というわけで本日、はやる心を抑えて病院に行ってまいりました。
医者 「ありゃりゃ、腫れてるねえ。ぶつけたり傷つけたりした?」
店長 「・・・いえ」
医者 「どれくらい痛い?」
店長 「・・・ほんのちょっとです」
店長の心の声 「だから、痛風じゃないんです!」
医者 「ほかに痛いところない?手足の指の付け根とか」
店長 「いや、ぜんぜんないです!!」
店長の心の声 「そんな、痛風っぽい質問しないでください!」
医者 「お酒たくさん飲む?」
店長 「た・・・たしなむ程度に・・・・」
店長の心の声 「ダメだ・・・完全に疑われてる」
医者 「んー、痛風ですかね」
店長 「えっ!!?」
店長の心の声 「えっ!!?」
そうして、ぼくはレントゲンと血液検査と尿検査を受けました。
医者 「レントゲンは異常なし、と。検査の結果も、尿酸値は5.8ねえ・・・正常なんですけどね。ま、痛風でしょう」
店長 「ででででも、ぜんぜん痛くないし、足の親指の付け根じゃないし、発症してから24時間以内に腫れがピークに達したわけでもないし、前日に誘因となるような高プリン体のものを食べたわけでもないんですよ?」
店長の心の声 「ちょっと待てい!痛みもなくて発症のしかたも違う、そもそも検査の値も正常なのに見た目オンリーで痛風とはこれいかにぃ!!」
医者 「よくご存知ですねえ。ま、そういうこともあるでしょう。他に考えられませんからねえ」
店長 「そんなあ・・・」
店長の心の声 「どうしよう・・・サイト名変更だ・・・・」
かくして、ぼくは「痛風」の診断を受けました。
アルコールと肉・レバーなどの高プリン食品を避けるよう注意を受け、尿をアルカリに保つ薬を飲んで2週間後にもう一度検査を受けるように言われました。ええとこのへんは夢うつつだったのでよく覚えていません。
そして先生の診察は終わり、診察室を移ってステロイド注射。ぷすり。
はああ・・・痛風の無職・・・この若さで・・・痛風?
店長「あの、私28歳なんですけど、これくらいの年で痛風ってなるもんなんですかね」
看護婦「ええ、男の人ならなることありますよ」
ん・・・・ピンク色?
店長の心の声「看護婦さん、むっちゃかわいい!むっちゃかわいい!!」
店長「ま、また来ます!!」
看護婦「お大事に〜♪」
そっかー2週間後にまた会えるんだ♪と無理やりポジるワタクシ。
そうでも思わなきゃやってられまへんて。
診察料しめて5220円も胸に響きます。足には響きません。響かないんですぜんぜん痛くないんです!!
失礼、取り乱しました。
薬局で薬を処方してもらい、帰る道すがらもどんよりどよどよです。夕食はスペアリブのマーマレード煮にしようと思ってたのに・・・スペアリブの骨髄はきっと高プリンだろうな・・・。大根とわかめのサラダも作ろうと思ったけど、それだけじゃなくてもっと野菜買って帰ろうかな・・・・。
とぼとぼと帰宅。食事は「焼きナスのそうめん」でさっぱりとすませ、さっそく薬を飲みましょう。・・・が、カバンの中に薬がない!?忘れてきた??
さんざん探したら、意外なところにありました。
てっきりカバンに入れて持って帰ってきたと思っていたのですが、実際はビニール袋に入れて渡されて手に提げて帰ってきており、しかも家に入ろうとカギを開けたところでポストの郵便物に気づいて、薬のビニール袋をドアのノブに引っかけて郵便物を取りにいき、そのままノブにぶらさがっていたのです。
まさに、心ここにあらず。
すいません、黒いカリスマ主婦さん、次回のマッコリパーティーの際はノーホルモンでお願いします。あと店長にはプリン体99%カットの「淡麗アルファ」を用意してください。しんいち、明日の飲み会は一杯目からビールじゃなくてウィスキーを飲みます・・・。
反省の色なし。
だってさあ!絶対痛風じゃないよ!だって痛くないもん!それに前日に誘因となるような高プリンのものを食べたわけでもないし!だいいち検査の値は正常なんでしょ〜!!!それじゃあヤフー知恵袋とかわんないよ〜先生!
とはいえ、現代医学がこの足に「痛風」以外の病名を当てはめることができない以上、ぼくにはどうしようもないわけで・・・。医者にもらった痛風の注意事項を見ると、「適度なお酒の量:日本酒なら1合、ビールなら中ビン1本、ウィスキーならシングル2杯」・・・・無理。
こうなったら水を飲んで飲んで飲みまくって2週間後に劇的に尿酸値を下げてみせます。0.8くらいに。逆に尿酸結石ができるくらいに。そしてあの看護婦さんと仲良くなるのだ!!!
そうでも思わなきゃやってられまへんて。
ただし、第一印象・痛風。
最悪。
※この日は痛風記念特別トップページでお送りしました。
実家に電話した。
「野菜ジュース、届いたかい?」
「あ・・・うん・・・・ありがとう」
「あんた料理するから食事は大丈夫だろうけど、野菜も意識して食べないと栄養のバランス崩れるよ」
「うん・・・気をつけます・・・・」
ごめん母さん、届くの一週間くらい遅かったよ!
きのうの衝撃の告白から一夜、左足首の腫れはステロイド注射が効いたかだいぶ収まりました。おかげさまで多くの方から励ましのカキコやメールをいただきまして・・・ってHDDクラッシュのときと同じパターンだなあ。しかしあのときよりは若干嘲笑の度合が高いような気が。
いいや、笑いたきゃ笑えよ!ああ俺は痛風だよ!28歳、無職、痛風!!
いやいやいやこれは絶対痛風じゃないんだ、だって痛くないもん、24時間以内に腫れがピークに達してないもん、最近お酒飲んでないもんと自分に言い聞かせながら、ふと気づくとヤフーで「痛風」を検索しているぼく。
どれどれ・・・なに?「最近では痛風治療のために過度な食事制限は行わない。なぜならそれにより下げることのできる尿酸値はごくわずか」「尿酸のうち食物由来のものは3割程度、他の7割は生体内の核酸代謝により必然的に発生しているもの」??よっしゃー!(ガッツポーズ)
「アルコールが代謝されるときに尿酸値が上がるので、どんな種類のお酒でも尿酸値や痛風にはよくない」??ふーん。(鼻くそをほじりながら)
よし、食ったる!
ということできのうは結局、予定通りスペアリブのマーマレード煮を作った。
「肉は煮ると煮汁にプリン体が移るので、よく似て煮汁を避けて食べるとよい」
うっさい、これがうまいんじゃ!ごはんにかけてガーッ!!
とはいえ、やっぱり野菜も食べないとねと思い、野菜を積極的に食べるモチベーションとなるよう味噌マヨネーズなるものを作ってみる。中途半端に小心なぼく。作っている間にも、この卵黄とか、サラダ油とかもプリン体チックな感じがするけど大丈夫かしら?と脳裏をかすめてしまう。
もういや!こんな生活。早く2週間がすぎてもう一度病院で検査して、「ほかに痛みもないですよね。尿酸値も高くないですねー」とか言われて、当たり前じゃもともと痛くないし尿酸値も高くないんじゃあ!とか心の中で言って、とっとと治療を終わりにしたい。必死だな自分。
えーHDDクラッシュ編、痛風編と続きまして、だいぶ遠回りした感がありますが、明日からはまた通常営業です。そして来週くらいからぼちぼち働きますよ。実は何件かバイトの面接も受けていました。条件的にちょっと合わないところがあって、いつから働くか微妙な部分もありますが、そろそろ社会復帰でございます。
いずれにせよ、早く人間になりたーい!!
過去2回にわたり開催され、大好評を博しましたプロレス初観戦ツアー。
そろそろ次もやりたいなと思っていたところにちょうど3104のじゅんが「プロレスを観たい」と言い出しましたので、「3104&ワカレミチ合同プロレスオフ会・根絶やし2nd〜黄泉返り〜」として7・4新日本プロレス後楽園ホール大会にて開催することになりました。
「2nd」となっているのは、当初6・13で「根絶やし〜死んでもらいます〜」として開催すべくリリースしていたのですが、同日がベスト・オブ・ザ・スーパージュニアという年1度のトーナメントの決勝戦になってチケットがあっという間に売り切れてしまったためです。
前回までも10人近くの大人数で観戦するちょっとしたイベントでしたが、今回は3104のメンバーのほかに、友だちの友だちまで集まって、実に総勢15名での観戦!
15人ともなると、たとえチケットが取れても横一列じゃあ右端と左端じゃあ離れすぎて一体感がありません。そこで、いちおう「5人×3列でまとまって観れませんかねえ」と新日本プロレスリング株式会社に電話してみました。
電話に出たのはム○カミさんという女性の方。名前的にはいやな予感がします。
(写真はイメージです)
が、新日は新日でもこちらのム○カミさんは非常に感じのよい女性の方。
「少々お待ちください」と言って電話は保留に。
新日本プロレスリング株式会社の保留音は・・・なんと「炎のファイター」です!保留ボンバイエ!
ひとり盛り上がって「イーノーキッ!イーノーキッ!」と口ずさんでいると、突然「お待たせいたしました」とム○カミさん。聞かれた。
しかし、けっこうそういうファンは多いのか、ちっとも動じないム○カミさん。なんでも、それだけの人数なので特別に優遇してもらえるとのこと!一般発売に先がけて15名分の席をキープしてもらえることになりました。言ってみるもんだ。
勢いで「半分くらいが初めて観る人で、将来のファン予備軍ですから、ぜひいい席をお願いします!」とぼく。「そうですか〜いつもお世話になっております。いい席、ご用意させていただきます!」とム○カミさん。さっそくお金を振り込みました。
というわけで15名分、チケット手配完了!また闘魂ガイドを作らないといけませんね。大人数、しかもいつの間にかぼくの知らない人もたくさんいます。これだけの人に闘魂を持ち帰ってもらうためには、いつにも増して気合を入れて段取りをしないといけませんね。楽しみだ!
松本バーボン式の企画で、タレサン協会員であるケメ子のライブにヘアーバンズ総統である内田夕張メロン(記念日)が神出鬼没、というのをやりました。
はい、わけがわかりませんね。
ぼくもわかりません。
とりあえず、会場である「都内某所の70年代テイストが好きな人々が集まる」というクラブに、わけもわからぬうちに到着する内田夕張メロン(記念日)

登場するやいなやファンに囲まれサインをせがまれる。

女性ファンにもモテモテで、まんざらでもないご様子。

そして最前列に陣取り、敵対するタレサン協会員のケメ子を威嚇。

ということで、今回もよくわからない企画でした。
前回のようにまじめなテキストでまとめをする気にもなりません。
フェレットというのはとてもクールな生き物に見える。うなぎいぬは放っておけばハンモックに丸まって一日中寝ているし、鳴かない。何らかの意思表示はカゴをひっかいて行われる。ガシガシガシ、金属的なカゴの音。これはとてもクールだ。
カゴをひっかくのはもちろん起きているときで、こちらを向いて盛大にかきむしる。「エサくれ」「水くれ「外に出せ」等の要求である。うなぎいぬがカゴをひっかき始めるとうるさくてかなわない。だからこちらもすぐにエサなり水なり外出なりの対策を講じてやらねばならない。
だがそんなうなぎいぬが、カゴではなくハンモックをひっかくことがある。かゆい背中を後ろ足でかくように、丸まって寝たままハンモックを前足でかきむしる。ボリボリボリ、有機的な布の響き。うるさくないのでこちらは放っておく。するとしばらくして音は止む。
もともとクールで無口な生き物なので、このハンモックをひっかく行為は彼には珍しく感情のこもった行動のように見える。飼い主に事務的な意思表示をするでもなく、自分の寝床の中でただ布を掻く。とてもプライベートな、たとえば自分に対する苛立ちや焦りや不満といった感情を、ハンモックにぶつけているような、有機的な布の響きだ。
彼にそんな感情があるとすれば、の話だが。
もちろん飼い主にはそういった感情がある。苛立ち、焦り、不満。
会社をやめて2ヶ月たったが、まだどこへも向かっていないことへの苛立ち。
どこへも向かっていないというよりは、どこへ向かったらいいかわからない、焦り。
一直線に見えた自分の夢に、一歩たりとも向かっていないことへの、不満。
会社をやめてこれまで何をしてきたかと振り返ると、まるでうなぎいぬのようにハンモックで寝ていただけの2ヶ月だった。
そろそろ働かなければいけない。お金も貯めなければいけない。今週末からバイトに出る。
でもまだサイトができていない。計画では4月中には完成して広報活動にいそしんでいるはずだったのに。心置きなく貯金に専念しているはずだったのに。
働き始めれば自分の時間を1時間いくらで売る生活になるわけで、これまでのように自由な時間はなくなる。そして、前のサイトは1年半かけてのんびりと作ったけれど、今回はそんな余裕はない。
急がなきゃ。
そう思うと、手が止まる。どこへも向かえなくなる。日記すら書けなくなる。
明日やればいいさ。そう思い寝てしまう。でも次の朝になっても、なにも変わらない。どこにも向かっていない自分がいるだけだ。
苛立ち、焦り、不満。ぼくは寝床に丸まりハンモックをかきむしる。
ぼくらの家にボリボリボリという音が響き渡る。
3日くらい前でしたかね、雨が降った日がありました。うちの家の周りは日当たりも風通しも悪くて、雨が降るとしばらくじめじめした空気に包まれます。それに裏路地で舗装がされていないところもあるので、いまの季節は雨が降るとどこからともなくミミズが這い出てきます。3日前もそんな日でした。
次の日にはからりと晴れ、気温もだいぶ上がりました。そうなると必ず、雨に喜んで這い出してきたけれど陽に照らされて干からびるミミズ、というやつがいます。2日前の昼、家の前の道の乾きかけの石段の上に、まさにそんなミミズがいました。
運の悪いことに、昼でも日当たりの悪いその道の中で、そのミミズがいる場所だけが選ばれたように照らされていて、その光の中でミミズは力なくのたうっていました。あと50センチも進めば湿った日陰に入り生き延びることができるのに、もう進む力はなく自分の不幸を呪うかのように体をくねらせていたのです。
ぼくはそんなミミズの姿に大いなる自然の摂理を感じるということもなく、ごく当たり前の光景として通り過ぎて家に帰りました。
だから次の日に家を出たときには、ぼくはすっかりミミズのことを忘れていました。しかし家に帰るとき、きのうと同じ場所で同じようにのたうつミミズを見て、ぼくは少しぎょっとしました。
まだ、生きている。
それだけの生命力があるなら這って安全な場所に身を隠せばいいようなものを、陽に当たる石段からは一歩も動かずに、そこで死を迎えようとしているミミズ。動けないのではなく、太陽に照らされて死ぬことがすべからくミミズの本望であるかのように、同じ場所でのたうつ。
きっとうちの周りは暗く湿っているから、1日で干からびて死ぬということがなかったのでしょう。そのミミズは心なしか前の日より小さくなり、目に見えてのたうつ力を失い、それでも生きながらえていました。
今日になると、ミミズはもう動いてはいませんでした。かわりに周りに小さなアリがたかり、ミミズの体は昨日よりもさらに小さくなっていました。
でも、ひょっとするとミミズはまだ生きていたのかもしれません。ミミズの体は小さくなっていたけれど、昨日と同じように水をたたえているようにぼくには見えました。ミミズの体が小さくなっていたのは干からびたからではなく、その体の節のいくつかをアリに持っていかれたから。
ぼくは、ミミズがまだ生きていることを想像しました。3日をかけ、徐々に体の中の水を失い、歩くことができなくなり、アリについばまれる。それでも意識のみは残り、体のひと節ひと節がアリに持っていかれるのを黙って見ている。アリに食われるのが先か、干からびるのが先か、考えている小さな脳。
恐ろしくゆっくりと迫りくる逃れえぬ死を前にしたミミズの意識に思いをはせて、ぼくは恐ろしいようなうらやましいような不思議な身震いを感じました。アリともどもそのミミズを踏み潰してあげたほうがいいのか、放っておいてやるのがいいのかわからず、今日もミミズの石段をまたいで家に帰りました。明日こそはミミズがからからに乾いていることを祈りながら。
最近ヤフオクをよく利用しています。売りも買いも両方です。
ブレイクキューを手に入れたのでキューが2本持ち運べるケースを探していたところ、じゅんから「ヤフオクでよさげなキューケースが出品されてるよ」と情報がありました。さっそくウォッチしていたのですが、そのオークションの終了が今日の21時ごろでした。
数日前からウォッチし続けていたのですが、とりあえずの作戦は入札せずに待ち。ギャンブル風に言えば「見(ケン)」です。運だけを頼りにベタ張りをしていたのでは決してウカれない。勝ち馬には乗り、ツキが逃げていくやつがいれば逆に張る 博打ってなァ、そういうもんだ。
失礼、博打じゃないですね、オークションです。いやちょうど「麻雀放浪記」を読みながら入札していたもので。
今日の21時が終了で、終了直前に颯爽と現れて4100円をつけたのですが、すぐさま更新され、4600円をつけ返し、すぐさま更新され、また別の人がきて更新され、ぼくも5100円をつけたら最低入札ラインは5600円だと言われ・・・そこで断念しました。ちっ、これ以上はもうコマがねえや。今夜はここでオンリだな 。
という脳内坊や哲が終わったあと、15分後に休む間もなく出品物の落札の時間です。売るほうは、例の壊れたHDDの基盤交換用に仕入れたMPG3409AT。実はこれまで4個の同型HDDを購入して基盤交換を試し、未だに成功していないのですが、失敗したやつは元に戻してすぐにヤフオクに出します。するとけっこうな値段で売れるのです。
最初の1台は秋葉原のソフマップで3026円で購入し、2500円で売れました。そのときはまだ相場がわかっていなかったので即決をもちかけられて応じてしまったのですが、早期終了していなければもっと高くなったでしょう。
2台目は、これはヤフオクで990円で買ったジャンク品でした。壊れたサタンとの基盤交換がうまくいかなかった後に、試しに上の1台目と基盤交換したところ正常に認識したため、「基盤は生きているかもしれません」といって出品しました。そしたらこれがなんと2100円で落札。
3台目は、きょうが落札の日でした。これもソフマップでこ3026円で購入した品。これが3600円で売れました。
都合の悪いことを隠して出品してるわけじゃないんですよ。基盤を取り外したことはちゃんと説明して、外す際についた傷の写真もアップしてます。それどころか「トラブルの多いモデルなので普通の記憶装置としては使わないほうがいい」とまで書いちゃう、実に良心的な出品者なのです。それでも買値より高い値段がつく。
おそらく同じHDDのサタン達に苦しめられている人がけっこうおり、東京在住のぼくは秋葉原で直接買うことができますが、全国各地の彼らはヤフオクに頼るしかなく、そのためこうした仕入れ値と売値の逆転が生じているのでしょう。1台目の落札者は北海道の人でした。
まだ手元にもう一台MPG3409ATがあり、これは傷もないため相当高い値段で売れそうです。一気に複数出品すると値が崩れるため寝かしておきました。このへんがプチ策士。前に4500円で落札された同HDDがありましたので、それくらいを期待します。
肝心の壊れたHDDの救出もしないといけないのですが、過去4台の基盤交換の経験などから型番だけでなく製造年月も一致していないといけないらしいということがわかってきたため、むやみやたらに買いあさるのはやめて静かに時を待っています。でもこんなに簡単に利益が出るなら、秋葉原でかたっぱしからMPGシリーズを買い集めてヤフオクで売りまくろうかしら?
なんたってこれまでに売買した3台の収支は、買値が3026×2+990=7042円、購入にかかった配送料と電車賃が610+190×2=990円、売値が2500+2100+3600=8200円ですから、8200−(7042+990)=168円のもうけです!小額ですが、今のぼくの生活からすると重要な稼ぎです。っておい。
ま、そんなんで財をなすことはできそうにありませんので、素直にバイト生活を始めます。明日は渋谷の某レストランのキッチンのバイトのオリエンテーションです。それともうひとつ、これは受かるかどうかわからないのですが、ちょっとおもしろそうなバイトの面接&実技試験(!)があります。明日はそのことを書きますね。
それではまた明日。
ワタクシは4月・5月の2ヶ月もの間、無為に遊んで暮らしました。が、無策に遊んでいたわけではありません。その策のひとつが「早期再就職者支援金」です。
これは雇用保険の給付金の一種。失業するといわゆる「失業保険」、正式には「失業給付金」の給付を受けられるわけですが、そのためにはもちろん失業していないといけません。バイトもだめ。
失業給付金を受け終わるまでバイトしないとか、そもそもバイトを隠して不正受給するという手もありますが、そんなことやってたらますますダメ人間が板についたカマボコになってしまいます。そこで失業給付金の受給はあきらめて、給付金の4割の「早期再就職者支援金」獲得を目指すことに決めていました。
早期再就職者支援金を受給するためには、制度上「再就職してはいけない期間」というのがあり、最初の1ヶ月は職安の紹介以外では就職してはいけないことになっています。ぼくの場合は4月の19日に失業の認定を受け、1週間の待機期間を経て4月26日からその制限期間がスタートし、5月25日まで自力での再就職が認められませんでした。
給付金をフルに受給するのはあきらめるとしても、早期再就職支援金もその4割の20万にもなりますので、もらえるならもらっておいたほうがいい。そこで4月5月はぼんやりすごして、6月から働こうと考えたというわけです。
その5月も終わり、いよいよ活動再開です。バイト先選考のポイントは、言うまでもなくお金を稼げること。5月後半はいくつかバイトの面接を受け、自慢じゃないがぼくは大学時代にバイトの面接で落とされたことがないので(ふつう?)今回も問題なく面接を受けまくりました。
最初は料理のできるキッチンのバイトと、もうひとつラクそうなバイトをかけもちするつもりでした。なのでレストランのほかに、時給がよくて自分に適性もありそうなADSLのサポセンの仕事なんかもやろうかと思いました。
でも面接で条件や詳しい仕事の内容などを聞いているうちに、バイト選びのポイントにはやはり「料理の技術を学べる」という点を欠いてはいけないという思いが強くなってきました。ぼくは怠けもので楽なほうに楽なほうに流れてしまうから、一日机に座って電話を受けて好きなパソコンの話なんかしてお金をもらっていられるのなら、その生活に満足しきってしまうような気がしたのです。
アルバイトというのはつまり自分の時間をお金で売ることであり、限りある時間をただ売るだけでは、結局一歩も夢には近づかない。限られた時間の中で、さらに何かを学ばなければ夢には近づけない。そのためには、机に座っているわけにはいかないよね。
この2ヶ月の夢のような怠惰な生活は、逆にそれが夢でありいつかは醒めることを知るには十分な時間でした。だからぼくは自分を高めることができる仕事を探すことにしました。
そんなときにフロムエーで目にしたアルバイトが・・・なんと「築地市場での高級魚の解体」。毎朝魚を3枚におろしまくるお仕事、というわけです。これなら、今まできちんと学んだこともなかった包丁の使い方の勉強にはうってつけです。それになによりも、募集広告の「透けるようにさばけるころ、将来も透けて見えてくる」というコピーが今のぼくの心境にぴったりでした。未経験者でも可とあり、ぼくのような独立志望者の修行を応援するメッセージがありました。
その広告を見つけたとき、ぼくはひと目でそこで働くことに決めました。すぐにADSLのサポセンの会社には断りの電話を入れ、それからその魚の解体の会社に電話して面談の申し入れをしました。すると採用担当者である社長はわりと若い声で、では金曜の2時に会社まで来てください、と言いました。そして最後に「実際に魚をおろしてもらいます」と付け加えたのです。
実際に魚をおろす!未経験者歓迎っていうから意欲さえ見せれば一から教えてもらえると思っていたぼくにとっては、軽いショックでした。ぼくは魚をおろしたことはありますが、基本的に肉ばっかり食うので文字通り数えるほどしか経験はありません。こりゃあ練習しとかないといけないなあと思い、まず本屋に行って包丁さばきの本を立ち読みしてきちんとした三枚おろしのやり方を勉強しました。そして帰りにスーパーでアジを三匹買ってきて、帰って練習したのです。我ながら自分のこういうところはエライと思います。
練習しながら、ぼくは自分が華麗に魚をさばいているところを想像しました。今はザ・大衆魚アジで、おぼつかない手つきですが、いずれ向こうが透けて見えるはず。
そして頭の中で三枚おろしの手順を振り返りながら、緊張気味に電車で初めての築地へ向かいました。
地下鉄の駅を出た瞬間から、そこは別世界。見たこともないトラクターや大きなトラックが道路を行きかい、道端には市場で働く人のための長靴を売る店や屋台が立ち並ぶ、まさに職人の世界でした。
目指す会社は市場の入り口を入ってしばらく歩いたところにある、2階建ての建物でした。名前を告げ、社長が呼ばれて、奥の応接に通されました。社長はやはり40くらいの若い人で、履歴書のぼくの経歴を見て少し意外そうな表情を見せましたが、会社のホームページの話なんかをしながら和やかに面接は始まりました。きちんと包丁を学んだことはないが、将来お店をやるために技術を学びたいと話し、社長もここで働く人はそういう人ばかりだし、そういう人を応援したいということを語りました。社長もよさそうな人だし、やはりここで働きたいと思いました。
そしていよいよ「じゃあ、実際にやってもらいましょう」と社長。ぼくは緊張しながら渡された白衣と長靴に身を包みました。会社の1階にある工場へと連れられていき、マスクをして、中に入ります。包丁を使う人たちに対してはしつこいくらいに礼儀正しく!というのは学生時代のバイトの経験上知っていたので、とにかく「失礼します!よろしくお願いします!」と叫びながら入っていきます。
工場長に紹介され、「じゃあやってください」と社長。魚を取りに奥に入っていく工場長。緊張と興奮でハイになって、「何の魚ですか?」と大声でぼく。すると・・・「タイです」と社長。
た・・・タイ?ザ・高級魚!
バイト志望者の腕だめしに普段扱っているような高級魚を使うわけがない、これはきっとアジあたりをあてがわれるのだろう、と思ってぼくはきのうアジで練習していたのです。ぼくの目の前に、スーパーで目にとめたこともない立派なタイ様が横たわりました。汗たらり。
えーいままよ、まな板の上のタイ、いや鯉、どーんと来い!と開き直ってぼくはアジで練習した三枚おろしに取り掛かりました。
手順は、まあ基本どおりできたと思います。
が・・・アジとは比べ物にならない大きな魚。透けて見えるどころか、取り残した中落ちの肉で立派に刺身が一人前取れそうなくらいのひどい出来でした。
マスクごしなので表情はうかがい知れませんが、困ったような声で「じゃあ、さっきの応接に戻っていてください」と言う社長。すみませんとひたすら頭を下げて、お忙しいところ失礼しましたとまた頭を下げて、逃げるようにぼくは応接に一人で戻りました。
白衣と長靴を脱ぐと、さっきまでの和やかな雰囲気から一変して厳しい表情で社長が入ってきました。開口一番「包丁に関しては、お話になりませんね」。
そこからは、非常にシビアな話になりました。未経験から教えることはやぶさかでないが、ちょっとやって逃げ出すようでは雇うわけにはいかない。どれだけ本気なのかがまだわからない、と。
そしてぼくの考えるお店のイメージというものについても詳しく聞かれました。場所は?どんな料理?客単価は?ご存知のようにぼくは正直なところそういうことはまだよく考えていません。しどろもどろになりながら答えますが、社長はひとこと「甘い」とバッサリ。下にいる人たちは独立前の最後の修行として働いているような人もおり、そんな中でいまのあなたの計画を話したら笑い話だよ、とも。
ぼくはここで引き下がってはいけない!と必死で食い下がりました。社長の一言ひとことはぐさりぐさりと胸に突き刺さりましたが、同時にそういう風にプロの目でダメ出しをしてくれるところで自分を鍛えたいという思いも強くなってきました。そこで、その思いを素直に口にして猛烈にアピールしました。
しばし考えて「募集は時給1200円だけど、いまのあなたの腕では出せない。1000円からになりますがいいですか」と社長。「もちろんです!」と必死にぼく。
こうして、ぼくは月曜日から朝の築地で働くことになりました。
ぼくは家で料理もするし、学生時代も飲食店のバイトを多くしていたので普通の一人暮らしの男の中では料理はできるほうだと思います。でもそれらのバイトも本格的な調理とはかけ離れた組み立てみたいなもんで、ちゃんと教わったことはありません。
退職前に占いを受け、「あなたには四天王がついているからやりたいことをやれる人物だ」と言われた話をしましたことがありましたが、そのときに「なにかひとつ新しい技術が必要になる」とも言われていました。その技術が何なのかは言われませんでしたが、そこで働くことは新しい技術を身につけることにつながることは間違いありません。
朝は毎日6時出勤。休みは日曜と第二・第四水曜日だけ。毎朝4時起きの始発出です。超過酷。
読んでみんなも思ったと思いますが、ぼくも自分でも思います。
やれんのか自分?
ところで、築地のバイトは朝6時から昼の2時半まで。朝は早いですが、終わるのも早い。一日は長い。そこで・・・。
夜からもう一個バイトしたる!!!!!
ということで、なんと無謀にも築地をあがったら、17時からは渋谷の某有名ごはん屋チェーン店で働くことにしました。
選考のポイントは以下の通り。築地のバイトがあまりにも本物感ばりばりの仕事なので、さすがにもう一軒も厳しいところ、というのは体力的精神的につらかろう。そこで飲食店の中でも比較的働きやすいチェーン店で、かつきちんとお店で料理を作っているところ、ということで選びました。
17時からラストまで働きます。22時半ラストオーダー、23時閉店で、いつもだいたい23時半くらいにあがれるらしいです。そこで週5日働きます。
なんせ毎日始発⇔終電の繰り返しになるわけですからね。
ホントに、やれんのか、自分。
ごはん屋さんのほうはシフト制で勤務時間を自由に組み立てられるので、たまには遊びに行きたいというときにも対応できます。まあ当分はそんな余力残っちゃいないでしょうけど。
そこで月曜から始まる過酷な日々に備えて、この週末は心おきなく遊ぶことにしました。まず金曜夜には、まぬけ1号さん(やや勝手に命名)と飲みに行きました。彼はぼくが働いていた会社の、取引先の担当者さんで、年は40すぎですがどう見ても30ちょいくらいにしか見えないナイスガイです。担当者として仕事の付き合いをしているときからけっこう親しくさせていただいてまして、ぜひ一度飲みに行こうと話していたのです。
なんと彼は男二人じゃムサかろうと言って、別の会社の法人営業部で取引のある担当のうら若き女性・まぬけ2号さん(実に勝手に命名)も連れてきてくれました。あ、二人がこれを見たらぎょっとするかもしれませんが、当サイトでは登場人物に当人にしかわからない妙なハンドルネームが勝手につけられる慣わしがありますので渋々納得してください。ただすでに魔界1号・2号というのがいますので混乱するかもしれませんが。
それはさておき、3人で銀座の路地裏のしっぶい居酒屋で楽しく飲みました。
土曜も仕事に出ないといけないというまぬけ2号さんが先に帰って男2人になり、ぼくらの足は自然と懐かしのS橋に向かいました。そして行き着いた先は・・・なんとS橋のキャバクラ!そういう場所はぼくにとって圧倒的なアウェー戦なのですが、まぬけ1号さんはぼちぼちホームグラウンドなご様子で、ぼくは気が進まなかったのですが客引きと上手に交渉しながら店に向かうまぬけ1号さんの後をドナドナ気分で向かいました。
えーっと、少々見栄を張りました。ホントはすんごく行きたかったんです!働いてるときは想像もしなかったS橋のキャバクラに、いまこうして遊びに行く。修行の前の最後の遊びにふさわしい行事じゃないですか。
入れ替わり立ち代わり隣に座るかわいい女の子たち。大昔に、S橋のそういう店なんて行く気はしないということを書きましたが、なかなかどうして極楽ゾーンじゃないですか。
「いや〜こういう店初めてなんですよ」
「えーぜんぜん見えなーい、超慣れてそうに見えるけどー」などと、たいそうモテました。
いや、もてたと思わせてください。夢、見させてください。夢は醒めるけど、夢を見ている間だけは、夢、見させてください。
というわけで、なんと・・・朝まで。キャバクラでオール。もうこんな機会はないだろうと思って、ここ最近の禁を破って少し多めに飲みました。さらにさらに、お代はまぬけ1号さんのおごり!マジっすか!?そして二人でタクシーに乗って帰ったのです。
バチが当たるような、豪遊です。最後の豪遊です。はじけました。最後に夢を見させてくれて、ありがとうまぬけ1号さん!!
あけて土曜日。月曜からはもう気軽に飲みに行ったりもできないと思ったので、友だちと別れを惜しんでおきたくなりました。
そこで底石・黒いカリスマ主婦夫妻とマイティボンジャック・チンプイ組を召集。マイティボンジャックくんはぼくの幼なじみで別の会社の財務部の人なのですが、むかし彼が仕事でS橋にきたときに底石さんと3人で飲んだことがあり、その後底石さんが異動でマイティボンジャックくんと同じ仕事をするようになって、ぜひまた集まって経理トークをしようと言っていたのです。
突然でしたが運よく4人とも都合がついて、S橋に集まって飲むことになりました。
きのうも結局キャバクラでオールしてるし、けっきょくぼくはS橋が大好きだったんですね。なかなか離れられない思い出の地なのです。この地でいろんなことがありました。財布をなくしたり、メガネをなくしたり、カバンをなくしたり・・・あれ酔って何かをなくした記憶しか出てこないのはなぜ?まあ気のせいでしょう。
そんなS橋で、最後に気のおけない友人たちと飲む酒は、きのうの極楽体験とはまた違った格別の味でした。5人のうちぼくだけが一人もの、というのが少々しゃくですが、そんなことどうでもよくなるくらい楽しく飲みました。6時半から飲み始めて、11時くらいまで飲んでたでしょうか。それでもぼくは帰りたくなかったくらいです。
帰りたくなかったので、ふつうに底石さんの家に帰っちゃいました。もはや、いつものように、という感じです。いつものように遊びにいって、いつものように夜更けまで飲んで、布団を出してもらって寝ました。
そして昼過ぎまで寝て、いつものように黒いカリスマ主婦さんがごはんを作ってくれて、ぼくもようやく起き出して3人で食べました。まるでそこんちの子どものように彼らはぼくを扱ってくれるのです。年いっこしか違わないんだけどね。
でもそんないつもの光景も、これからしばらくお預けになるのです。最後だから、金曜・土曜と全力で遊びました。
そうして日曜は3時すぎまで底石さんの家でぼーっとして過ごして、後ろ髪を引かれる思いで底石さんの家を出ました。手には、この前BBSで約束していたそうめんと缶詰をおみやげに。まさに「祭りのあと」という言葉がぴったりの、がらんとした寂しい電車でした。
帰り道を確認しようと路線図を見ると、乗り換えの日本橋のとなりに築地があります。明日からは毎朝6時に、職人の中に飛び込んで修行だ。
そう思うといてもたってもいられなくなってきます。期待もありますが、不安です。ぶっちゃけ怖いです。毎日起きれるのか、この朝寝坊のぼくが。職人の中で、場違いな経歴のぼくが、生きていけるのか。むちゃくちゃ怖いです。
底石さんの家からの長い長い帰り道、いてもたってもいられなくて、ぼくは電車の中でカバンに入っていた分厚い文庫本を読みました。とてもおもしろい本でした。でも内容はちっとも頭に入ってこなくて、かといって緊張で眠ることもできず、ぼくの目はただページをなぞりつづけました。家までたったの1時間なのですが、通いなれた底石宅から家までの道のりがこんなに長く感じたのは初めてです。
家に帰ったのが夕方4時ごろ。ばかみたいに暑い日でした。遊び歩いてほったらかしていたうなぎいぬにエサと水を真っ先にあげ、椅子に座ってメガネをかけると、メガネが自分の汗で曇りました。そのままぼくは曇ったメガネで本を読み続けました。ただページをなぞりつづけました。それ以外のことをすると、緊張で押しつぶされてしまいそうだったのです。
ぼくにはわかっていました。ぼくはこの本を読み終えないといけない。それは全4巻の長い長い物語で、手元にあるのは1巻だけだったし、それ以前にストーリーなんて頭に入ってこなかったから、最後まで読むことができるわけじゃない。でも、日記を書くより、部屋をかたづけるより、ごはんを作るより先に、この1冊を読まなきゃ次には進めない。なぜだかそんな気がして、なにも食べずにページをなぞりつづけました。
とても長い本で、読んでいるうちにいつの間にか外は真っ暗になっていました。腹が減って腹が減って、そのうちになんだか体がしびれてきました。それでも黙々と読み続けました。とにかく、そうしないと押しつぶされそうだったのです。ライオンは狩りの前に自ら食事を絶ち、感覚を研ぎ澄ませて狩猟に向かう。ほんとだかうそだかわからないそんな例え話が頭に浮かびました。
おかしなもので、12時ごろに底石さんの家でごはんを食べてから何も口にしていないのに、汗だけはかくのです。夜になってもまだ暑くて、あいかわらずメガネは曇りました。拭いても拭いても、少しでもトイレに立ったりして動くと、また曇りました。曇っても、ぼくは本を読みました。
そして9時ごろにようやく本を読み終え、一区切りがついたような気がして、久しぶりに食事をとることにしました。腹は減っていたけれど二日酔いと緊張で胃が受け付けそうにもないので、おみやげにもらったそうめんだけを茹でました。家には別のそうめんが残っていたのですが、ろくに食べられそうにないかわりに彼らの友情を口にしようと思ったのです。うちにあるダイエーのPBの600グラム168円の安いそうめんではなく、高級そうめん揖保の糸です。ダイエーのそうめんより細くて上品でとんでもなく甘くて、からっぽの体のすみずみにつるつると染みこんでいきました。
最後の休憩、終了。最終酔っ払い計画、完了。
そうしてここ3日間のできごとを書き始めました。もしかしたら最後の日記になるかもしれない。もちろんそんなことはありえないのですが、そんな悲壮感で、書いていてなんだか涙が出ました。
まだしばらくは築地だけで夜のバイトはないから、時間的には少し余裕があります。でもダブルヘッダーが始まったら、始発と終電の間に、いつ日記を書いたらいいのでしょう。何があっても日付の上では毎日更新を貫き続けてきたのに、それに日記以外にまだまだ未完のコンテンツが山ほどあるのに、いつ書いたらいいのでしょう。
でも、ぼくにはわかっている。会社にも勤め上げられなかったくらいぼくはめんどくさがり屋で、自分をダメにしようと思ったらどこまでも坂を下ってしまう。酔っ払って階段を転げ落ち続けてしまう。現にここ2ヶ月、ちっともサイトを作らずにすごしてしまった。
だからあえて自分に厳しいハードルを設けないといけないのです。ゆるいハードルの中では、そのゆるいハードルを越えることすらめんどうになってしまうのです。
楽しかった3日間を振り返り、夢のようだった2ヶ月を振り返り、明日からのまじりっけのない現実を思うと、怖くて怖くてたまりません。いまはもう、日付も変わり月曜日の午前1時です。ほんの数時間後、4時51分の始発に乗り、現実を見に行きます。早く寝ないといけないのですが、寝坊をするのが怖くて、眠れません。
ぼくの最大にして唯一の武器は「夢」です。もはやスタンドといってもいいくらいに立派な夢見る少年です。現実を知らないから、無限の想像力でだれも見えない夢を見ることができます。だけどこれから現実も見ていかないと、夢はかないません。なので一丁見てこようと思います。
やれんのか。狩りに向かうライオンになれるのか、しっぽを巻いて逃げ出すか。やってみないとわかりません。ぶっちゃけ自信はありません。でもやらないといけないんだと思います。
もしかしたらこれから更新は少なくなるかもしれませんし、BBSやメールにレスする気力もなくなるかもしれませんけど、勘弁してください。ひょっとして1週間もしたら「やっぱり無理でした」ってしゃあしゃあと書いてるかもしれません。そのときは笑ってください。でもがんばっているようだったら、よかったら応援してください。
がんばります。
ゆうべはほんとに落ち着かなくて寝付けなくて、いちおう2時ごろに床には就いたものの遅刻が怖くて眠れない。折からの強風で、まどろみかけては外の木の枝のこすれる音で目が覚めるの繰り返しで、ようやくウトウトしかけたころに・・・。
携帯アラームの蝶野の着ボイス「まだ寝んのかコラ」が炸裂して一気に目が覚めました。過去に目覚まし用にダウンロードしたものの、あまりの効き目にびっくりしすぎて寝覚めが悪すぎるので封印していたという逸品です。こうして、まんじりともせずに4時を迎えました。
外を見るとまだ、そろそろ夜が白み始めるかどうかというくらいの明るさです。この時期で日の出前ということは、おそらく1年のほとんどが太陽よりも早くスタートするという生活なのですね・・・。ようやく眠くなってきたところだったのであと5分ばかり枕から離れがたくもありましたが、それよりもなによりも遅刻が怖いので、二度目の「まだ寝んのかコラ」であきらめて床を出ました。
そしていそいそとシャワーを浴び、またそうめんを食べて家を出ました。始発は4時51分です。このころにはもう外は明るくなっていました。
始発前の駅のホームの階段には、おそろしく痩せこけた女と目つきの悪い男が寝転んでいました。ぼくは彼らをまたいで駅に入りました。ほどなく始発がやってきて、驚いたことにその電車は座れる席を探さねばならないほどにけっこう混んでいました。朝まで飲んでいてこれから家に帰るやつらなのです。
井の頭線が終点の渋谷に着いて電車を降りると、やはりけっこうな数の人が下り電車に乗り込みました。もちろん、朝まで飲んでいてこれから家に帰るやつらです。
そんな中ぼくは、これから仕事に行こうとしているのです。なんだか自分が別の人間になってしまったように思えました。
銀座線で青山一丁目に行き、大江戸線に乗り換えて築地市場を目指します。そう、朝の電車はけっこう混んでいるのです。もちろん電車の中には朝帰りの連中だけでなく、仕事に行くと思われる人もいます。そんな中に、ぽつりぽつりと「いかにも」という感じの人が混じっています。途中の駅では、朝帰りの連中が乗ってきて、降りていきます。六本木で朝帰り派が大挙して乗ってきて、大門で大挙して降りていくと、あとには「いかにも」な感じの人ばかりが残りました。
そしていよいよ築地市場駅。電車が到着すると、果たして驚くほどたくさんの人が席を立ちました。誰もかれも、いかにもいかにも。そんな中で社会科見学同然のぼくが一人。家を出てから築地市場まで、朝の電車に案外人が多いのには驚きましたが、そんな中でも一番多くの人が降りるのが築地市場駅でした。築地の朝は、早い。
市場の周りにある屋台はすでに開いています。ぼくは面接のときに言われていたようにそのうちの一軒で長靴を買い、会社に向かいました。
ところで、渋谷からは銀座線で銀座まで行って日比谷線で築地駅に行く経路のほうが安くて便利なのに、なぜ大江戸線で築地市場駅を目指したかというと、それは前回の面接のときに築地市場から行ったから。別の駅から行くと、方向音痴のぼくのこと、何が起こるかわからないと思ったのです。
しかしそんな心配は無用でした。なぜなら、築地市場からも迷ったからです。なんでだろ?ここどこだろ?
とか言ってる場合ではなく、必死できた道を戻り会社を見つけて、ぼくは6時のギリギリ5分前に駆け込んでタイムカードを押しました。
「きょ、きょうからお世話になります、ててて店長です〜ぅ」と上ずり気味に挨拶。ど緊張です。
という具合に、とにかく緊張のなか修行初日がスタートしました。
社長の弟であるという専務が、「じゃあもう少ししたら行くから、応接で待っててよ」と言いました。
駆け込んだので汗をふきふき応接室で座って待っていると、しかしいつまで経っても専務は入ってきません。10分。15分。だんだん不安になってきました。これはひょっとしたら何かのテストなのでは?どれだけ自分が自発的に動けるのか試されているのでは?これでこのまま座っていると「言われたことしかできないヤツはいらねー!」とか言って怒鳴られるのでは??ひょっとして隠しカメラか何かがあってどこかでぼくの様子はチェックされている???
とぼくが必要以上にかんぐって応接室をウロウロしていると、そのとき社長が入ってきて、挙動不審なぼくを見て「いいよ、座ってても」と笑って言いました。若い社長のその笑顔が、むかし長くやっていたバイトでお世話になっていた店長さんの笑顔にそっくりで、そこでぼくは一気に緊張が解けたのです。
そしてきょう一日は、あっという間に過ぎていきました。まずは仕事の全体の流れを見るということで、包丁には触れもせずに魚の配送とか運搬とかの作業を手伝っただけなのですが、丁寧に教えてもらえたので何も困ることはなく無事に過ごせました。
やれんのか、起きれんのかとさんざんご心配をおかけしましたが、とりあえず、1日目はやれました。体力的にもまだまだだいじょうぶです。
あしたはもう少し仕事の様子と築地の風景についてレポートしましょう。
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