本日の右向け左

2004/6/1

朝早くてもがんばれ毎日更新という自分への励ましと、世の中に対するアンテナは鈍らせたくないという思いをこめて、日付がさかのぼりますが1日に起きたニュースに関連して。

「小6女児殺害で同級生の女児を補導」

この衝撃的な事件について、みなさんはどうお考えですか。
「少年犯罪の増加、凶悪犯罪の低年齢化は深刻な社会問題だ」「チャットでのいさかいに端を発した事件で、ネット社会の病理」うんぬん。て感じですか。

「以前、女の子の間で盛んだった交換日記が、今は、携帯電話やパソコンに移行している」
 子どもたちのメディア事情に詳しい稲増龍夫・法政大教授(メディア論)はそう説明した上で、「一般論としては、ネット上での言葉のやりとりによってコミュニケーションは密になるが、電話なら相手のニュアンスをくみ取りながら会話するのに、ネットの場合、言い過ぎることはあるかもしれない」と便利さの裏に潜む負の側面を指摘する。
 多くの家庭にパソコンが普及したことなどから、チャット仲間と自宅で長時間、会話を楽しむ子どもが増えた。
 しかし、相手の顔が直接見えないことで、トラブルになる場合も少なくない。

ヤフーのトピックスにあった読売新聞の記事より。


ところで、わりといろんなところでいろんな人が主張しているので声を大にして言うほどのことでもないかもしれせんが、「実は犯罪の低年齢化なんて起きていない」という説があるのをご存知ですか。
よく言われるのが「少年の犯罪率は昔も今も変わっていない、むしろ下がっている」という事実。殺人などのいわゆる凶悪犯罪に関しても、です。
それに比べて成人の犯罪率はもっと下がっているので、相対的な少年犯罪の割合はもちろん上がって目だって見えたりはするけれど。あとたまたま低かった年を基準にすると「少年犯罪の発生率が5年前に比べて倍増」したりするけどね。
そんなことを言って凶悪犯罪は低年齢化していないと主張するのは「へりくつ」に見えるかもしれません。でも理屈です。理はあります。「最近子供の凶悪犯罪が多い気がする」→「その理由が自分にはよく理解できない」→「キレる子供の凶悪犯罪が増加」という飛躍に比べれば、論理的に正しい主張です。

要はマスコミが非論理的に騒ぎすぎなわけですよ。なんでもかんでも「犯罪の低年齢化」と言いすぎなんちゃうんか、大人にとって理解できないことを「キレる」という言葉で子供のせいにして必要以上に憂いすぎなんちゃうんか、ぼくはそう思います。
今回のニュースでも、確かに小学6年生が人を殺したという事件そのものはショッキングな大事件なのですが、なかでも発端がチャットというところが必要以上に大きく報道されています。チャットって日本語にすれば「おしゃべり」で、しゃべっているうちに喧嘩になって殺したんだったら普通だから補足程度にしか報じられないんだけど、カタカナで「チャット」だとおじさん方にはよくわからないからキャッチーなんでしょうね。よくわからないから「キレる子供」「低年齢化」「凶悪化」でまとめたくなるんでしょうね。

こういうマスコミの非論理的過剰反応は、虐待死なんかについても同じことが言えると思います。
本来であれば虐待により小さな子供が死に至った事件の報道の数だけを見て何かを判断することはできません。「親が自分の子供を殺す事件」というふうに視野を広げて、60歳の親と30歳の子供の間の殺人の件数の推移について考慮する必要もあるでしょう。仮に幼児殺しに限るとしても、大昔は生まれてきた子供を食わせる余裕がなくて殺した時代があったわけで、実は件数的には減っているのかもしれません。そういう多方面からの考察を経ずにノリで「親が子供を虐待する時代だ」と報道するのは論理的ではありませんし、なんの解決も生みません。


話を「チャット殺人」に戻します。きっと彼女らくらいの年齢だと、チャットって、それこそおしゃべりと同じレベルでコミュニケーションの手段として浸透しているんだと思いますよ。活版印刷や火薬なみに世界を変えたであろうインターネットという発明品に対する感覚は、物心ついたときからそれが存在した世代(=小学6年生)と、それがなかった世代(=「顔の見えないネット上のつきあいが今回の事件を」と言いたくなる人)の間では、大きく異なるのです。
だからこの事件は「その子供が同級生を殺した」という観点のみから報道され論じられるべきで、発端がネットであることや、そういえば最近ほかに子供が人を殺したことがあったような気がすることなんかと、いっしょくたにして考えるべきではありません。ましてや今後いろいろな情報がリークされて犯人の女の子を取り巻く状況が明らかになってきても、例えば女の子が塾に通っていたり片親だったり不登校ぎみだったりしたことが明らかになっても、食いついたりしてはいけませんよ。

もっというと、凶悪犯罪が低年齢化しているかどうか、というのはどっちでもいいことだと思います。大事なのは、どっちなのか自分で考えること。上に引用した記事のあとでも、子どもたちのメディア事情に詳しい稲増龍夫・法政大教授さんはちゃんと「もっとも、子どもたちは絵文字を入れて、言い過ぎを修正したりするのが普通で、ネット上の書き込みが引き金となって殺害するまでの感情に発展するとは考えがたい」と言っているのです。そういうところは記事ではサラッと流されるので、気をつけないと記者の言いたいことだけしか頭に残らないんですけどね。

もちろんぼくが「凶悪犯罪は低年齢化していない」と言ったからといって、それを信じる必要もありません。凶悪犯罪が低年齢化しているかどうかの議論からは、今回の事件に対する解決は生まれません。必要なのは凶悪犯罪が低年齢化しているかどうかについて、新聞からではなく自分の頭で考えること。
仮に「凶悪犯罪の低年齢化」が起きているとして、そういう報道をうのみにしない想像力と論理的思考を子供に身につけさせること、それこそが、「凶悪犯罪の低年齢化」を防ぐ手段なんじゃないかなと、ぼくは思います。

築地の一日

2004/6/2

おとといの日記で「明日は築地の風景について」うんぬんと予告しましたが、すいませんきのうはバタンキューでした。慣れないなかで月曜は暑いし、火曜は大雨だし、なにより4時起床なのに初日はほぼ徹夜、2日目も睡眠3時間と勝手に時差ボケ状態を作りだしていたため、体力的に限界でした。夜7時くらいにベッドに腰かけて本を読み始めたら半ページもしないうちに寝てしまい、朝まで泥のように眠りました。
しかし、おかげで今日は睡眠十分で、しかもからっとしてすごしやすい陽気でしたし、さらに一週間のうちで最もヒマな水曜日。むっちゃ元気に働きましたよ。だんだん慣れてきた感じです。


というわけで、遅ればせながらぼくの新しいアルバイトについてご紹介。

ぼくが働いているのは、築地市場の中にある高級魚の卸売会社です。みなさんがお魚屋さんで買う魚、お寿司屋さんで食べる寿司の上の魚、東京であればこの多くは築地で毎朝水揚げされているわけですが、魚屋や寿司屋が毎日築地に行って競り落としているとは限りません。そういうケースもありますがむしろまれで、工業製品に製造業者・問屋・小売業者等が存在するのと同じように、築地と寿司屋・魚屋の間にもさまざまな階層の中間業者が存在します。
そのうちの一つがぼくの働いている会社で、主に高級魚をスーパーや飲食店に卸しています。取引先の注文に応じて毎朝魚を競り落とし、顧客のところに納品します。また単に魚を一匹ぼーんと届けるだけではなくて、調理に適した形にしてから販売するということもやっています。
ぼくはその加工、つまり〆たり三枚におろしたり火を通す直前の大きさまで切ったり、という作業を通じて包丁の勉強をするつもりでこのバイトを選びました。

が、しょせん未経験の駆け出しでございますので、まずは他の仕事を通じて会社の業務の流れを知る、というところから修行をスタートしております。
まず朝6時から始まるのが荷物運び。取引先のうちスーパーは納品する量が多いので、うちが直接配達するのではなく間に運送会社が存在します。会社の店舗(といってもそこで値段をつけて販売しているわけではありませんが)の中で注文の品をそろえて、やはり市場の中にある運送会社のところに運ぶ、という仕事です。高級魚の卸売会社ですので、取引先は成城石井なんかの高級スーパーです。
ちなみに、朝6時に行ってその仕事をする、ということは当然その前にセリは終わっているわけです。水揚げが2時ごろからあって、3時ごろからセリが始まって、それから6時にその作業が始まるのです。朝6時で「築地の朝は早い」とか言ってる場合じゃあないのです。

7時半ごろにはスーパーに届けられるすべての商品を運送会社に運び、その次は飲食店への配達です。こちらもお客さんは高級飲食店が中心。例えばぼくの担当エリアの一番大きな先は東京プリンスホテルです。スーパーの場合と同様に商品を揃え、伝票をチェックして納品書を作り、トラックに積み込んで担当の飲食店に配達して回ります。
それが終わるとだいたい2時半すぎ・・・つまり定時です。というわけでまだ実際には魚に触るのはほとんどがビニール袋ごし。包丁への道はまだまだ遠いのです。


築地市場の場内は、前に働いていたS橋から1キロも離れていないところにこんな世界が!と思うほど、とにかく別世界です。出勤直後の朝6時ごろが場内の混雑のピーク。市場中を所狭しと人が、トラックが、荷物を山と積んだ台車が、ターレが走り回ります。
ん?ターレ?
築地でむちゃむちゃ走り回っている(そして築地以外のところでは目にしたこともない)荷物運搬用の小型輸送機、それがターレ(正式名称:ターレット)です。
こんなんです。



前についた筒みたいのがハンドルになっていて、人が乗ってそこら中を走り回っています。



いっときますけどこの写真は昼休みに隠し撮りしたものです。朝の忙しいときにそんなヒマはありません。そしてお昼すぎと言えば築地時間にすれば夜8時くらいなもんで、写っているのも仕事を終えてのんびり帰宅するドライバーたちのようなもんです。朝の忙しいときには、道は上の写真とは比べ物にならない数と密度で、荷物と殺気を満載したターレに埋め尽くされます。
ほかにトラックや台車や人でも埋め尽くされますので、混雑ぶりは相当なものです。そして場外での交通ルールは築地では通用しません。車線とか左側通行なんて概念はありません。もちろん信号もありません。唯一のルールは「通ったもん勝ち」。ぼやぼやしてるとちっとも前に進めず、それどころかケガをします。
ところが今の時期は「まだ空いているほう」という話。これで空いているって、じゃあ混んでるとどうなるのか?話によると秋なんかはそこらじゅうがサンマで埋め尽くされるそうです。とにかく朝の築地はあれやこれやで埋め尽くされているのです。


さてさて、そんなターレの群れの中でぼくが生きていけているのか?という話ですが、実はこれが今のところ案外うまくやっています。
体力的にどうやねんとよく言われますが、寝てなかった1日目2日目はキツかったけど、休みを十分にとった本日はひと仕事終えてもぜんぜん元気。また重いものを持つことについても、一個一個の荷物はそんなに重くないので思ったよりは楽です。
学生時代にも飲食店で12時から24時まで週5日、とか働いてましたので、実はそんなに体力がないわけじゃないんですよ。会社勤め時代はよく「病気」で休んだり遅刻したりしていましたが、そのうちの多くは二日酔いだったりめんどくさくてサボったりしていたのです。いま明かされる衝撃の事実。

そんなわけで、だんだん仕事のペースはつかめてきました。5勤に慣れた身が、水曜を終えてもまだあと3日あるというのに少々違和感を感じていますが、これもそのうち慣れるでしょう。とりあえず、まだあと3日は大丈夫!明日もがんばりましょう。

働くと、腹が減る

2004/6/3

毎朝5時6分の電車に乗って築地に向かいます。4時51分の始発に乗らなくても間に合うことがわかったので一本後の電車に乗ることにしました。15分しか違わないのですが、心の余裕がほんの少しだけ違います。
いずれにせよ4時起きで、朝ごはんを作っているひまはないのですが、かといってしっかり食べないと力が入らない。というわけで前の夜のうちに大きいおにぎりを二個作っておいて、せわしい朝の時間にうなぎいぬを放ちながら食べたり、それも時間がないときは電車の中で食べたりしています。

お昼ごはんは日によってまちまちです。商品の配達の進み具合によって、配達先の近くで食べたり、築地の場内に戻って食べたりします。急いで配達しないといけないものがひと段落してからお食事タイムなので、注文の状況によって時間もまちまちです。
最初は、築地の食事といえばやっぱり場内の長屋みたいな渋い小さな店だろ!と思いました。取れたての魚を使ったおいしい料理、そうねぇまぐろ丼とか、それが600円ぐらいの手ごろなお値段で食べれたりするんでしょ!
と、場内の魚ランチをちょっと楽しみにしていたのですが、そうした事情により初日は普通に外のお店で鳥丼を食いましたよ。うまかったけどね。今日はいっしょに回っている社員さんに会議の予定があったため時間もなくて、立ち食いそばでした。

それに、期待していた場内の食事、これも実はたいしたことないんですよ。たしかにイメージどおりに長屋状に小さな飲食店がたくさんあって、お昼どきには近所のサラリーマン・OLや観光客までやってきて行列ができる有名な寿司屋なんかもある。
でも、ほとんどは普通の洋食屋さんとかなんです。寿司屋とかまぐろ丼の店とかもあるにはありますが、むしろ少ない。築地で働いている人は売るほど魚に囲まれているわけで、あえて昼ごはんまで魚を食おうとは思わないのかもしれません。
値段のほうもぜんぜん安くないです。安いところもあるけれど、そこは安いなりにうまくないらしい。働いている人が「うまい」と勧めるところは、うまいなりに高い。要するに、普通の街の飲食店街のお昼の風景でございます。
でも2日目に食べたポークにんにくはうまかったなあ!ポークソテーのにんにく味なんですが、初めてラーメンにおろしにんにくを入れたときの感動が口の中に蘇るような強烈なにんにくの風味。それに、ライス大盛りカレーがけをかきこむと、労働で疲れた体もいっとき蘇るのです。お値段880円なり。ふつうの洋食屋。

ちなみに、今でも牛丼を売っているという(並盛500円)有名な吉野家も長屋のうちの一軒です。ここが吉野家の一号店なんですって。




あと、こちらは期待どおり、魚はけっこうもらえます。あがる間際に、余った魚を氷といっしょにちょいちょいっと袋に入れて持たせてくれたりします。ほしいものがあれば仕入れ担当の人に頼んでせり落としておいてもらうこともできるようです。
初日は、注文がキャンセルになったするめイカを1杯もらいました。(いっぱい、ではないよ、1ぱい。1匹。)帰って自分でさばいて刺身にして食ったイカの、なんともうまかったこと!もちろん呼子で食べたイカの活け作りには及びませんが、自分でさばいて食べる刺身、というのは格別です。
それに一日汗をかいて働いた対価としていただけた食料のような気がして、心から「生きるために、働いたんだ」という実感があります。そして、働いたから、腹が減るんだ。腹が減ったら、うまいんだ。
実はこの時期のイカは実は1年でいちばんしょぼいらしいのですが、それでもはらわたを使って塩辛も作りました。塩辛はふつう少し寝かせてから食べるわけですが、ゲソとわたと塩と酒を混ぜてちょっと味見をしたらむちゃくちゃうまくて、もともと塩辛好きなもので「もう一口」「もう一口」と食っているうちに、あっというまに全部食べてしまいました。


ところで、食べ終わって気づいた。
イカって、ひょっとして高プリン体?しかも塩辛って、むっちゃヤバくない??

ちなみに今日はエビの頭ばっかり100個くらいもらいました。素揚げにして塩を振るとビールのつまみに最高、だそうです。
エビも、高プリン体。しかも脳みそ。エビの頭を食ってビールを飲むのは・・・ちょっと自殺行為ですね。痛風騒ぎの余韻も覚めやらぬというのに、誘惑の多すぎる勤務先なのです。

闘病生活

2004/6/4

あの痛風騒動から2週間。「痛くないし尿酸値も正常なんだから痛風じゃない」と信じつつも、心のどこかでプリン体を多く含みそうな食品や酒を敬遠する日々。いや、正確には遠ざけてはいなくて、「プリン体が多そうだな〜」とためらいながら食べるし飲むだけなのでちっとも食事療法にはなっていない日々。しいていえばビールは最初の一杯でやめて焼酎のロックを飲み始めるように心がけているくらい。(←酒飲みの痛風持ちにありがちな誤った妥協)
そんなことでは、百歩譲って痛風だとしても治療にはならないし、痛風じゃないとしてもおいしいものの楽しみ半減の味気ない食生活なのだ。こうなったらあの医者の口から聞いてやる!「完治しました!」の一言を!
ついでにあのかわいい看護婦さんから聞いちゃおうかなー電話番号とか。

いや失礼。
前回通院時に、2週間後にもう一度来て検査するように言われていたので、金曜日はバイトを定時の2時半きっかりにあげてもらって家の近くの病院に行くことにしました。
ちなみに、バイト先の人たちに「今日は病院に行かないといけないので定時で帰らせてください」と言うと当然「なんの病気?」と言われ、「痛風なんですよ」と答えると「そうか!俺も健康診断で尿酸値が高いので気をつけろって言われてさ〜」とか「実は俺も高血圧でさ〜」とか盛り上がります。おっさんたちと仲良くなれる、痛風の意外なプラスの副作用。いやだ。

さて病院にて、2週間ぶりに医者とご対面。「おお、腫れも引いたねー。ほかに痛みはありませんか?このまえ処方した痛み止めは飲んだ?」と医者。「ありません!飲んでません!」と力強くぼく。診察と言っても足首を見て様子を聞いて「じゃあもう一回尿検査と血液検査をしましょう、検査の結果と症状をみて今後の方針をたてるので1ヵ月後にもう一回来てください」というだけ。
お待ちかねの個室での採血も、今回は前回のかわいい看護婦さんではなくて、血を抜かれるのもしゃくなぶーちゃんでしたよ。この採血タイムを楽しみにしてたのに、これじゃあソープでNo.1の姫を指名して行って振り替えにあったようなもんだよ!(大人の比喩)
行ったことないけど。(いまさらのフォロー)

こんなんで診察料2760円なり。痛風の発作が起こりそうなときに飲んで一時しのぎをする頓服薬というものの処方せんをもらいましたが、あるんだかないんだかわからない症状にこれ以上金を払うのもしゃくだし、なにより発作など起こるはずがない!プンプン!と処方せんは破り捨てて薬局には行かずに帰りました。

というわけで2度目の通院は不愉快このうえなく終了。次回は1ヵ月後。全快(と看護婦さんの電話番号)への道はまだまだ遠いのです。

週末

2004/6/5

土曜日。
これまでだったら一週間は金曜日で終わり、金曜は飲みにでも行って土曜は昼までぐうたら、というのが定番だったのですが、いまは土曜でも朝から仕事があるという恐るべき事実。だのに金曜の夜には5勤を終えた気楽なサラリーマンどもに誘われて飲み会があったのです。ぼくの送別会と、4月に配属された新人の歓迎会を若手でやろうという趣旨で、いつものマッコリ屋にて。いまさら。
けっきょく金曜夜は築地のバイトの話と痛風の話などをしながらけっこう遅くまで飲みました。ホルモンもがっつり食いました。しかし朝も早いし眠いし痛風は気になるしでどうにも集中できませんでしたね。悲しいなあ。

明けて土曜の朝は、起きれるかどうか心配だったのですがどうにか無事に起きてバイトに行きました。二日酔いというか、早朝は普通に酔ってました。むしろ仕事中に二日酔いがきました。
でもこの日は注文が少なくてヒマだったので仕事は楽でした。築地の仕事はお客さんの注文に直結しているので、飲食店やスーパーの客足が少ない梅雨どきはヒマになります。しかもぼくが担当しているエリアはオフィス街なので、土日はそもそも休みだったりして荷物の量も少ないのです。だもんで酔っ払いながらトラックを運転してなんとか一日を、そして最初の一週間を、無事に乗り切ったのでしたとさ。

帰りには、注文がキャンセルになったボイルホタルイカをゲットして家路に。体内時計より一日遅く、ようやく一週間が終わりました。
家に帰って、ホタルイカをつまみに焼酎を飲んで晩酌です。晩酌といっても4時ごろからですけど。これがまたうまかった!宴席に集中できなかった金曜日の仕切り直しをするように、本など読みながらひとりで一日遅い週末を満喫したのです。

DELETE!

2004/6/6

とまあ土曜の夜はのんびりと週末を満喫して夜9時くらいには寝たため、日曜は朝の5時に目が覚めました。すっかり早起きが板についてきたのが少々悲しくもありますが、でも休みの日に朝早く起きると一日が有効に使えていいですね!朝から部屋を片付けたり洗濯をしたりと家事にいそしみました。

そうだ、これから市場で魚をもらって帰ることも多くなるから、魚料理ができるようにとガスコンロの掃除をしようと思いたちました。
うちのガスコンロはとにかく汚い!フライパンや中華なべを振るととかく具がこぼれがちですが、これまでそうしたこぼれた食材を片付けたことなどありません。「うちのコンロの下にこぼれている食材を集めると、チャーハンが1杯できる」というのが自慢(?)でした。写真をごらんください。



まるで焼け野原ですね。日記用にわざとみすぼらしくして撮影したわけではありません。素です。グリルのふたがずれているのも、その上に一本そうめんが横たわっているのも素です。
そしてグリルがとにかく汚い!これまでは、魚か肉かと言われればためらいもなく肉だし、グリルやまな板が汚れるのも面倒なので、家で魚を料理して食べること自体あまりありませんでした。
うちのグリルは、だいぶ前にサンマを焼いた後に放置して、しばらくして開けたらすごい異臭を放っていたのでなかったことにして閉じて、それ以来ほったらかしになっていました。あれが引っ越してきたばかりのサンマの季節ですから、かれこれ2年近くになりますか。
そんな開かずの扉をドキドキしながら開けたら・・・案外ふつうでした。においもしませんでした。きっとカビや異臭も乾ききっていたのでしょう。
グリルとコンロとコンロ台を金だわしとクレンザーでごしごしこすって、だいぶきれいになりました。



焦げ付きはどうしようもありませんが、五徳も輝きを取り戻してぴっかぴかです。これで魚も焼けるぞ!

そんなこんなで日曜の朝は有意義に過ごしました。5時に起きると、これだけいろいろやっても朝の9時、一日はまだまだこれからです。4月からの2ヶ月をダラダラと過ごしたように、時間があると思うとなんにもしないけど、ないとわかるととたんに有意義にすごせるものです。部屋もコンロもきれいになってちょっといい気分でした。
今日はなにをしようかな、ビリヤードに行こう、日記も書かなきゃ、いろいろできるぞ。



そうだ、パソコンをなんとかしよう。魔のHDD「サタン」ことMPG3409ATがクラッシュして以来、同型のHDDを求めさまよい基盤交換を繰り返してそのたびに失敗してきました。西のソフマップにMPG3409ATがあると聞けば行って買ってきて、東のヤフオクにMPG3409ATがあると聞けば落札して入手しました。幸いヤフオクに出品すると高値で売れるので金銭的には負担になっていませんが、けっこう手間のかかる作業です。
働き始めてから手をつけていませんでしたが、先週も1台ヤフオクで手に入れていました。実はこれが壊れたHDDと製造時期がいっしょで、基盤がマッチして読み込まれる可能性が高いと期待できるのです。

久しぶりにPCの箱を開け、冷蔵庫に安置していたサタンを取り出して、今ではすっかり慣れた手つきで入手した期待のMPG3409ATと基盤を交換してPCにつなぐと・・・なんと認識した!動いた!!直った!!!
こうして、苦闘1ヶ月、最後はあっけなくついにサタンの除霊に成功したのです。
といっても、新しく構築した環境の整備が進んでおり、いまさら復活しても、むしろ新しいHDDとの折り合いをつけるのが大変だなあと若干複雑な心境でした。


そんなことを考えながら復旧作業をしていたら・・・なんと誤ってHDDの中の全データを消去してしまいました!しかもゴミ箱からも消去。あっさり書きましたがけっこう大変なことです。
まあ消したのはデータ用ドライブだし、中でも重要なものはバックアップを取ってあったし、フリーの復旧ソフトでほぼ確実に元に戻るのですが、とにかく時間のかかる作業なのです。
消してしまったドライブのファイルで過去にゴミ箱行きになったものを復旧ソフトで全て表示させ(全部で500ファイルくらいある)、その中で必要なものを探し、別のドライブにコピーするという単調な作業。下手に上書きをすると消去したデータが失われてしまうので、それが終了するまで基本的にパソコンは使えない。そういうわけでしばらく日記の更新ができなかったのです。ようやくほぼ全てのデータを取り戻したっぽいのでさかのぼって日記書いてます。実は水曜日。

というわけで、うちのパソコンはHDDクラッシュから不慮のデータ喪失まで一連のトラブルをひととおり経験しました。けっきょく復旧しなかったデータもあるんですが、もうどうでもいいって感じ。むしろパソコンのデータも含めて「形あるものはいずれみな滅びる」という悟りを開いた感があります。
せっかく基盤交換に成功したのですが、MPG3409ATは取り外してそのへんにほうってあります。つなぎなおして環境を復活させるのがめんどうなのです。パソコンの中のエロ動画とかって人生にとって大事なもんじゃないんだと、はっきりとわかりました。

築地の人々 一般人編

2004/6/7

さて月曜日。一週間が始まります。また少し築地の場内の様子を紹介しましょう。

みなさんが想像するとおり、場内には魚がごろごろ、売るほど横たわっています。実際売ってるんですけど。



大きさ的にも形的にも蹴り倒されたボブ・サップみたいな、でっかいマグロもあったりします。そういうのはパワーショベルで運搬されたりもしています。パワーショベルのスコップのところ、工事現場なら土砂やコンクリートを掻き出すところにマグロを乗っけて運ぶのです!

魚のほかに意外と多いのが観光客。
こうした国営の大規模な魚市場というのは世界的に珍しいらしく、外国人の姿が目につきます。早朝の電車には外国人がけっこう乗っており、彼らはみな築地で降りて市場を目指します。そしてものめずらしそうに場内の様子を見て回ります。店頭で魚をさばく様子をビデオで撮ったりしています。きっと「オー!デビルフィッシュ!」とか言ってるんだと思います。



またお昼どきには、近所のオフィス街からランチ難民たちが大挙して押し寄せてきて場内の飲食店に行列を作ります。



おかげで当のぼくらは、昼食のタイミングが12時台になると場内で食べることができずに、配送先の近くのラーメン屋かなんかですませなければいけなくなるのです。

あと土曜日には、カップルなんかがやってきて楽しそうに場内の様子を見て回ったりもしています。とにかく築地は働いている人以上に観光客でにぎわっているのです。
彼らは朝の忙しい場内でもうろちょろしているので邪魔です。こちらは混雑した場内をトラックや荷台で動き回らなければいけないのでいい迷惑です。トラックでひき倒すか、トラックのでっかいサイドミラーでラリアートでもかましてやろうかとすら思います。

なんて言っても、ぼくもこうして仕事中にこっそり写真を撮ったり日記のネタにしているので似たようなもんなんですけどね。

かくも重き2バイト

2004/6/8

火曜日。先週一週間は朝の築地バイトに慣れることで精一杯でしたが、ようやく慣れてきたところで今日から2つ目のバイトもスタートです。
6時から3時ごろまで築地で働いて、5時から12時まで渋谷の某定食屋チェーン店で働きます。その店はいまは改装中で営業していないため、オープンまでは別の吉祥寺店で研修することになりました。

バイトの募集にはとうぜんキッチンで応募したのですが、面接で「ホールもキッチンも両方できます!」と気合を見せたのが裏目に出て、どうやらホールの人員が足りなかったらしくホールの研修から先に受けることになっちまいました。築地のバイトも配送ばっかりで加工場に入れないし、こっちもホールだしでいきなり計画が狂っています。

とはいえ自分でも、いきなりアルバイトをするとしてホールかキッチンのどちらに向いてるかと言われれば間違いなくホールだと思うんですよね。ホールって、どこの飲食店でもオーダー名と卓番さえ覚えればあとの動きとやることはいっしょです。今日も、だれもなんにも教えてくれなかったんですけど勝手にむっちゃ働きました。
だもんである吉祥寺店の人には「ヘルプで来たんですか?」と聞かれました。いいえ初日です。初日からこれだけ働けるんだからえらいぞ自分、と正直思いました。
あと「関西出身ですか?」「24才くらい?」「学生さんですか?」とも言われました。全部ちがう、アイアム店長28歳!

てな具合に24時までばりばり働いたんですが・・・正直疲れました。帰り道にはぐったり。腰が痛いです。早朝から深夜まで働くのがこんなに大変だとは思ってもみませんでした。
2バイト。パソコンの世界では半角2文字全角1文字の小さな重みなのですが、バイトを2つかけもつというのは話が違います。とんでもないことを始めようとしているんだなあと、運良く座れた電車の座席で寝過ごさないように目を開けながら、考えていました。


そんなとき、終電でふと聞き覚えのある声を聞いたような気がして、声のしたほうを見てみるとなんとすぐそこに中学・高校の同級生がいました。
彼はなにかの飲み会でもあったらしくけっこう酔っ払っていて、こちらには気づいていないようでした。帰り道がいっしょの女の子2人と同じ電車の中で、そのうちの一人にたいそうモテていて「もう電車ないから家におじゃましちゃおうかな〜」などと露骨にアタックをかけられており、彼もまんざらでない様子でした。男子校時代の学ラン姿しか印象になかったので、スーツに身を包み女の子にまとわりつかれる彼の姿を見て少し不思議な感じがしました。彼は確か某有名電機メーカーかどこかに就職していたはずです。

昔は家も近くて遊びにいったこともあったりしてけっこう仲のよかった友だちだったので、声をかけようかと思いました。でも彼は女の子といい感じだし、ましてやぼくは仕事をやめてアルバイトの身。2つのバイトで疲れ果ててぼろぼろになって帰宅する途中なのです。なんて言って声をかけたらいいのかわからなくて、ぼくは思わず膝に乗せていたリュックで顔を隠しました。声をかけたいのか、かけたくないのか、再会したいのかしたくないのかわからず、ただぼくはリュックに顔をうずめていました。
たぶん今の姿は見られたくなかったのだと思います。今の、ただもがいているだけでどこへも向かっていない姿は。
ふとぼくは、定食屋のバイトで禁止されていて外していたピアスのことを思い出し、ポケットの中から取り出して耳につけました。揺れる電車の中で鏡もなく、なかなかうまくつかずとても痛みましたが、なんとかつけました。それをつければ別人になり、彼に見つからずにすむかと思ったのかもしれません。

こうして、果てしない疲労の末に、2バイト初日は終了したのです。

Strugle within

02004/6/9

築地の仕事も第二・第四水曜日はお休み。今日は始めての休市日だった。火曜にバイトのかけもちに初挑戦して疲れきっていたので泥のように眠り、気がつくと午後4時だった。朝4時に起きる生活では一般人との時差が3時間あるともいえ、午後4時とは俺時間でいうと夜7時なのである。せっかくの休みは起きたそばからもうすぐ終わりなのである。がくぜんとした。せっかくの休みなので本を読んだり買いものに行こうと思っていたのに。

休みは残り少ないけれど、最低でも日記を書かないと。PCのトラブルのせいもあってホームページはしばらくほったらかしだ。とりあえず5日分まとめて一気に書くことにした。
書くことはいっぱいあると思ったのだが、まとめて書くとおもしろくなくて、書いていて自分でもうんざりした。疲れているのか、ちっとも言葉が沸いてこない。悲しい。
サイトのアクセス解析を見ると、やはり毎日更新をしないと如実にアクセス数は減っている。悲しい。更新していなくても来てくれる人がいる。そういう人は、更新されていないページを見てがっかりして帰るんだろうなと思う。悲しい。
いや、実はアクセス数なんて本当はどうでもいいことなのかもしれない。ぼくはここで自分の頭の中のいろんなもやもやした風景を日記として形にすることで、排泄や呼吸にも似たカタルシスを得ているのだ。日記が書けなければ、便秘だ。窒息だ。苦しい悲しい。

早朝から深夜までバイトをするというのが想像以上に過酷だということに気づいたせいもあるだろう、パソコンのモニターを眺めているとどんどん悲しくなって、弱い考えばかりが浮かんできた。
ぼくはアルバイトをするにしてもただ時間を売るのではなく、同時に売った時間で何かを買える仕事をしようと思って市場の仕事とレストランの仕事を選んだ。でも実際には、築地の仕事はまだ魚の加工にはほとんど関われず、もっぱら配達ばかりしている。配達が早めにすんでたまに加工場に入れても、できるのは魚の骨抜きばかり。魚の種類にはだいぶ詳しくなるだろうけど、包丁の技を身につけられるのはいつのになるのだろう。まだほんの10日だし、修行とはそんなものでその中から少しずつできることを増やしていくしかないというのは頭ではわかっていたけれど。
ましてや夜のバイトはホール採用だ。そつなくこなしてはいるし、来週から本格的に2バイトが始まっても体力的にも慣れればやってやれないことはないと思う。だけれどもどちらのバイトももくろみとは違って料理の周りをうろちょろしているだけのように思えてしまう。
もちろんやめるわけにはいかない。ここでやめたら何もかも中途半端で、きっとこの先何をやってもぼくはダメだろう。でも、こうしてもがいている自分が、時間を売るかわりに何かを得ているのか不安になってきた。

体が疲れ、疲れを癒すだけで休みが終わってしまう現実に、弱気が頭をもたげてきてしまった。ちっとも日記がおもしろくないし進まないので、勢いづけに酒を飲んで書いた。余計に文章はぐにゃぐにゃになった。
頭の中の絵が腐ってしまう。

強がり

2004/6/10

そんなネガティブな思考の中で、木曜日には前の会社の飲み会がありました。

退社したぼくを含め、3月末に異動した人と4月に入ってきた人の歓送迎会です。って6/5の日記と同じなんですけど、先週のは若手だけのゆるやかな飲み会、今回のは部長以下全員が参加するオフィシャルな飲み会です。毎週やんなくてもいいよ、つーかそれ以前にどちらも「いまさら」だなあと思いますが、会社というのは不思議なところなのです。
今日はなんだか築地のバイトが忙しくて、あがったのは結局5時前でした。歓送迎会は6時半から。会場は築地からすぐ近くですが、汗と魚にまみれた体で行く気にはなりません。遅刻覚悟でいったん家に帰ることにしました。

家に帰ってシャワーを浴びました。タオルで体を拭いたら、タオルまで魚くさいのでげんなり。毎日魚をもらってきて料理して、タオルで手を拭くのでにおいが移っているのです。そこで魚くさいタオルは洗濯物のカゴに投げ捨てて新しいタオルで体を拭き、会社の飲み会だけど必要以上に派手に装って乗り込むことにしました。黄色いパンツをはきました。ピアスだってつけたままです。

案の定15分ほど遅れて乾杯後のパーティー会場に到着。スーツの人たちの中に異邦人ひとり。
とうぜん出て行く人の挨拶というのがあり、ぼくはいまネガティブ思考の真っ最中であいかわらず自分の言葉が見つけられずにいたのだけれど、強がってこんなことを言いました。

「いまバイトを2つしていて、料理の勉強をしています。体力的につらいけれども、夢に向かっているんだと思えばちっともつらくない、むしろ楽しいです。自分のやりたいことだけを考えてそれがやれるというのはとても幸せなことだと思います。会社を辞めてみて、ひとつのことに集中するというのはすばらしいことだと思いました。今はスタートしたばかりですが、次の機会には、別のステップに進んだ姿でまたお会いできると思います」

精一杯の、強がりです。本当は夢に向かえているのか自信が持てずにいるのだけれど、みんなの前でそれを認めるわけにはいかないのです。みんなにではなく、自分に言い聞かせたのかもしれません。

そんなぼくの挨拶を聞いて、「充実してそうだね」と言う人がいました。本当はけっこう苦しんでいます。
「顔立ちが精悍になったね」と言う人がいました。やつれただけです。
「ワイルドないなった」と言う人がいました。ヒゲそってないだけです。
強がりを、言っているだけです。夢なんて、そう簡単に手に届くもんじゃないです。だから強がらないとやっていけないんです。

こうなったらとことん強がってやる。いまは強がるしかないんだ。もがいてさえいたらいいんだ、前に向いてても後ろに向いててもいいじゃないか。ぼくが進む方向が、出口だ。そうだろテラさん。

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