げる手もあるか。たかがペペロンチーノのくせに、ちくしょう奥が深いのでございます。こんどガーリックオイル方式も試してみましょう。
そして、自分では何度やっても微妙に物足りない落合流レシピ、本物はいったいどんな味になるのでしょう。一回くらい行ってみたいなあ、ラ・ベットラ。
周りの友だち、とくに女の子は、有名な店で食べ歩きみたいなこともけっこうしているようです。ぼくは昔から作るわりには食べるのには無頓着、「食えりゃあええやん」がモットーだったのであんまりそういうのは興味がありませんでした。金もないしね。でも今回おいしい店に食べに行って自分の料理と食べ比べて、はっきりとその差がわかったし参考になりました。
たまにはおいしいものを食べて研究しないとね。いっつも安い酒ばっか飲んでちゃダメだな。
かくも料理の道は深く長いのでございます。
そこでワタクシは、これまで実習でやった料理を、復習をかねて「レシピ」のコーナーにまとめていくことにしました。とりあえずAPことアッシュ・パルマンティエからアップしました。
ついでに「アーカイブ」のコーナーも更新しました。
つってもここ半年で3冊。しかも感想とか忘れてて超いいかげんだし。最近、本ぜんぜん読んでねー。
旧「レシピ」もそうだし麺道こってこてもそうなのですが、どうもぼくはなんにつけ最初やりかけた熱がすぐ冷めて放置する傾向にあります。
これまでも実習のノートをまとめようまとめようと思っていたのだけれど、忙しくてついつい後回しになっていました。そういえば前に学生だったころも、単語帳まとめようと思いつつけっきょくやらなかったりしたよね。人はいくつになっても変わらないのです。
しかし今回は、講義を受けてノートをとっただけじゃ意味がない。自分のものにしないといけないのです。
そこで、これだけ長く続いている日記のように、ちゃんとしたコンテンツにすることで実習ノートを見直すモチベーションを作り、そしてその中からひとつでも多く復習をして自分のものにしていこうと、そういう魂胆です。はっきり言ってただの覚え書きなのでみなさんの役には立たないかもしれませんが、ぼくの役には立つ。昔のノートを読み直してまとめるといろいろと忘れていたことを思い出します。そして後で実際に作るときには整理されていたほうが絶対に便利。
忙しくて本は読めなくなったけど、かわりに料理はいっぱいやったじゃないか。これから少しずつ復習して、レシピのコーナーを充実させていこうと思います。
もう少しすると梅雨の季節。
それに備えて水虫を治すべく、昼の仕事中にサンダルを履くことにしました。

通気性がよく、なかなかよいです。
誕生日プレゼントに水虫薬をもらったので毎日塗っています。こちらも効果てきめんで、じょじょに足がきれいになっていきます。

これまでとくに触れることもなく、21日の日記でさらっとカミングアウトしましたが、どうやらワタクシは水虫もちです。30歳を迎えるにあたって、かっこいい自分だけでなく恥ずかしい秘密もつつみ隠さずさらけ出そう、そして健康な足を取り戻そうという次第です。
さらにこれから店長日記は水虫日記になり、毎日水虫の回復具合と写真をアップして、それとも例えば右足のみ治療して左足は蒸らし放題蒸らして1ヶ月後の左右の違いを比べて「水虫にはやはり湿気は大敵なのである」などこと細かに検証し、やがてワカレミチは水虫もちの間で人気になり、ヤフーのカテゴリー「健康と医学>病気・症状>皮膚の病気>水虫」に「脱水虫実況中継『ハクセン』」とサイト名を変えて登録。
ああそうだ俺は水虫だ悪いか。だが考えたことがあろうか、サンダルで一日仕事を終え再び革靴に足を通したときの何と窮屈なこと!今まで何の疑念もなく毎日革靴を履いていたが、それは実は呪縛以外の何物でもなかった。サラリーマンは知らぬ間に革靴という名の足枷をはめられている。水虫はまさに現代の纏足。俺はついにその呪縛から解き放たれサンダルを手に入れた!フリー・アット・ラスト!サンダルばんざい!そしてさようなら水虫!!
・・・何?久々に更新したと思ったら半分キレ気味に水虫トークかと?
ならばもうひとつカミングアウトしてみよう。
小学2年生のころ、ぎょう虫検査にひっかかりました。
いつもぎょう虫検査の結果は全員に「陰性」の紙が前から回されるだけなのに、なぜかその回は先生が一人ずつ前に呼んで結果を書いた紙を配り始めました。勘のよいぼくは「だれかぎょう虫いるやつがいたんじゃん?」とか騒いでいたのですが、ぼくの番になって先生は小さな声で「・・・あなたなのよ・・・・」。
今思えばたぶん原因は田舎から送られてきた野菜。そういえば当事、夜更かしをすると肛門付近が痒くなるということがありました。それは宿主が寝静まったころにぎょう虫が下りてきて卵を産もうとしていたのではないかと思われます。
家族みんなで薬を飲んで、しばらくすると夜中の肛門の痒みは収まりました。
ああそうだ俺はぎょう虫がいたよ悪いか。だが考えてもみてくれ。つい最近、1950年には日本人の70%が寄生虫に感染していた。それが今では1%に。しかしその代わりに花粉症をはじめとするアレルギーは急増。一方で今でも寄生虫がはびこっているようないわゆる「発展途上国」では日本人のようなアレルギー症状は皆無だという。現代の日本人は清潔になりすぎたが故に新たな病魔に冒されているとも言えるのである。そんな現代において最近まで寄生虫を宿していた我が家はなんと古き良き日本の家庭であったことか。
そして寄生虫とは、宿主なしでは生きていけない悲しき生き物。それがゆえに本来は宿主には決して害を与えず共存を保つ。ぎょう虫も夜中に痒いだけで激しい痛みや命の危険などはもたらさない。寄生虫が人間に危害を加えるのは、寄生虫にとって終宿主と呼ばれる生物を人間が貪り食った結果、安住の地を奪われた悲しき虫たちが人間の体内で苦しんでいるが故の症状なのである。そんな愛すべき生物・寄生虫と生活を共にしていた俺はまさにエコ。愛・地球博。
まだ足りないか?ではさらにウンコもらした話でもしようか?
・・・あ、この話は前にしたや。
とここまで書いて、ウンコもらした話の日記を読み返してみると、あああのときもネタがなかったんだろうなあとしみじみと思い出されます。
恥ずかしい過去をほじくり出して日記に書くのは、いつもネタに困ったときなのでしたとさ。
もうあんまり思いつかないなあ。恥ずかしい過去。
明日から輝かしい未来に向かってがんばります。
このまえ実家に帰ったときに姪のこづかいの話になりました。小学5年になる姪は、うちの親から毎月1000円をもらっているそうなのですが、それでも足りないと言ってゴネているそうな。
姪が親(うちの姉)ではなくうちの両親からこづかいをもらっているという問題はさておき、小学5年生で1000円をもらっているというのはぼくにとっては軽い驚き。ぼくのときは1年生で100円、2年生で200円、・・・6年生で600円でした。そして中1で1000円、中2で2000円。こうして徐々に登りつめていったものです。友人の中で多いほうではありませんでしたが、そんなに少ないほうでもなかった。この「学年×100円(もしくは1000円)」というパターンは当時けっこう一般的だったような気がします。
ところが姪は、今の小学生はマンガやお菓子だけでなく化粧品なんかも買わねばならずなにかと金がかかると訴えるとのこと。生意気な。
そこでネットで検索してみると、いまの子どもたちはけっこうもらっているようで驚きます。小学1・2年に1000円近くもあげてどうすんの親?
(ただ、この資料の小遣いの平均額は、年齢とともにあがるでもなく親の収入に比例するわけでもなく、妙に切りのいい数字だったりしてサンプル数が少ないことがうかがえて、統計的にかなり信用できなそうですけど。)
小さなころから貧乏をさせるのはかわいそうだけれど、小さなころから自分の金でもないのに贅沢させるのも教育上よろしくあるまい。そこで、ちょっと考えた。
もしぼくに子どもが生まれたら・・・こづかいは年俸制にしよう!
毎年3月に契約更改をします。まずは親から、昨年度1年間の子どもの活躍具合を査定して今年のこづかいを提示。それに対し子どもは「いや、去年はさかあがりができるようになった」「お風呂の掃除を手伝ったじゃないか」「今年は宿題も漢字ドリルもちゃんとやるからさあ」と契約交渉。
たまには親と子の交渉が難航し、子はストライキも辞さずの構え。ストライキってなにすんだ?家出か?やってみろ!と強気の親。そしてついに子はFA権を行使して他の家族に移籍・・・というのは困りますが。でもちょっと楽しそうです、こづかい契約交渉。お金の大事さ、お金をもらうということの意味を自然のうちに学んでもらい、アカウンタビリティーに富んだ子どもを育てたいです。
とりあえずぼくには子どもができる予定はないので、底石家・やっしー家あたりで導入いかがでしょう。
最近昼の仕事がつまらない。これまではSV陣がボロボロなことに不平たらたらながらも、体制がボロボロゆえにこちらは好き勝手に仕事ができて、その結果ボロボロ組の中でもひとり営業成績はよく、なんと16年度下期の営業成績がクライアント全体を通して1位になりました。
が、そうなるととたんにつまらなくなってもくる。これまでは今売っている商品についてほんとに何も情報がないところから仕事を始めてひとつひとつ自力で解決してきました。なんというか「無から生み出す仕事の喜び」的なものを感じちゃってけっこうがんばってもいたのです。それが、最近いろんなことがだんだんとわかってきて、商品の限界とか問題点も見えてきて、ついお客さんにお勧めするのを逆にやめちゃったりするようになってきました。
3月まではがんばって獲得してたんですが、最近は完全に流し気味。獲得に応じてもらえるこづかいは馬鹿にならないのでそれなりにはやりましたが、4月はまさにそれなりの数字ができあがりました。
今じゃがんばる気も起きず、ぼんやりと水虫を乾かしたりこうして日記を書いたりしているのです。
ではその日記はどうかというと、これもつまらない。
なぜかと考えてみると、大きな要因には2年生になって学校の座学ががぜんつまらなくなったことがあります。新しく始まった授業はことごとく、単なる雑談か単なる知識の羅列。わざわざ出席しなくてもテスト前に教科書を読めばなんとかなる感じ。これまでは実習よりも座学のほうが楽しいくらいに学校を謳歌していたというのに!
すると、実習はともかく座学の日はとたんに学校に行くのが面倒になる。そしてなんだか毎日がつまらない感じになってくる。ふと気づくと、日記に書くことがなくなってきている。これまではけっこう、学校の講義を受けて感じたこと・思ったことなんかを日記に書いていました。それがなくなると普段の日記のネタにたいそう困ります。
日記を読んでいるみなさんも、ここ最近の日記からはぼくが感じるつまらなさを如実に共有していただけているのではないでしょうか。
というのはネタがないことの婉曲な表現なのですが、学校がつまらないとなるとほんとにネタがないなあ。
きっとぼくは飽きっぽいのです。いつも新鮮な空気に触れていないと腐ってしまうのです。大学を卒業するころは、自分のことを「石橋を叩いて渡る堅実な人間」だと思っていて、就職先にも堅実がコンクリートで塗り固められてビルになったような会社を選んだのですが。ふと気づくと辞めていました。
きっと、毎日違うものを作ったり毎日違うお客さんが来る飲食店という仕事は、変化を求めてたどりついた目標なんだと思います。毎日違うことを書く日記も、変化が楽しくてここまで続いているのでしょう。
変化を!つまらない日常に新しい風を!
なんてことを考えながら、学校で日本の人口ピラミッドや心筋梗塞の際の応急措置などについてのつまらない講義を受けていたところ、160/160さんからメールがきました。
「じゃあ明日 3時に錦糸町」
実は、ワタクシ新しい趣味を始めることにしたのです。
それはボルダリング!
命綱とかを使わないフリークライミングです。160/160さんがハマっていて、よくミクシィに日記を書いています。それを見ておもしろそうだなーと思っていたのですが、この連休中に初挑戦してみることにしました。
フリークライミングといっても実際に山に登るわけではなく、ジムがあって壁にでっぱりとかがついていてそれを登るようです。
体力的には超不安ですが、160/160さん曰く「頭だけでもダメ、体だけでもダメ」。力にまかせて登るのではなく、登るルートと体の運びを頭の中で組み立てて登る。んだそうです。想像力を体で表現するスポーツ。なんだと思います。詰め将棋みたいで楽しそう!
昔はそのへんの楽しみはもっぱらビリヤードが担っていたのですが、あれは意外と金と時間がかかるので最近はちょっとムリです。その点ボルダリングなら、単なる壁登りなので初期装備はほとんど不要。金のないぼくにはぴったりです。
ぜひやってみたい!と160/160さんに初心者講習の手ほどきを依頼して、連休中に一度連れてってくれとお願いした次第です。かなりワクワクしております。
落石におびえつつハーケンを打ち
雷鳴におののく手でザイルをたぐり
あせにまみれてよじ登った
山
いつもはおとなしいが
暴れだしたら手のつけられない
大きな牛
ぼくらはそのかたにとまった
虻みたいなものだ
けれど今ぼくらの中を
まじりっけなしの風がふきぬけ
このよろこびのひととき
虻のこころは山よりも大きくなる
岩燕の歌
わかさのこだま
いかにも地球にこしかけて
いっぷくしているぼくらのいのちだ!
と、ワクワクした心持ちを詩にも詠みました。
道具も使っちゃっていささかジャンル違いなうえ、完全なパクリですけど。
というわけで、初挑戦します、ボルダリング。あした行ってきます。
なぜなら、そこに壁があるからだぁ!
というわけで行ってきましたボルダリング!
コーチは160/160さん、そして多忙ながらたまたま仕事がひと段落したところに連絡がとれたじゅんも加わり、久々にプルーン3勇士が錦糸町に集結しました。そして駅から数分歩いて向かったのは、普通に住宅や工場が立ち並ぶ下町の風景。着いたのは外からはどう見ても普通の倉庫。
しかし、中は一面の壁ワールド!

と、準備をする鬼コーチ・160/160さん。
ぼくらも運動のできる格好に着替え、ゴム底の地下足袋みたいな専用シューズをレンタルし、ストレッチを行ったあとにさっそく壁に昇ってみました。

どことなくへっぴり腰ですが、でも簡単簡単!
ここでボルダリングについて少しご説明しましょう。
本来はボルダリングはフリークライミングの1ジャンルで、自然にある岩を道具を使わずに腕と脚を頼りに登るスポーツのことをいうようですが、今回挑戦するのは岩じゃなくてジムの人口の壁です。壁はいろいろな角度があり、まずはいちばん緩やかな斜度80度、通称「スラブ」から。
緩やかっていっても80度ですから、ほとんど絶壁ですよ。でも壁にはたくさんでっぱり(ホールド)がついていて、それを手がかり・足がかりにしながら登るので思ったよりも簡単。
ただしたくさんのホールドのうちどれを使ってもいいというわけではなくて、ホールドにはそれぞれ色テープで番号がふってあり、同じ色・番号のホールドのみを手がかりに登っていきます。(足は基本的にどれを使ってもOK。)下の写真なら、たとえばまず緑に「1スタート」と書かれたホールドを両手で持った状態で壁に取り組み、次に右手を伸ばして緑1をつかみ、そして左手でその上の緑1を。

その調子で登っていき、最後に、ちょっと見えづらいんですが緑で「1ゴール」と書いてあるホールドを両手で掴んで安定した体勢を保てれば、緑の1コースはクリアです。

テープの色・数字によって難度が異なるわけです。
最初は一番難度の低い課題から。ホールドも持ちやすく距離も近く、何も考えずに適当に足をひっかけながら手を伸ばしていくだけですいすい登れるので楽勝です。
しかし、だんだんとレベルが上がってくるとホールドが意地悪な感じになってきます。指がひっかけづらくなって体重が支えられないし、ただ手を伸ばすだけでは届かずきちんと体重を移動させて体を運んでいかないと次のホールドに届きません。あっという間に汗が吹き出し、体中の筋肉がパンパンになってきます。
かくして、

地面から数センチのところでモジモジ君な人や(本人は必死。)

すごく無理して立ちションをしているようにしか見えない人や(持っているのはホールド。一応。)

「命」のポーズのままにっちもさっちも行かなくなりプルプルし続ける人が続出します。(30秒後にそのまま力なくずり落ちる。)
しかし、160/160さんに教えてもらって基本の体のムーブが身についてくると、だんだんとコツがわかってもきます。最初は華麗なムーブからは程遠く、腕の力で無理やり登っていたのですが、力に頼るのではなく、登るルートと手足の運びを考えながら、体重移動をしっかりとリズムよく・・・。ムーブのムの字がつかめてくると、全く登れなかった課題もいつしかなんなく登れるようになります。力を入れなくてもほんの少しのバランスのかけかたの違いだけで楽に登れることがわかってきます。じゅんの、登りながらメガネをずり上げるムーブにもキレが出てきます。
そして楽しい!無心になれます。無心というより、どちらかというと必死ですけど。失敗したら落っこちるんだから、そりゃあ必死です。余計なことは一切頭から抜けていきます。
でも落ちるといっても下にマットはあるし、力尽きたりバランスを失ったりして諦めて自分から飛び降りることがほとんどなのでズルっと滑って壁に激突して落下したりはしません。気を抜かなければケガも心配ありません。
まわりを見渡すと、文字通り老若男女。最初の写真からもおわかりのとおり、休日ということもありけっこう人がいっぱいいます。見るからにムキムキ、なんて人はむしろ少なく、プルプルしながら初級の課題にへばりつくぼくらを尻目に女性やよれよれのおっさんがスイスイと壁を登っていきます。
そう、力だけでもダメ、頭だけでもダメ。若いパワーも武器になるし、酸いも甘いもかみわけた人生経験も武器になる。安全でだれにでもできる素敵な大人の木登りなのです、ボルダリングとは。
けっきょくぼくらは4時間もみっちりと壁を登り、スラブ(80度)の初級の課題をひととおりクリアして90度の「垂壁」にも挑みました。垂壁の課題の真ん中あたりで、ホールドがのっぺりしてきて疲れた指ではどうにも体を支えきれなくなり、ついに力尽きました。
そこで160/160さんの模範演技。
ぼくらは90度でもいっぱいいっぱいなのですが・・・。

その斜度、なんと150度。
鈍角かよっ!
しかし、いかな160/160さんといえども150度はキツい様子。顔真っ赤です。この後しばらくして落下しました。
ボルダリングの魅力のひとつは、課題が尽きないことなのです。慣れてくればどんどん急な壁にチャレンジできる。緩やかな壁でも使うホールドにより様々な課題が設定されており、中には足のポイントまで限定されているものなんかもあります。登りかたは無限大、それを自分のレベルに合わせてひとつひとつクリアして、いつまでも楽しめるのです。
そして超上級になると150度もこんな感じで。

ジムのインストラクターの人です。150度の壁を、ありえない登りかたでこともなげに登っていきます。「人間こいのぼり」もできます。
オランウータンは指一本引っかけられる突起があれば体全体を支えてぶら下がり移動することができるといいます。彼はまさにリアル・オランウータンだ!(イケメンでしたが。)
というわけで、4時間みっちりとトレーニングにいそしみ、最後は体中がパンパンになりました。とくに指から前腕にかけてが限界です。ジムのガラスの引き戸が開けられなくなったくらい。
そして本能的に体は肉を求め、3人で焼肉を食べに行きました。トングが使えません。レバ刺しに針しょうがを乗せますが、箸で巻けません。しかしバーンアウトしたあとのビールがこれがまたうまい!そして何を見ても、例えば焼肉屋の壁についている店員呼び出し用のブザーに指をひっかけたくなり、「ここに右手をかけて、そしたら左足をテーブルに乗せて左手であそこの窓枠を掴む!」と脳内ムーブしてしまうのでした。
きのうはけっきょく疲れ果ててキーボードを打つ気力がなかったので日記は休んで早めに寝ました。
とりあえず起きたらひどい筋肉痛だろうなー。
・・・と思ったのですが、朝起きてみると、わりと筋肉痛はありませんでした。あれだけ疲れたのに・・・二日目にくるのか??
それはともかく、焼肉でしっかりプロテイン補充をしたから疲れた筋繊維も超回復。今日はいつもより力強く日記をタイプしたのでした。
そして運動不足の体にハリを取り戻し、いつしかムキムキのニュー店長に。金もかからないし、はまりそうです、ボルダリング。いい趣味にめぐり合いました。また行くぞ!
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