久しぶりに仕事でキレました。客からもらった申込書を、1ヶ月ものあいだSVが処理せず握っていたのです。
申込書はSV経由で他部署に回ったはずなのですが、いつまでたってもシステムに受付が反映されないので、気になって何度もSVに確認していました。再三催促したところ本日ようやくSVがやってきて・・・。
「申込書のここのところにマルがついていません」
・・・ピクッ。
店長「そこは、記入しなくても受付できますよね?・・・ていうか私は処理の状況を聞いてるんですよ?この、申込書は、これまで、どうなってたんですか??」
SV「・・・・私が持ってました」
カッティーン。
店長「じょーだんじゃないっすよ!客から催促されてるんですよ?これで契約失ったらどうしてくれるんですか!」
SV「・・・すいません・・・・」
店長「ていうか今、ごまかそうとしたでしょ?不備のせいにしようとしたでしょ?こっちは2週間も前から何度も何度も状況確認してるんですよ、不備があるんだったら最初に申込書渡したときに言ってくださいよ!
ちょっともう、いいかげんにしてくださいよ。この前もそうだったじゃないですか。アレ、ほら私がいないときに私のお客さんからクレームが入ってきたってやつ。そのことをアンタが私に言わなかったから、その次に客から電話がかかってきたときに大騒ぎになったじゃないですか。
ほんとね、もう、困るんですよ。悪いことでも報告してくれないと。たとえば言われたことを期日どおりに仕上げるのは一番大事ですけど、もし言われたとおりにできなかったら、それがわかったときにせめて『できない』ってことを分かった時点で言ってくれないと。『報告・連絡・相談』これ仕事の基本ですよ?」
SV「はい・・・・ほうれんそう・・・・・大至急処理します・・・・・・」
ほぼ原文ママです。
仮にも上司であるSVを叱りあげるという蛮行に、周囲は相当引いていたようで、あとで「・・・だいじょぶなの?あんなこと言って」とみんなに言われました。
ええ、だいじょうぶ。サラリーマン時代は切れキャラで通っていましたからねえ。(遠い目)
ことの起こりは3ヶ月ほど前。
キシリトールガムをボトル1本食いきったぼくに対して、じゅんが「プルーンも『お腹がゆるくなる』で」と挑発。そこからトントン拍子に、次は「プルーンを大量に食う」という黄金伝説にチャレンジすることが決まったのです。
そしてその日は来た。

プルーンプルーンプルーンプルーンプルーンプルーンプルーン・・・総勢2キロのプルーン!

てんこ盛り!!
これを食うために我が家に集まったのは、じゅん・160/160の二人。
「店長がプルーンを食う」というイベントが、いつのまにか「みんなでプルーンを食おう!」というイベントにすりかわっていました。
2キロのプルーンは、店長が腕によりをかけて驚きの創作プルーン料理にチェンジ。みんなはプルーンに舌鼓を打つことになったのです。
そのプルーン料理の数々とは?
そしてみんなの腹の具合の行方は?
都合によりこの祭りの模様は近日公開とさせていただきます。乞うご期待。
本日の実習は中華、お題目はチャーハン。中華鍋を振って炒め物をするのがメインテーマです。
中華鍋といっても、「中華鍋」と聞いてイメージするであろう柄つきのやつ(↓)ではありません。

現場では、柄ではなく両サイドに耳がついた両手鍋(↓)を使うことのほうが多いそうです。こっちのほうが収納に便利とかそういうことなんだと思います。たぶん。

今日はチャーハンがテーマなので、全員が1人ずつ鍋を振って作ります。班員はみんな尻込みしていたので、班長であるぼくが先陣を切ってチャーハンを作ることになります。
使うのはとうぜん両手鍋。しかも超でかい。柄ではなく耳の部分を持つと、バランス的にいつもの柄つきの鍋より数倍重く感じられます。これでチャーハンをこがさないように振りまくるのは大変だ!
とはいえ、ぼくは家でも中華鍋でけっこうチャーハンとかは作っていたし、西洋料理の実習で鍋の振りかたの基本はなんとなくわかっていたのでわりと自信はありました。
最初はこわごわとやっていましたが、鍋をコントロールするコツがつかめれば、でかいだけあっていくら振ってもこぼれないことに気づきます。業務用のガス台は桁外れの火力で、ご飯はあっというまにパラパラに炒まります。ガス台全開、最後はノリノリで振り放題、中国人にも褒められたことのあるニセ中国語をがなりたてながら一気に盛り付けます。

写真が小さくてわかりづらいですが・・・先生の見本に勝るとも劣らないすばらしい黄金のチャーハン!
ここでアツアツのうちに試食とはいかずに、ほかの人ができるのを待たないといけないのが実習の悲しいところ。班長は片付けをしたり試食の準備をしながらみんなのチャーハンを待ちます。
みんなも四苦八苦しながら鍋を振っています。見比べると・・・ふふふぼくのほうが上手。今回は完勝ですよ。
そして班の最後には、もちろんメアリーさんが待ち受けています。メアリーさんが両手鍋を使ってチャーハンを作ることができるのか?
答えは、NOだ!アブソリュートリー・ノット!!
もちろん押しても引いてもご飯は回らず。こわごわやって火から外してしまうもんだからいつまでたっても米がパラリとせず、振っても回らない。回らないので火から外しても焦げる。つーかその振り方じゃ何年たっても何も回らないぞ!
まあぼくはいい加減慣れたので、むしろ温かい目で見守りますよ。
メアリーさんは「できませ〜ん」と、かわいらしい声(声だけ)で先生に助けを求めます。先生は飛んできて、手取り足取りやさしく教えてくれます。
「もっと手首の力を抜いて。手首で返すんじゃなくて引くんですよ」
「できませ〜ん」
「・・・まだ手首に力が入ってますよ、手首じゃなくて、こう、肘から引くんですよ」
「できませ〜ん」
「手首の力はいらないんですよ、引くんです」
「・・・・わたし力がないからできませ〜ん」
カッティーン。
と、先生の頭の中では効果音が響いたことでしょう。
つきっきりでさんざん教えてくれていたのですが、「・・・次回までの宿題です」と完全にさじを投げました。
去っていく先生の後姿が悲しげだったので、ぼくは先生に「ハッスルハッスルですよね」と声をかけました。
すると先生は、「そうです!ハッスルハッスルなんです!!」とぼくがびっくりするくらい興奮気味に答え、ぼくの肩を軽くたたいて去っていきました。
周りの人にはなんのこっちゃわからなかったでしょうが、今日ぼくは体得したのですよ。チャーハンはハッスルハッスルなのです。
先生のデモンストレーションを見ながら走り書きしたぼくのノートには、「左耳のつけね 耳たぶじゃない 耳の穴に親 わきしめ 手のひらよこ あく手 ひたすら前後 とくに引く ハッスルハッスル」と書いてあります。
まるで暗号ですが、解読すると「両手鍋の耳の輪っかを握るんじゃなくて、耳の左側のつけねの部分を持つ。そして親指を耳の輪っかの中に入れる。脇をしめて前後運動、手のひらは上じゃなくて横向き、ちょうど握手のときの角度。上下じゃなくて思いきって前後運動、とくに引く動作を強く、まさにハッスルポーズのように!」という意味です。
先生のデモンストレーションを見てわかったことをそう表現しました。そして頭の中で「ハッスルハッスル、ハッスルハッスル」とひたすら繰り返しながら振ったら、とても上手にできました。中華鍋はとくに側面のカーブが大きいので、上に持ちあげる力を加えなくても勢いよく水平に引くだけで勝手に食材がひっくり返るのです。
ソムリエが「このワインはひと口目に濡れた子犬のような香りがして」なんてけったいな表現をすることがありますね。あれは別に例え王選手権をしているわけではなくて、そうして言語化を試みることで味の記憶を脳に焼き付け引き出しにしまいこむためにやっているのだという話を外食産業論で聞きました。
ぼくのノートの走り書きも、デモンストレーションの先生のフォームを自分なりに言語化した形なのです。この「言語化する」という手法は、何かを学ぶ上で最良の手段の一つだと思います。デモンストレーションをただ見てるだけでは何も残らない、見たものを自分の言葉で表現して置き換えることで初めて見えなかった細部が見えてきて頭に残るのだと思います。
メアリーさんは、きっとなんにも言語化してない。きっと何年たっても鍋は振れないでしょう。不器用とか経験不足とかいう以前に、上手な人から学びとるという根本的なスキルが、皆無。見本を見て基本を学ぶということをしないと、たとえいくら練習しても上達はしないし、学校なんてお金と時間の無駄だあよ。
さてみんなのチャーハンが終わり、スープもできて、すっかり冷めてしまいましたがようやく試食です。
冷めはしましたがぼくのチャーハンは、間違いなく絶品!きっとクラスで一番うまかったのではないか。(あとで聞いたらみんなもそう言っていましたが。)焦げひとつなく、こんなにパラリとできたのは初めてです。業務用の火力はさすがです。そして最後に加えて余熱で炒めたネギのみじん切りがほのかな食感と甘みを保ち、塩胡椒だけのシンプルな味付けを最大限に引き立てます。
うまい。これはチャーハンをハッスルという記号に置き換えたぼくの言語能力の勝利ではないか。このチャーハンは、単なるチャーハンではなくもはや文学なのではないか。芸術は爆発し、チャーハンはパラリとするのではないか。心の中でそう自画自賛しながら食べました。
日記を書くということも、身の回りのできごとや頭の中のイメージを言語化する作業。ぼくはずっとそれを繰り返してきたので、なんでもかんでも文章にしたり例えたりするクセがすっかりしみついています。たまにそれでうっとうしがられたり日記が長くなりすぎたりすることもありますが、自分じゃわりと悪くない習慣だと思っています。
何かを学ぶうえで大事な姿勢というのはほかにもいろいろあるでしょうが、ぼくの場合はこの「言語化」という手法でもって今後もがんばっていこうと思ったのです。
授業がのびて帰りはけっこう遅かった。でも調子に乗って、今日もチャーハンを作りました。ついでに鳥むね肉とレタスの中華風サラダまで。・・・満腹で眠れん。午前1時。
さて突然ですが、本日は素敵なゲストが日記を書いてくださっています。
「ワカレミチ」をご覧の皆さま、初めまして!
「LIFE IS DREAMLIKE」というサイトをやっております、
ひろけんと申す者です。どーぞよろしく。
今回は2月に開催されるテキストマニアXの開催前企画、
“交流代打日記”の関係で、こちらに代打日記を提供させて
いただく事になりました。
いつもの店長さんの文章とは違いますが、怒らないでね♪
さて、何を書こうかと思って「ワカレミチ」さんを見た所、
23日付の日記にプルーン祭という文字があるやないですか。
何を隠そう、僕はプルーン大好き!実はさっきも食べてた!
という事で、今日のテーマは「プルーン」でいきたいと思います。
プルーン。レーズンの親玉のような大きさのあいつですね。
余談ですが、僕は小さい頃プルーンを本気で“レーズンの親玉”と
思ってまして、家でも外でもプルーンを称する時は全て“レーズンの
親玉”で通していました。以上、余談終わり。
で、そんなプルーンですが、市販されている袋の裏には絶対
次のような言葉が書かれています
→一度に大量に摂取するとおなかがゆるくなる事があります。
しかし、世の中には「これ、ホンマなん?」と疑う方々もいるでしょう。
そんな方々に1つ言いたい!!
あれはホンマです・・・・
何で言い切れるかって?
僕がこの前その状態になったからだよー(TロT)!! <逆ギレ
ホンマ、あいつは侮ったら痛い目にあいまっせ。何しろ、僕を
部屋とトイレ往復の旅にご招待したくらいやから。
プルーンを食べる時は用法・用量を守って食べましょう。
間違えても1度に1袋食べないように! <一気に1袋食べたらしい・・
ビロウトーク気味ですみません_| ̄|○
というわけでひろけんさん、どうもありがとうございました!
プルーンには人を迷わせる何かがあるのでしょうか。そしてビロウトークとは何なのでしょうか。pilow
talkとは違うんだよね。痔ろうトーク?
それはさておき今回ワタクシ上記の「テキストマニアX」というイベントに参加することになりまして、なんでもテキストサイトが集まって一ヶ月くらいにわたって文章を書いて勝ち抜きで順位を決めるらしいです。(趣旨よくわかってない。)
2月から始まるみたいなんですが、その前祝いとして参加サイトのいくつかが「代打日記」の形で日記を提供していただけるそうなんです。寒い中ご苦労さまです。
テキストマニアX、よく趣旨がわからぬままに手を挙げてみたものの、正直年寄りにはキツいかな〜って感じもしますが、ま、枯れ木も山の賑わい。
もともと毎日あったことを毎日書くだけのサイトなので指定の日に狙った日記を書くことはできませんが、一回戦ぐらいは前のめりに参加してみようということで、まずはひろけんさんにちょうどいい前フリをしていただいた「プルーン祭り」とその後の腹具合のことを書いてみるつもりです。
勝敗は投票で決めるらしいんですが、テキストマニアXのサイトを見ると「この大会を勝ち抜くのに最も大切なのは『そのサイトがどのくらい愛されているか』」だそうです。
店長はみんなのことを愛しています。だから・・・投票してね。チュッ。キャッ。
男女の出会いにもいろいろあります。合コン、友人の紹介、同じ職場や学校など。「子どもができないのが悩みです・・・私と体の関係を持ってくれませんか?10万円くらいまでならお支払いします」なんてメールが迷い込んできたりもします。んなわけねーだろっての。でもそんなうまい話があったらいいよなあ。
うまい話といえば、電車男なんかは偶然の出会いから始まるよくできたラブストーリーですね。あと「雨宿りしたアーケードの下でいっしょになって」なんてのは、一昔前のドラマのオープニングなんかにありそう。ぼくはドラマチックな出会いから女の子とどうこうなった経験というのがなく、いつも学校とかバイトとかの身近なところでくっついてすませてきたので、そういう展開にはちょっぴりあこがれます。
そうだねえ、ぼくが将来お店を出すわけですよ。ある日そこに来たかわいいお客さん。いつしか彼女は常連になり、気づくと店でアルバイト。いっしょにメニューを考えたり艱難辛苦を乗り越えるうちに愛が芽生え・・・そして将来ふたりで店を運営していくことになる。むっふー。
なんて話は、他人が聞くとアホかいなと思うわけです。
そもそも各人の「理想の出会い」という概念自体がバカげたもんであって。「いつか白馬に乗った王子様が・・・」なんて本気で考えてる人はさすがにいないでしょうが、みなさんの心の中にもどこかにそんな恥ずかしい妄想があるのではないでしょうか。
まわりの人に聞くとけっこうおもしろいです。
同僚A(32歳男)「デリヘルで呼んだ女の子がなんと久しぶりに会った初恋の子」
彼はいい年こいて相当なロマンチストで、なおかつ相当な風俗好きなので、実にうなづける展開です。が、呼んだ以上はやることはやるに違いなく、ロマンチック度の点で減点。
級友B(26歳女)「両親が事故で死に、父の遺言により腹違いの弟(妻夫木似)が突然家に転がり込んでくる。親を失った悲しみと存在すら知らなかった弟の登場に戸惑い反発するが、やがて彼の優しさに惹かれるようになる。しかし彼は母こそ違えど実の兄弟。モラルと愛情の狭間に揺れ動く私・・・」
月刊別冊マーガレットで見たことあるような展開ですが、素人の妄想にしてはよくできた脚本です。ただ、自分の理想の出会いのために両親を勝手に殺してはいけません。
友人C(25歳男)「女の子が坂道を、でっかい紙袋抱えて歩いてるんスよ。茶色い紙袋。スーパーのね。で、つまずいてその中身をばらまいちゃうんですよ!それでオレンジがコロコロと転がって。俺が拾ってあげようとオレンジに手を伸ばしたら、その子の手と重なって・・・『ごめんなさい』ってお互いに手を引っ込めちゃうんです。それでオレンジはコロコロ転がってくんです」
まず彼には、茶色い紙袋を使うスーパーはないという現実を教えてあげたい。それとオレンジがコロコロと転がっていくことに何か意味はあるのか聞きたい。
みんなけっこう恥ずかしい出会いを思い描いているわけです。
そんな話をするのはなぜかというと、なんとこのたびワタクシも、ドラマチックな偶然の出会いに遭遇してしまったのです!
それは学校の帰りのこと。スーパーに寄ってネギとキャベツを買いました。
そこで、ちょっとした問題発生。そこのスーパーは激安が売りなのですが、「1円でも安く売るために買い物袋はご持参ください」とうたっており、袋は1枚6円で別売りしているのです。
袋は有料と言われると、その6円をケチってしまうのが悲しき貧乏性。ネギ1本とキャベツ1個だけだし、カバンに入れて帰ればいいやと袋なしで会計を済ませました。
しかし今日のカバンは通勤用の肩掛けカバン。B4がギリギリ入る大きさで、マチ幅もごくわずか。ネギもキャベツも入るわけありません。
まあいいや、もうすぐ家だし。かくして、カバンのチャックは開いたままでキャベツが半分顔を出している状態で原付に乗って帰るはめになりました。
信号が赤になって、減速してスピードを落として停車したところで、ふと後ろからぼくを呼び止める女性の声。
「あの・・・落としましたよ」
振り向くと、そこには黄色のかわいいべスパから降りた小柄な女の子が!そしてその手にはキャベツが!
「あ、ありがとうございます!」
あわてて手を伸ばすぼく。差し出す彼女の手と交差して、キャベツは彼女の手からこぼれ、そして坂道をコロコロと・・・。
ぼくはいそいで原付を降り、キャベツを追いかけて拾って落とさないようにギュウギュウとカバンにつめながら、これはなかなかにドラマチックな出会いだわいと思いました。
正直ときめきました。友人Cの話を思い出しました。彼の話を聞いたときは「オレンジがコロコロと転がるか、バカ!」と相手にしなかったのですが、本当に転がりましたね。キャベツですが。しかも落としたのはぼくのほうですが。さらにカバンからはネギもはみ出ていますが。
「ありがとうございます。ぼく、家、この近くなんですが、よかったら豚肉とキャベツの味噌炒めでもごいっしょしませんか?」とか言ってみましょうか?
胸の高鳴りを抑えながら原付に戻ります。
まだ赤信号で停まっている彼女に、改めてお礼を言おうと近づいて声をかけると・・・。
振り向いた彼女は、ええと、なんというか、鳥のもみじの筋を4本ひっぱってグーにしたような顔をしていました。
キャベツを投げつけてネギで斬りつけたくなりました。
理想の出会いというのはあくまで頭の中のもの。頭の中で、そんなことがあったらいいのになあと思いをはせるくらいがちょうどいいのです。
実習のときは速攻で学校に行って準備をしていい席を取らないといけないので、バイトが終わってから腹ごしらえをするなんて暇はありません。実習の日はいつも、昼食のあと9時ごろの試食まで何も食べられません。
でもぺこぺこでくたくたのところに自分で作ったものを食べるというのはそれなりに充実感があるもの。もし料理のできがよかったりすれば最高の気分なのです。
ただ、くたくたになった末にありつけるのがお菓子、というのは困るんだよね。
今日は製菓の実習でした。製菓の話はまだしてませんでしたね。
和・洋・中・製菓製パンとあるなかで一番比重が軽いので、製菓の実習は今日でまだ3回目なのです。そして製菓は正直つまらない!なのであまり語る機会もありませんでした。
どうしてつまらないかというと。
お菓子づくりというのは量をきっちり計り、順番をきっちり守り、寸分の狂いなく進めていくことが重要です。卵や砂糖や粉たちは綿密な計算のもとに化学変化を起こして膨らんだり色がついたりするので、少しでも量が狂うと似ても似つかないものになります。
本来は計量から自分たちでやらないと意味がないのですが、まずは失敗なく作れるようにならないと始まらないので今のところ材料は計量された状態で配られます。そしてぼくらはそれを順番に入れて混ぜて焼くだけ。まるで科学の実験のようです。
混ぜて焼くだけなのでやることは少ないし、焼いてる間にけっこう待ち時間があります。その間に取ってつけたように座学が入ります。いわく、「化学上より見た小麦粉の成分を大別すると、澱粉と蛋白質とに分けられる。その性質を左右する成分は、8%〜15%含有される蛋白質にある。蛋白質には幾つかの種類が含有しているが、特にグルテニンとグリアジンは水分を加える事により物理的に結合し、グルテンになる」。・・・完全に理科です。
さらに、そうしてできあがって食べられるのがマドレーヌ一個だったりします。夕食がマドレーヌ一個。
今日作ったのはスポンジケーキでした。製菓の基本中の基本であり、もっとも実験チックな種目の一つです。いわくスポンジケーキには共立法と別立法があり、全卵から泡立てるのが共立(ともだて)であり、卵白と卵黄を別々に泡立てるのが別立(べつだて)である。以下略。
きちんと進めていけば絶対に成功するはずなのに、班長仕事が気になってええいままよとスピード重視で勝手に工程を進めていくので微妙に狂いが生じます。果たして焼きあがったぼくのスポンジケーキはぺっちゃんこ。
料理には人間性があらわれるってなことを言いますが、お菓子作りこそがその最たるものかもしれません。ぼくは自分では繊細なほうだと思っていたのですが、案外がさつな人間ですよ。店長名物の男ショコラも、ガトーショコラをいいかげんに作って凍らせて食ったら意外とうまかったというだけのいいかげんなお菓子だしなあ。焼き上がりのケーキの背の低さはぼくの人間的なうすっぺらさを証明しているのですよちくしょう。
失敗したケーキと成功したケーキでは、全く同じ材料を使っているのに見た目も味もぜんぜん違います。よくできたケーキは持った瞬間に柔らかく、軽く、上品な甘みがします。
洗い物もせずに時間いっぱい混ぜ続け、片付けもせずにオーブンの前に座り込んで焼いたメアリーさんのケーキがけっこういい出来だったりするのでムカつきます。
そして今日も夕食はスポンジケーキだけ。スポンジケーキを一人一台作って時間いっぱいなのでなんのデコレーションもなく、ほんとにスポンジケーキだけです。しかも固く、重く、甘みが下品です。
いいや、お菓子職人になんてならないもーん。ふんだ。
このまえらくたろうくんの出産祝いの日記を見たチンプイさんが「あのベビー服どこで買ったの?」と言いました。彼女の友人にも子どもができたそうで、出産祝いの品を買おうと思っていたらしいです。あれはこの前底石さんの家に行ったときに吉祥寺のベビー服屋で買ったものだったので、ベビー服ツアーをかねてチンプイさん・マイティボンジャックくんを連れて再び底石家におじゃますることになりました。
そして29日が黒いカリスマ主婦さんの20ウン回目の誕生日でもあったので、我々はささやかながらバースデーケーキをご用意いたしました。

すばらしい出来。ただしこれは残念ながら出来合いのもの。
包丁持参で駆けつけて料理はすべて自分で作る、というのが我々の流儀です。
もちろん今回も、まずは底石家の近所のスーパーに買い出しに行くところから始まります。肉や野菜をしこたま買い込んで乾杯、そして飲みながらお料理スタート。こういう毎日がホームパーティーなお店を、ぼくは将来思い描いているのですよ。週末はそのための予行演習のようなものなのです。
・・・ですが・・・・酒飲みながら料理をするのはやっぱりめんどくさい。そして人さまにお出しできる料理を作るのも、やっぱり難しい。何品か作りましたができはいまいち。そのうちにいつしか飲みがメインになっておりましたとさ。
気づくとぐでんぐでんに酔っ払っており。
当初の目的のひとつであったベビー服屋へ行くこともなく終電まぎわで帰りました。
そして例によって割り勘はせず。(底石さん、スマン。)
楽しかったが、店としてはこれではイカン、ともさすがに思ったのです。
栄養学で習った。
ビタミンCはストレス解消に役立つ。ストレスを感じると解消のためにアドレナリンが分泌されるけど、そのためにはビタミンCが必須。
そして「人生で最もストレスが高まる瞬間」、それは母親の胎内から生まれてくるときなのだそうだ。胎児はその瞬間に副腎髄質から人生で最も多くのアドレナリンを分泌するのである。
ということは生まれてくることができた人間にとって、その後の人生で感じるストレスなんて微々たるものなのだ。どんなつらいことだって、覚えてないけどあのときに比べれば屁みたいなもんさ。
だから今日のストレスも、ビタミンCを摂取して乗り越えよう。
(この場合のストレス=二日酔い。しんど・・・)
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