fragments

2004/8/5

■断片@ 7月28日

最近の気になるニュースその1。

「朝青龍、泥酔して騒動」。

「何も覚えていない。今後は考えながら酒を飲まないといけない。親方には・・・手を出しては・・・・いない・・・と思う」(一部意訳)

「今後は酒を飲みません」ではなく「考えながら飲む」と言ってしまうところが悲しい。むっちゃ落ち込んでるんだろうけど、いつかまた飲んでしまう。本人もどこかでそれが分かっている。酒乱の悲しい性。勝手ながら朝青龍の気持ち、よくわかるような気がします。
きっと、ものすごく強い人、ものすごく才能がある人というのは、「どこかへ行きたい」という一心で練習や修行に打ち込むのではないでしょうか。どこかへ。そこに行ける手段の一つが酒、ということもあるかもしれません。


最近の気になるニュースその2。

「中島らも、酔っぱらって階段から落ちて脳挫傷で死去」

このニュースを見たときに、ぼくは自分のことを考えました。ぼくも酔っぱらって頭を打った経験がありますからね。あのときは顔にひどいケガをしただけですみましたが、意識がないままに階段を転げ落ちていったのは全く同じですから(たぶん。覚えてない。)、打ち所が悪ければ同じように死んでいたのです。

うわあ、怖い。

と思ったかというと、そうでもない。
なんとなく、やっぱりな、というか。「そうそう、それだよ」というか。
勝手な推測ですが、中島らもはいつか転げ落ちて死ぬために酒が飲みたかったんじゃないでしょうか。やっとそこまで飲めたと、満足しながら転げ落ちたんじゃないでしょうか。
おりしも、そのちょっと前に「この先1年間で11冊本を書く」とかのインタビューが流れた直後の事故。作家として乗ってきた矢先の訃報に胸を痛める人も多いでしょうが、ぼくはなんとなく、1年間に11冊本を書くことと酔っぱらって転げ落ちることは、彼の中で同じベクトルの行動だったように思えます。
ぼくは彼の本を3冊しか読んだことはなくって、死を悼むファンというわけでもないのですが、酔っぱらって階段を転げ落ちる気持ち、よくわかるような気がします。




■断片そのA 7月29日

築地のバイト・・・はいつまでたっても配達ばかりである。たまに配達が早めに終わって加工場に入っても、その時間に残っているのは魚の骨抜きくらいなもの。魚をさばくための包丁は買ったが使える機会はなく、乾燥機の中でからっからに乾いているばかり。

以前にらくたろうくんが、実家でとれた野菜をくれた。ぼくはとてもうれしくて、それでカレーを作ろうと思った。でも忙しくてほったらかしにしているうちに、気づくと野菜はすべて傷んでいた。
とても悲しかった。せっかくの好意を無にしてしまった悲しさ。いつの間にか、料理をすること時間すらなくなっていた自分の余裕のなさ。この2ヶ月、家でまったく料理をしていない。コンビニのおにぎりとサンドイッチばかりを食べている。たまに時間があっても、疲れて料理する気などおきない。もはや何かを食べることすらおっくうになって、とりあえず酒だけ飲んだりしている。
ぼくは何かをしようとして昼も夜もない生活に飛び込んでいったけれども、かわりにいろんなものを失っている。料理をするのも、友だちと交流を持つのも、ゆとりが必要。それが全くなくなって、ぼくはただ一人で家で酒ばかり飲んでいる。



■断片そのB 7月30日


最近「約束」ができません。
約束ができないというか、時計が回るのが恐くて、来るべき約束の時間のことを考えることができないといったほうが正しいかもしれません。

たとえば朝のバイトが終わり、夜のバイトが休みの日。5時とかに家に帰ってきます。外はまだ明るいです。明るいうちは気が楽です。まだ「時間」がある気がするから。
だんだんと窓の外が暗くなってくると、不安になってきます。夜がくると、その次には朝がくる。また働きに出ないといけない。明日は一日中仕事だから、今日のうちにいろいろとやらないといけないことがある。部屋も片付けないといけないし、日記も書きたい。
でも疲れていて、なにもできない。疲れてぼんやりしているうちに、刻々と窓の外は暗くなっていき、残された時間は減っていく。

暗くなると次に明るくなるのが恐くて、それから逃れるように、酒を飲んでしまう。酒を飲んで闇の恐怖を早回しして、いつの間にか寝ている。ふと目が覚める。びくりとして飛び起きる。まだ窓の外は暗い。この窓が暗い間は、まだ寝ていられる。少し安心してまた布団に入る。しかしだんだんと明るくなっていく空が恐くて、ぐっすりとは眠れない。やがて空は明るみ、目覚ましがひとつ鳴る。時計はぼくを待ってくれない。目覚ましがもう一つ鳴る。ひどく目が回る。それでも朝はぼくを待ってくれない。ひどい体調。



■統合

ついに壊れてしまいました。

朝に、全く起きれなくなりました。先週から、朝のバイトは休んでいます。
大見得を切って宣言した調理師の学校も、面接を寝坊してすっぽかしてしまいました。しかも2回連続。

病院に行きました。「うつ病」と言われました。実にわかりやすい診断です。
薬をもらい、一日中寝ています。

この間何を書いたらいいかさっぱりわからず、ご報告が遅れました。
さっぱりわからないので、わからないままにとりあえず書きました。(とりあえず書けるほどには回復しつつあるということでしょうか。)

1日2バイト計画は、もろくも崩れてしまいました。これからどうやって生きていこうか・・・。病院に通いつつ、ゆっくり考えようと思います。
ワカレミチはしばらく、メンヘル系サイトになってしまうのでしょうか。

まあいいや、また明日考えます。


【店長試練の7番勝負 ラウンド1 ハンディキャップマッチ】

店長 × (19分50秒 リングアウト) ○ 始発・終電


■試合後のコメント

店長「しょっぱい試合ですみません」
(その後、病院へ直行)

はじめの一歩

2004/8/6

メンヘル系サイトらしく(?)現在の病状について。
いま「ドグマチール」と「レキソタン」という2種類の薬を飲んでいます。なんかかわいい、レキソタン。れきそタン萌え〜みたいな。(壊れ気味)
どちらも興奮を鎮めて気持ちを落ち着かせる作用があるということで。副交感神経に作用する薬ということでしょうか。

ぼくの感覚からすると、人間はそれぞれに一定のエネルギーを持っていて、それを例えば35%は仕事に、25%は趣味に、20%は恋愛に、というふうに振り分けて使っている。将来についてワクワクしながら考えたり努力したりするのも、ひざをかかえて悩むのも一定のエネルギーがいる。
ぼくの場合は目の前のアルバイトに振り向けるエネルギーの度合いがものすごく高くなってしまって、残りでなんにもすることができなくて、ひざをかかえて悩むことくらいしかできないのに気づいてダウンしてしまったのでないかと思う。

で、うつ病の治療薬というのは、そのエネルギー全体を減らす効果があるのだと思うのですよ。いろんな活力をまとめて目減りさせて、結果的にひざをかかえて悩むエネルギーを減らして、それで楽にする。
たしかに薬を飲むと楽になるような気がしますね。でも眠いんだなあこの薬。絶対エネルギー減ってる。飲むといくらでも寝れます。これでは酒とたいして変わらないのでは?という気もしないでもない。
けど確かにこうして日記を書いたり、夜だけだけどバイトに行けるほどに人間らしくなっているので、効果はあるのでしょう。眠いけど。


これからどうすればいいのかなあ。
自由とは恐ろしいもので、雪山に一人で放り出されるようなもの。前に行っても後ろに行ってもいい。その結果生き残っても死んでもそれは自分のせい。その自由の恐ろしさを、いまぼくはひしひしと感じています。雪山の中でも見えているはずだったone direction、それがなんだったのかも、わからなくなってしまった。


うつ病でダウーンという告白から1日。みなさんに励ましの言葉をいただきました。ありがたいです。すごくありがたいです。うつ病の人に「がんばって」って言っちゃいけないんだよ?なんてね。がんばってでも、気楽にやりなよでも、気にかけて声をかけてくれるのがぼくにとってはとてもうれしいです。

ええと、途中経過ですが、いまんとこ大丈夫です。日記を書いているんだから大丈夫です。
鬱になるとお約束のように「死んじゃいたいな」と思うわけですが、それはお約束であって本気じゃないのです。でも最初にバイトを休んだときに、この状況を日記に書こうと思うんだけど何を書いたらいいかさっぱりわからなくて「サイトをやめようか」と考えたことがありました。でもすぐに思った。それって・・・ぼくにとってホントに自殺みたいなもんじゃないか!
お約束の自殺願望よりもなによりも、サイトをやめるなんていう破廉恥な考えが浮かんだことで自分のヤバさに気づいて、それですぐに病院に行き、れきそタンのお世話になって、とりあえずこっちの世界に帰ってきたのです。


だるまさんが転んだ。みたいなもんだ。
鬼にみつかって、スタートラインに戻される。
はじめの一歩、からまたゲームが始まる。

これからどうすっか。
また明日考えましょう。

ゆとり生活

2004/8/7

ろくに仕事もせず心と体を休めているうちに、少しずつ人間化の兆し現る。

スーパーに行って、ふと豚こまを手に取った。豚キムチを作ろうとしている自分がそこにいた。豚とキムチを炒めるだけなれど、確かに料理を作ろうとしている!うれしくて、レジに並びながらほくそえんでしまった。周りから見るとちょっとおかしな人間ではあるが、料理を作る心のゆとり、出てきました。

ゆとりついでにスイカまで買ってしまいました。くだものを食べるのも心のゆとりです。よしよし。
しかしスイカは丸で1個買ってしまいました。幸いうちの冷蔵庫はバカでかくて収納のゆとりだけはあるのですが、傷む前にスイカ1個を食いきる腹のゆとりは、果たしてワタクシにはあるのでしょうか。


***


ちょっと前だが、じゅんの日記にすさまじくいいことが書いてあった。じゅんのテコンドーの師範のお言葉とのこと。以下引用。


「人間には必ず幸せになれる方法があるんですよ。

ひとつは、常に子供のような心でいること、
ふたつめに、いつも笑っていること、
最後に、常に前向きに考えること。

うまく蹴れないからといって、あまり頭を悩ませずに、力を抜いて蹴ればいいです」


けだし名言。ぼくも思わずテコンドーを始めそうになった。いや、もはやテコンドーを超越した人生劇場。さすが「師範」。

ぼくは「もっと、おもしろい方向へ」って思って会社をやめてみたんだ。もっと日記がおもしろくなればなあって。
不安定な場所に自分を追い込んだ結果、テンションは上がり、なんだかエセ小説じみたかっちょよさげな日記は書けるようになったけど・・・でも考えてみると、ここ数ヶ月「おもしろい」日記ってちっとも書いてなかったように思う。昔から、シリアスタッチが当サイトのウリ(自称)、ではあったけれど、それにしても深刻すぎてた。

ここ最近の日記の書き方。ネタ帳に、ほとんど全部下書きしてからPCに向かって打ってたのです。箇条書きで構成とか順番とかをメモしてから、どころではなく、最初から最期までほとんど全部書いてから。PCに打つときは、それをもっとかっちょよくするために推敲していたのです。
そんなことをしていたから、おもしろい日記が書けなくなっていたのかもしれません。
そんなことをしていたから、息が詰まって鬱になってしまったのかもしれません。

人生だって下書きどおりにはいかないよな。サラリーマンをやめたから、自分の人生の青写真をしっかり描いてその通りに歩いていかなきゃって思ってた。もっとおもしろい方向に、じゃなくて、もっとかっこいい方向に、になってた。いつの間にか。

失敗しても、それが日記のネタになって笑っていられればいい。なんか初心を思い出しました。ぼくは小さいころからなんとなく「大人の理性と子どもの純真さを併せ持った人間になりたいなあ」と思っていた。よーく考えて、その結果バカなことをやる、それでいいじゃないか。それがこのサイトの当初のコンセプトでもあったよな。それが幸せになる方法、one direction。

いきあたりばったりでもいいじゃん、どうせ死にはしないし。どうにもクサくなって恐縮だが、人生に下書きなんて必要ないし、下書きどおりになぞれる人生なんてつまらないじゃないか。こうして一回転んでみたら、素直にそう思えてきた。


何も考えずに絵画販売に飛び込んでいったあの頃のような無軌道ネタスピリットよ、もう一度。ホストでもやってみっかな?あーはは。

おじゃましました

2004/8/9

衝撃のダウン告白以来、いろんな人からなにかと気にかけていただいておりまして、まことにありがたいかぎりでございます。
マイティボンジャックくんなんかは調理師の学校の面接をすっぽかしてしまった経緯を知っていたので、そのときもわざわざ「近くに行くから飲もう」と誘ってくれたりしました。元気付けてくれようというわけですね。ありがたいなあ。
そのときはあいにくぼくに用事があったので実現しなかったのですが、日を改めようということになり、土曜に飲もうかという話になったのです。

しかし、土曜は土曜でマイティは用事があり、夜遅くまで帰ってこないという。まあこちとらこれからヒマを持て余すわけですから、彼の都合に合わせて別の日でもいいか・・・。と思ったのですが、彼は「遅くなってもいいなら今日で、なんならこれから実家に帰るから実家に来て」といいます。
ちなみに、例えば底石さん夫妻あたりの友だちだと「用もなく飲む」というのは日常茶飯事なのですが、マイティくらいの古ーい友だち(小学校以来)になると、わざわざ集まって飲むときはお互いの身の上になにか変化のあるときが多いのです。「彼女ができました」とか。「離婚しました」とか。
今回はダウンなぼくを励ましてくれようという意図があるのはわかるのですが、その中にも遅い時間に実家に招いてまで開催しようというところに微妙に必要以上な意気込みが感じられ、ぼくは「ムムム、ほかに何かあるな」と思いました。


というわけで、ムムムと思いながら彼の実家に向かうべく家を出たのが土曜の夜9時半ごろ。まず、ちょうど家に帰るところだった彼の姉、ブラックハーツ1号さんと渋谷で待ち合わせ。2人で電車に乗って帰ります。駅にはマイティボンジャックくんと母親のミチコ夫人がお迎えにきてくれており、車で彼らの家に向かいました。

ええと改めて書いてみると、すさまじく家族ぐるみの付き合いな感じですね。彼らは非常に仲のよい家族で、ぼくはこれまでにもこうして実の家族以上に彼らの家に勝手に溶けこんでいるのでした。マイティが実家にいたときはけっこう家にも遊びに行っていたけれど、社会人になって彼が家を出てからは5年ぶりくらいのお宅訪問。久しぶりに帰った息子気分で、テレビなど見ながら姉さん母さんも交えて楽しく飲んで家族団らんを(他人の家で)満喫いたしました。

ところで、今回の集いには「ほかに何かある」とにらんで参加したのですが・・・特に何もなく、夜中までプロレスを見たりして寝たのでした。


起きると日曜のお昼前。やや二日酔いです。姉さん母さんは出かけていきました。マイティは突然イカの塩辛を作り始めました。ぼくは差し出されるままに缶チューハイを飲みました。日曜の昼下がり、なんですけど。
そして、マイティは彼女であるチンプイさんの家に遊びに行くことになったのですが、「ついでだから店長もくれば」ということになり、ここでもまた恋人たちの団らんにおじゃますることになりました。
初めておじゃまするチンプイ宅でも・・・また飲み。ぼくが飲みすぎるのか、彼らが飲みすぎるのか、両方か。手製の塩辛をつまみにまだ明るいうちからガンガン飲みました。途中、初めておじゃました家なのに一人で横になって寝るという強心臓っぷりも発揮しました。いやほら、恋人たちの二人だけの時間も作ってあげたかったんですよ。(いま考えた。)


「ほかに何かある」・・・それはマイティとチンプイの結婚、と読んでいたんですけどねえ。
そうにらんでいたぼくは、手品風にわざわざこんな小道具を用意していったんですけど。



ついでに。



いちおう念のため、逆バージョンも用意。(このへんが手品風。)



結局どれも不正解だったようです。


というわけで、ただただ飲んだ、まる1日とちょっと、でした。少々胃が疲れたけど、ステキに元気が出ました。どうもありがとう!

店長家の人々

2004/8/10

昨日は他の家の家族団らんに勝手におじゃましたという話を書いたので、本日は「店長家の団らんとはいかなるものか」ということについて。


実は先日、母親の60歳の誕生日だったんですよ。

@店長はそんなことすっかり忘れていました。

というか誕生日どころか親の年齢すら忘れていた。父から「還暦なので何かお祝いをしてあげないか、ついては子ども代表ということで長男のお前がイニシアチブを取るという形にしてはくれないか」という電話があり、初めて気づいた次第です。

そんな家族のパーチーを主催するのはぶっちゃけ面倒ですが、断る理由もないのでしぶしぶ承諾。場所は、どうせ母が大好きな寿司の美登里でいいやと2秒で即決。
そして姉2人に連絡。まず姉Aに電話したところ、わりと機嫌がよかったのか、その日は予定があったのにとしながらもしぶしぶ承諾。しかし続いて姉Bに電話すると・・・。

A姉B「え・・・おねえちゃん来るの??・・・・その日は体調が悪いから行かない・・・・・」

意味、わかんねえ。

そして会の当日も近づいた前日。一時は参加を表明した姉Aから連絡が入る。

B姉A「お父さんの還暦のときの祝いもしてないから、やっぱりそんなことする必要はないと思う!とにかく私は行かないからね!!」

明らかに酔っぱらったろれつの回らない声で激しい電話。これは何かあったなと実家に電話してみると・・・。

C父「きのう姉Aが突然家にやってきて、浴衣がないかと部屋をめちゃめちゃに荒らし回って、『浴衣をどこへやった、1万円よこせ』とか叫んで出て行ったんだよな・・・」

もうわけがわかりません。

Dすると、姉Aが来ないことで気が楽になったか、姉Bから参加の連絡あり。

もう、みんな仲良くやろうよ・・・。


といったちょっとしたゴタゴタはあったものの、当日はまあ姉Aを除いた家族が久しぶりに集まり和やかに寿司パーティーです。

長男がイニシアチブ、といってもぼくは姉二人に連絡して店を取っただけでなんの打ち合わせもしていなかったのですが、ちゃんとみなそれぞれにプレゼントを携えていて誕生日パーティーの体裁は整いました。
姉Bは、すんげえダサい水着をあげました。えっとね、高島屋の包み紙をホ短調にした感じの柄。どこに売ってるんだろう。
ぼくは母にネックレスをプレゼント。「あっら〜どうしてわかったの!こういうのほしかったの!年とるとこういうデザインが好きになるのよ〜」と、微妙にムカつく喜び方で大喜びする母。
ところでぼくは、姉Aの「父の還暦のときも何もしなかった」(正確には出前を取ってみんなで家でうなぎを食ったが)という苦しまぎれの指摘もそりゃもっともだと思っていました。そこで!「実は父さんにもプレゼントなんですよ」と、母にあげたネックレスとペアのものを便乗プレゼント。これは大ヒットでした。父は、まあネックレスなどするような人ではないのですが、これも半分は母のためです。「お父さんとペアなんて、最初で最後だわ〜」と大興奮です。自分のプレゼン力を久しぶりに実感しました。


そんなこんなで和やかに過ごした食事の時間も過ぎようとするころ・・・。

E突如会場に姉Aが乱入!テーブルに5000円札を叩きつけて無言のまま立ち去る!!

いやーさすがです。まるで悪役レスラーです。テーブルが、というか店全体が凍りつきました。5000円、というところがちょっとショボいですが、寿司の美登里の相場をよくわかっていらっしゃる、ヒールの貫禄十分のふるまいでした。


というわけで、家族の食卓はいつも楽しいものなのでしたとさ。

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