ぼーっとテレビを見ていたら、「アンケートにみる世代間のギャップ」みたいなのをやっていた。たとえば10代男性と50代女性に「メガネタレントといえば」とアンケートすると、10代は1位がタモリで50代はヨン様、みたいな。
メガネタレント、10代の5位に「八嶋智人」が入っていた。だれだその人・・・あっ「へぇ〜」の人ね!知ってる!危ない危ない。50代よりはまだ10代の感覚に近いことに胸をなでおろす。
しかし、「今年の流行語」のアンケート結果に驚愕。
「残念!○○斬り」
10代4位のこれはなんですか。一切知りません。
波田陽区という人のギャクだそうです。
だれですか。
活用のしかたも全く想像つきません。
本当に流行してるんですか。5位の「ハッスル」をも上回るほどに。
一方、50代の選ぶ流行語はどれもなじみのあるもので。
ちょっと前で例えてみれば、「なんでだろう」とか「ゲッツ」を知らないようなものかしら。そう思うと、世俗からずいぶん切り離されてしまったなあと、少し考え込んでしまいました。
そこで、ちょっと反省して「電車男」のサイトを見てみた。
おもしろかったが、当初の目的からは少し外れているような気もした。
近所に立派なキンモクセイの生垣があって、先週くらいから素敵な香りをふりまいていました。いつもその前を通るのがちょっとした楽しみになっていました。
ところが、ご存知のようにこのところはあいにくの雨続き。今朝は、もうすっかり散ってしまっただろうなあ、残念だなあと思いながら家を出たのです。
するとどうでしょう。家を出るとすぐに、いつもより早く、まだほのかにキンモクセイの香りがただよってくるではありませんか。
足元を見ると、散ったキンモクセイの小花が道のあちこちに残っています。雨で流されて、ずいぶん遠くまでたどりついて香りを放っているのです。
そして生垣の下には、なんとも美しい黄金の絨毯ができていました。
花は散ってしまったけれども、キンモクセイの絨毯は雨で湿っておだやかな香りを放ち、先週までとはまた違った趣があったのでした。
夜に帰ったときには、もうその香りは弱くなっていました。
あっという間に散ったけれども、このキンモクセイは太く長く咲いたのだなあと感慨にふけりながら、ぼくは生垣の前を通り過ぎました。

学校が始まって1週間がたちました。
3連休を挟んでみんなお達しどおりに髪を黒く染めてきて、まただんだんと学校の雰囲気に慣れてもきて、少しクラスの雰囲気が変わってきました。
夜間生はほとんどの人が昼に仕事をしています。だからどうしても始業前ギリギリに教室に駆け込んでくるし、終業後は夜も遅いし学校が閉まるので早く帰らないといけない。飲み会どころか同級生と雑談をする時間すらない。だからまだ誰が誰やらよくわかりません。それでも、自分の席の周囲2メートルと喫煙所の周囲2メートルくらいの人は顔なじみになり、少しずつ打ち解け始めています。
授業もひと回りし、そろそろ本題に入ってきています。
とはいえ最初の実習は包丁を出して洗っただけだったし、座学は導入部分なのでなんだかどれも同じようなことをやっています。というか全く同じだったりする。きのう食品学で先生が水俣病について30分熱く語ったと思ったら、今日の食品衛生学でも別の先生が水俣病について30分熱く語っていました。
調理師の学校で水俣病の話か、と思うでしょうが、座学ではけっこう広い範囲を勉強します。公衆衛生学なんて、DNAがRNAになってアミノ酸からタンパク質にとか、トキシコゲノミクスがどうたらこうたらとか、実践から離れすぎて逆に笑えてきます。
とくに最初のうちの授業はその傾向が強いようで、まだまだ料理にはたどり着きそうにありません。まあそういう勉強をするのが調理師の資格の要件なんだからしょうがないですね。
でも久しぶりの勉強は、それこそ高校の教室に戻ったようで刺激的です。
まず「ノートをとる」という行為自体が久しぶりですからね。シャーペンの芯がなくなったので隣の人にもらおうとしたら「0.5でいいですか?」と聞かれ、「0.5って何?HBとかじゃなくて?」と言って笑われました。だって字、もうほとんど手で書かないじゃないですか。しかも書くとしたらボールペン。シャーペンに、それこそ何年ぶりに芯を入れたのかもしれません。
講義も、退屈なものもありますが、聞く気になればすごくおもしろいです。「冷涼で雨の少ないヨーロッパは小麦の栽培に適しているためパンやパスタの文化が発達し、それよりもうちょっと北になると小麦ではなく大麦の栽培地になるためビールがたくさん生産されて」なんて話は、学生時代の地理の勉強そのものなのです。全ての学問はものごとをよりよく理解するためにあるのだなあ、むかし地理をちゃんとやったおかげでこんなにも食文化学を興味深く聞けるよと、ガッテンガッテンうなずきながらノートをとっています。
なかでも一週間でもっともおもしろかった授業は「外食産業論」でした。これは1講義ごとに外部の講師が来て食にまつわる話をするというオムニバス形式の授業で、1回目は北大路魯山人についての講義でした。
ぼくは魯山人については「海原雄山のモデル」ということくらいしか知らなかったのですが、すごい人なんですよ。どれくらいすごいかというと、棟方志功をして「あんたは画家としても料理家としても陶芸家としても一流な大天才だ」と言わしめたくらい。そして「俺は料理は天才だが、その他についてはその道の専門家にもっと上手なヤツがいないだけだ」と返したという、海原雄山以上に倣岸な人物なのです。
外食産業論の授業は一話完結なのでテストはなく、毎回その場で感想を提出して評価の対象になります。
ぼくはこんなことを書いたと思います。
私がこの学校に入ったのは、いつか自分の店を持つためである。そして自分の店を持つのは、自分の考えを自分のやり方で表現するためである。ただ料理人になりたいというのとは少し違って、もっとうまく自分を表現する手段が見つかれば料理に携わらないこともありうると、入った早々から思ったりもしている。
きっと魯山人も、そうだったのだろう。彼がひとつの分野に留まることがなかったのは、自らの美意識を表現するために最適な手段を常に模索していたからなのだと思う。
私はその貪欲な姿勢に深く感銘を受けた。そしてまだまだ自分には学ぶことがたくさんあると思わずにいられなかった。私は魯山人のことを知らなかった。彼が追求したように、器が食と調和してひとつの美をなすということを知らなかった。
学校には、いろいろと学ぶことがある。私も魯山人のように貪欲に自分を表現したい。それを実現するために、貪欲に学びたい。
ほとんど忘れちゃったんですが、もっとたくさん、ちゃんとしたことを書きました。
講師がノリノリで語りまくったため終了は定時の10時を大幅に過ぎ、みんなはぐったりしてちょこっと書いて提出して帰っていったようですが、ぼくは興奮して最後まで教室に残り、用紙の両面にびっしりと感想を書いたのです。
今日は座学ではなく、2回目の実習です。実習の1回目はオリエンテーションで、実習室の使い方のルールなんかを教わって包丁を洗っただけで料理はしませんでした。
今日も西洋料理の初回だし、なにぶんぼくらは右も左もわからないので、まだ料理は作らないだろうと思っていました。たぶんリンゴの皮むきとかで基本的な包丁使いだけやるんじゃないかなーと。がんばってオムライスぐらいか。
しかし・・・実習室に入ると、黒板にはすでに溢れんばかりの板書が!
そこに書かれているのは・・・えっと・・・・何語?よくわかんないけど大量のアルファベットです。
日本語で食材の分量も書いてあります。どうやら、いきなり料理を作るようです!
「ちょっと誰だよ料理しないって言ったの」「何作るの?ハ、ハチス・・・読めん。材料からしてハッシュポテトのことかな?簡単そうだし。あのパルなんとかってきっとポテトだよ」「ハッシュポテトって、マックの?ひき肉使うか?」「知らん、本格的なのは使うんじゃん?」
と、どよめきながらノートをとるぼくら。
果たして、本日のお題は「Hachis parmentier」。正体はフランス語。アッシュ・パルマンティエと読み、フランスではポピュラーな料理なんだそうです。しょっぱなから、聞いたこともないフランス料理キター!
そして本日の裏テーマは「Legumeの下処理」。Legumeとは野菜のこと。黒板の大量のアルファベットは下処理の各工程のフランス語なのでした。ラバージュ・エプシャージュ・シズラージュ・タイヤージュ・トルナージュ・・・。なんだかたいへんなことになってきた感じがしますが、要は水洗い・皮むき・みじん切り・普通に切り・面取りなのです。
まずは先生が、そのへんの説明を交えながら演台でアッシュ・パルマンティエのデモンストレーションをします。
じゃがいものピューレを作りミートソースを作り、楕円の皿にじゃがいも・ミートソース・じゃがいもと重ねてその上にチーズを降り、オーブンで焼く。ホワイトソースじゃないけどグラタンみたいな感じですね。
読んでおわかりのとおり、名前のわりにはけっこう簡単な料理です。
先生の華麗なテクに見とれているうちにあっという間に1時間半がすぎ、いよいよぼくらの実習スタート。
そう、簡単な料理です。レシピを見て家で作れば、だれでもできるでしょう。
しかし・・・本気のアッシュ・パルマンティエには、料理の基本がぎっしり詰まっているのだ!
まずはじゃがいも。とうぜん皮をむきます。いままで皮むきなんて特に方針もなしにやっていましたが、実はじゃがいもの皮むきにも方向や順番があるのです。そして教えられたとおりにやってみると、確かにむきやすいのです。
ちなみに、ぼくはけっこう包丁が使えるほうだということがわかりました。もともとじゃがいもの皮むきは小学校の家庭科でも「クラスで一番」と誉められたほどです。班で真っ先に終え、周りの人に教えてあげたりしちゃいました。つーか周りの人下手。料理したことあんの?っつうくらいどんくさい人もいました、正直。
それはさておき、次はじゃがいもをシャトーに切ります。つまりフットボール状に形を整えて切る。これは本来のアッシュ・パルマンティエには不要な工程なのですが、包丁の練習のための横道です。こいつが難しい!皮むきでは鼻高々でしたが、初めての包丁の動かし方に相当難航。要練習。じゃがいもは茹でて裏ごしします。裏ごしにもコツがあって、網の目の対角線方向に木ベらを動かすとやりやすい。へぇボタン連打。
そして、ミートソースを作るために玉ねぎをみじん切りにします。これもまあ楽勝。高い金出しただけあって包丁はよく切れるし、まな板は大きいしで大変に作業がやりやすいです。ただ、今までのぼくのみじん切りはかなり適当な順番で切っているということがわかりました。要復習。
んで、たまねぎを炒めてひき肉を炒める。
実はぼくはフライパンが苦手です。学生時代にキッチンのバイトはわりとやりましたが、なぜかフライパンを使う機会があまりありませんでした。そのくせに料理をするときはやたらとフライパンを振り回したがるので、家のガス台の奥には常に集めればチャーハンが一杯できるくらいの食材がこぼれて眠っているのです。今日もこぼしました。
フライパンについては、周りの女の子のほうがよっぽど上手。「振るんじゃなくて引くんだよ」とか教えられちゃいました。要復讐。
炒めたものに塩・こしょうで味をつけます。ここで教わったのは、「味付けはすべて下味・中味・仕上げの3工程からなる」ということ。同じ3グラムの塩でも、こまめに味見をしながら1グラムずつに分けて最適の量を模索することでベストの塩加減にたどり着くのです。
そんなに真剣に料理を作ったことって、なかったなあ。それがプロの仕事ということか!
慣れない作業を班で分担し、作りながらも不要なものは洗ったりしなきゃいけなくて、どたばたしながら1時間。ようやくグラタン皿にじゃがいもピューレとミートソースを盛り付けチーズを振り、オーブンに入れます。
しかし一息つく暇もなく後片付け。共同作業はたいへんです。(班に、ひとりやっかいなキャラがいます。後に語ることもあるでしょう、命名だけしておく。彼女の名は「腸チフスのメアリー」。)
てんやわんやの末にオーブンから出てきた料理は・・・。

黄金色に輝いている!!
そしていよいよ、試食タイム!
先生の号令で「いただきます」。班員たちと水のグラスで乾杯。
ひと口食べると・・・・
ゥンまああ〜いっ!こっこれはああ〜〜っ!!
じゃがいも、ミートソース、じゃがいもと層になっているんですよ。あっさりとしたじゃがいもの風味と濃い目に味をつけたミートソースが味の直球勝負!そこにほどよく焼き色のついたチーズの変化球!新記録達成の瞬間に体中の細胞がスタンディングオベーション!!
ほんとうにおいしかったのですよ。
こんなおいしいもの、初めて食べた。
会社を辞めてからの半年間や、会社に入ってからの5年間や、生まれてからの28年間のいろんなことが思い出されて、あんまりおいしくて、ぼくは涙が出そうになりました。
ぼくが将来ほんとにお店を出せたら、絶対にみんなにも食べてほしいと思った。
ここで本当に泣いてしまうとおかしな人なので、ほおばって「熱い熱い」と言ってごまかしました。
うちの班は5人編成。だいたいの班は6人なので分量はちょっと多めで、しかもみんなぐったりして食欲がなかったようでけっこう余りました。
こんなおいしいもの、みんな食べないのか?もったいないぞ?
大食いキャラとしての期待を裏切るわけにはいきません、おとな食い!

あー楽しかった、うまかった!!
冠婚葬祭、というか葬のときしか集まらないうちの家族が久々に終結しました。もちろん葬、祖母の七回忌ということで、みんなで墓参りに行くことになったのです。
しかし姉B(30歳無職・うつ病)は参戦を回避。体調が悪いとのことですが、おそらく姉A(32歳バツ1子持ち・自称No.1ホステス)と顔を合わせるのを嫌ってのことでしょう。再び一家全員が顔を合わせる日ははたして来るのでしょうか。誰か死ななきゃないだろうな、やっぱり。
さて今回は母方の祖母・祖父が眠る富士のふもとの霊園へ。両親・姉A・姪とぼくの5人は浜松町に集合して高速バスで向かいます。
姉Bがドタキャンしたため6人で予約していたバスの座席が1つ空いて、父&母・姉A&姪と座るだろうから、ぼくは一人でゆったり行けるわいと思ったのですが・・・姉Aはバスに乗り込むなり二人席に横になって眠ってしてしまいました。おい、それはアンタの娘の行動だろ。おおかた前夜朝まで飲んでいたのでしょう。
かくしてぼくは父の隣に座りバスは出発。隣を見ると父は「よくわかるPICマイコン」とかいう本を読んでいます。PICマイコン、なんでも簡単なチップを使って作るコンピューターで、ロボットの制御とかに使うらしい。「MPLABのエディタを使ってアセンブラ言語で書いたプログラムをアセンブルして」等々説明を受けましたが、さっぱりわかりませんでした。実家にいたころも父の仕事はなんなのかちっとも知りませんでしたが、御年64にして今もなお正体不明です、父。
さて3時間あまりかけてたどり着いた富士のふもとの霊園は、創価学会の集団墓地だかなんだか。祖父母は創価学会員だったのです。いつもは雄大な富士の景色に見とれるところなんですが、今回は雪でもなく紅葉でもなく晴れでもないという微妙なコンディション。
まずは祭壇があるホールみたいなとこで大勢で読経。周りはみんな創価学会の人なので完璧にお経を覚えています。すごいです。
しょうがないので我が家はぽつんと無言。うちは父が唯物論者・母がノンポリ・長女は占い師狂い・次女は新興宗教狂い・長男は汎神論の唯我独尊という、宗教信仰の自由を地でゆく家庭なのです。
その後は広大な敷地の何千何万という墓の中から祖父母の墓を探します。墓は全て同じデザインなので、毎度のことですが探すのが非常に困難でいつもケンカになります。
いっしょに歩いていた姉Aは「いま自民党の○○(←けっこうな要職の人)が彼氏気取りでつきまとってきて困ってんのよ」などとのたまっていました。さすがです。
そしてようやく見つけた墓で、細木数子のテレビを見て影響を受けたらしい姪が墓をきれいにしてお参りをして法事終了。
帰りもバスで東京に戻り、姉Aとぼくは「みんなで食事でも」と主張する母を振り切ってさっさと自分の家に帰りました。
さて、次に家族が集結するのはいつのことでしょう。たまにしか集合しませんが、集合してもこんなふうにろくに会話もしませんが、それでも必ず1年に1度くらいは集まって思い出したように墓参りに行く。これが不思議な我が家の不思議な習慣なのです。
2ヶ月前に占い師は、ぼくに対し「死神きちゃうよ」と言った。極端に生命力が落ちていて、せっかくの気を消していると。
なるほど、ぼくの手相を見るといわゆる生命線が極端に短い。ネットで調べてみた。手相のサイトがあって、生命線がこれくらいなら50歳まで生きて、これくらいなら100歳まで、なんて書いてある。ぼくの生命線は3センチ。あーはは、がんばっても40くらいまでしか生きれん。
その後ぼくは占い師のアドバイスに従い、というわけでもないがいろいろと思うこともあり、腰を据えて働くとともに学校に通うことになった。というのはみなさんご存知の通り。
そして本日で、会社をやめて200日。
このところ、信じられないことが起きている。
右手の生命線が、ぐんぐんぐんぐん伸びているのだ。
それはもう、みるみるうちに。双葉のように。
気がつくと右手の生命線だけ、4.5センチほどの長さになっている。
先の手相サイトによると、左手の相は先天的な運勢を示し、右手の相は後から獲得した運勢を示すそうである。そして右手の相は行いにより日々変化するそうである。
ぼくの寿命が、延びているのか?
複雑な気持ちである。
ぼくは、長生きなんかちっともしたくない。痛くないなら今すぐ死んだって別にかまわない。ドラマや映画で銃を突きつけられて必死に命乞いするシーンというのがよくあるが、ぼくにはそんな登場人物の気持ちがピンとこない。殺すなら殺せ。むしろ殺してもらえるならラッキー。そこまでして生に執着する理由なんて、人生にはひとつもない。
極貧のさなかで、家でおにぎりや麦茶を作りバイトに持っていっていたときでも、タバコはやめられなかった。言いわけっぽく聞こえるかもしれないが、やめられなかったんじゃなくて、やめなかったんだ。
だってタバコをやめたら、長生きしてしまう。長生きするくらいなら、死んだほうがましだ。
そうしてタバコはやめなかった。
それでも生命線は伸びている。
ぼくは占いなんて信じない。運命なんて信じない。この2ヶ月は、この200日は、運命なんかじゃない、占い師の言うとおりにしたわけじゃない、自分で切り開こうと歩いてきた道だ。これからどうするかも、占いじゃなく手相じゃなく、ぼくが決める。
だけど。そして。目に見えて伸びてきた生命線。ぼくは複雑な気持ちで眺める。
だれかが、ぼくに生きろと言っているのか?
見よ!この美しい包丁セットを!

こいつを買うためにここ1ヶ月極貧の生活を強いられたからなあ・・・使わにゃもったいないのです。
学校に「包丁持ち帰り届」というのを提出して、週末は包丁セットを家に持って帰りました。新しい包丁はまだ十分に刃がついていないので、どんどん研いで刃を作らないといけません。昼間の学生は学校で研ぐ時間がありますが、夜間生は週末に持って帰って家で研ぐのが唯一のチャンスなのです。
図書館で包丁の研ぎ方の本まで借りてきて、準備万端で砥ぎ始めた、のが日曜日の夜7時すぎ。
1本研いで、ふう。包丁に命を吹き込んでるみたいでなかなか楽しいです。
2本目・・・うう、疲れる。けっこう重労働ですな〜。
3本目。4本目。以下省略。
全部研ぎ終わったときには日本シリーズ第二戦が終わっていました。
なんたって8本ですからね・・・。
先生は「刃ができるまでに5時間は研いでください」と言っていました。
8本だと、40時間?
来年のプロ野球が開幕してしまう〜。
ま、今後焦らず砥ぎ続けていくとしてですな、練習です練習。さっそく金曜日に習った「アッシュ・パラマンティエ」を家で作りました。
ちゃんとみじん切りの練習をして、じゃがいもをシャトーして。料理の見た目もなかなかの再現具合でしたよ。味は・・・うまい!けど、しらふで食うとけっこう普通にうまいだけなので、ちょっと笑ってしまいました。
砥ぎ疲れて少し筋肉痛になった肩で今日学校に包丁を持っていくと、「アッシュ・パルマンティエ作った!」という人がぼくだけじゃなくけっこうたくさんいました。みんなも学ぶ喜びに満ち溢れちゃってるのです。
いつまで続くか、このテンション。1年半ずっとこのまま楽しく学んであっという間に卒業、というわけにはいかないのでしょう。でも今は、よく切れる包丁ですいすいと刻む日を夢見て、こつこつと刃を研ぎ続けるのでございます。
アッシュ・パルマンティエの感動も覚めやらぬうちに、実習の第二回。実習は洋・洋・和・和・中・中・・・というふうに進行していくので、今回も西洋料理です。
本日のお題は「ムース・ド・カロット・アン・ジュレ」そして「ポタージュ・クレーム・ア・ラ・ヴィシソワージュ」!
やっぱりよくわかんないですね。
それではさっそく出来上がりからごらんください。

ん〜エレガント。
前回のアッシュ・パルマンティエはしっかりと腹にたまる料理でしたが、今回はガラリと変わって優雅に前菜。にんじんのムースとじゃがいもの冷製スープでございます。
が。なぜいきなりできあがりの写真から載せたかというと、見た目はステキなのですが・・・・いざ食うと激マズだったのですよ。
敗因は、ずばりチームプレイの難しさですね。今日はそのお話です。
チームプレイの難しさは前回の実習のときにも感じたため、ワタクシはちょっと考えていました。あ、申し遅れましたがワタクシ班員の満場一致で班長に推されております。押し付けられております。
わが班は5人編成。狭い場所で5人でてんでバラバラに動くととんでもないことになります。前回がそうでした。そこで今回は班長権限で、「今日はワタクシは動きません。全体を見渡して指示だけするので従ってください」と宣言しました。
そして開始早々は、自分はいっさい雑用はせず「はい○○さん、空いたボウル洗って」「じゃあ××くん、前行ってナツメグとってきて」「手すきでにんじん頼みます」と、なかなかの采配。他の班よりも早く作業は進んでいきます。
よしよし、まるで敏腕料理長。今日の試食は落ち着いてゆっくり食べれるぞ・・・と途中までは思いました。
しかし。我が班には、問題児・腸チフスのメアリーさんがいるのです。
まず、ぼくとメアリーさんの出会いから。
実習では先生の近くのよい席でデモンストレーションを見ようと熾烈な陣取り合戦が行われます。初回の実習で、ぼくは最前列の特等席を確保することに成功しました。しめしめ、とノートで場所取りをして、それからぼくは準備をするためにちょっと席を外しました。
そしてしばらくして場所取りをしていた席に戻ると・・・そこに彼女が座っていました。なんだコイツ、人が取っておいた席にのうのうと座りやがって!と腹を立てるより前に、ぼくは思いました。
「リアル・腸チフスのメアリーだ!」
「腸チフスのメアリー」とは荒木飛呂彦の「変人偏屈列伝」というマンガの登場人物。腸チフスに感染しつつ発症しないという特異体質を持ちながら調理の仕事に従事し続けチフスを多数の人にうつしまくったという、1900年ごろのアメリカの迷惑な実在の人物です。
ちなみにマンガではこんな顔。

で、そのメアリーさんがうちの班。
こいつがまた強烈に下手なんです。下手なのはみんな同じなんですが、度を越えて。アッシュ・パルマンティエの日記に「料理したことあんの?っつうくらいどんくさい人」と書いたのが、ほかならぬメアリーさんのこと。
下手の横好きとはよく言ったもので、下手なくせにやりたがる。もちろんとても時間を食う。ついでにやたらと味見をしたがる。みんなが必死になって作業しているそばでのんきに「なめてもいい?なめてもいい?」と繰り返すので正直うざい。
当然「メアリーさんをどう封じ込めるか」というのが、今回の班長の隠れたテーマでありました。最初は練習が一人に偏らないように采配してうまく回していたのですが・・・。
むいたり切ったりの練習が終わり本格的な調理に入り、ぼくはメアリーさんにヴィシソワーズ用のじゃがいもをゆでる作業をお願いしました。じゃがいもゆでるなんて目つぶってもできますからね。
ところが、なかなかじゃがいもができあがる気配がありません。まあじゃがいもってけっこう時間かかるし。
しかし、いつまでたってもメアリーさんは「まだ固いで〜す」と繰り返すばかり。先行していたはずが、どんどん他の班に追い抜かれていきます。
いくらなんでもちょっとおかしいだろ!見せてください!
・・・・・。
・・。
メアリーさん、火、ついてません。
彼女は火の消えたガス台の上で、じゃがいもの入った鍋をずっと振り続けていたのでした。
目つぶってもできる無害なポジションに配置したつもりだったのですが、甘かった。何もしない以下の結果を残す、ある意味才能。
かくして我が班はそこから慌ててじゃがいもをゆで始め、その後の作業はバタバタになり。慌てるとロクなことはない、味付けも壊滅的に失敗。そうして激マズの試食タイムとあいなったのでございます。
にんじんの甘味を生かすはずのムースが塩辛く、逆にヴィシソワーズはパンチ不足。苦し紛れにムースとヴィシソワーズをぐちゃぐちゃに混ぜてみたら、塩分過多と塩不足が補いあって意外にうまくなったという、ウソのようなホントの話。いちばんおいしかったのは、付け合せとして配られたフォカッチャ・・・。惨敗です。
マンガの「腸チフスのメアリー」では、「彼女は好き好んでチフス菌を保有しているわけではない、そんな彼女は有罪か?無罪か?」ってなことが語られます。
うちのメアリーさんも別にいやがらせしてるわけじゃなくて、むしろ未知の技術を体得しようとする熱心な人なのです。ちょっとマイペースすぎるだけなのです。包丁で手を切ってゴム手袋をさせられて、実習が終わった後にその手袋をそのへんの床に捨てて帰ったりするのも、別に悪気があってのことじゃないんです。そんな彼女は有罪か?無罪か?
やっぱ有罪でしょ。
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