うえー気持ち悪い。退職へむけた連日の飲みで、そうとう体がやられています。BBSにも書いたとおり、悪酔いとはPCのハングアップがごとく。ふだんのぼくはペン4の3.2ギガくらいのぐるぐる回るCPUでびっしびしアプリケーション(酒)を処理しているのですが、最近はセレロン200くらいに陳腐可しており、いつもの感覚でアプリケーション(酒)を立ち上げるとあっという間にハングアップ(泥酔)ですよ。プログラムで保存されていないデータ(記憶)は失われますよ。
で、昨日はあまり飲まないつもりだったし、飲んでもいないつもりだったのですが・・・途中から全く記憶がございません。気づくとJR大崎駅でした。そしてカバンがない。不覚だ。
いつも泥酔して家に帰ると、ほとんど記憶がない状態でも無事に帰ってこれる人間の帰巣本能ってのはすごいなあと思うのですが、昨夜はそれすらもかないませんでした。渋谷でなぜか山手線に乗り、どこかにカバンを置き忘れてきた。携帯もない。メガネもない。被害甚大。
不幸中の幸い、財布はポケットに入っていた。
鍵がないので家に入れず、しょうがないのでタクシーで実家へ。運良く鍵が開いていた。居間のすみでうずくまって震えているところを未明に母親に発見され、布団を貸与される。んで朝8時に起きて直接会社に来たと。風呂ぐらい入ってくればよかった。
髪はボサボサ、ヒゲも剃らずに、カバンのかわりに二日酔いの頭をかかえて会社に向かうのは、ちょっとみじめ。手ぶらでも、今回はさすがに「俺は自由だ!」とはいかないなあ。
山手線の忘れ物はすべて大崎駅に集められるのです。北海道のときもリュックをなくしたのでそのへんはよく心得ている。
しかしそのときも出てこなかったのでやはり心得ているのですが、なくした荷物はたぶん出てこないよ。出社してすぐに、まー見つからないわなと思いながらR大崎駅に電話します。
そしたら、見つからないどころか電話にも出ない。まいったなー。しょうがないので、とりあえず昨夜の足取りをたどるために、同席していた底石さんに内線をかけてみました。
「カバンなくした?記憶ないの?」と驚く底石さん。「いつから?カラオケ出たくらいから?」
「え、カラオケ行ったんですか??」と逆に驚き返すぼく。カラオケ行ったことすら知りません。見事なハングアップです。
でも底石さんの証言により、二人でいっしょに銀座線の改札を通ったことは判明。そしてそのときはカバンを持っていたとも。ということはちゃんと銀座線に乗り、渋谷に行き、そこでなぜか山手線に乗っちゃったんだな。銀座線の渋谷駅にもいちおう電話してみよう。
すると、渋谷駅への電話はつながりました。「カバンの忘れ物ありませんか」と聞くと、「どんな特徴ですか、色とか」。
色っすか。ぼくのカバンはけっこう微妙な色合いで、使用感も加わってなかなか一言で説明しがたい色なんですよ。「緑なんですけど、茶色みたいな感じで・・・」と説明に困っていると、渋谷駅は「モスグリーン?」と。そうそうモスグリーン!よく知ってますね!?
「えーと、お名前は、店長さん?」そうそう店長です!!よく知ってますね!!?
「預かってますよ」
いやったァァァッーーーーー!
今は上野にある忘れ物センターに送られているとのこと。さっそく会社を抜け出して上野に向かいました。S橋から上野に行くには、たぶんJRのほうが少し早いし安いのですが、営団地下鉄への感謝の気持ちを込めて銀座線で向かいました。
そして忘れ物センターでカバンとおよそ10時間ぶりの再会。なにもなくなっていません。携帯も入っていました。やったー!
考えてみると、カバンが見つからなかったらものすごい被害でした。ぼくは横着なので、なにか用事があってカバンに一度入れたものは、重くなければよほどのことがない限り入れっぱなしです。その結果、今カバンの中に入っているものは、携帯のほかにも・・・。
・保険証
・預金通帳と印鑑!(ただし、新生活用にこの前作った口座で、開設用の1円しか入っていない)
・キーホルダー
・家の合鍵2本(9月にドアノブを交換して以来、入れっぱなし。しかも大家にも渡してない。つまり世の中に存在するうちの鍵はすべてカバンの中に入っていた!)
と、そうそうたる貴重品がずらりと揃っていたのですよ。
そのほかにも、サイトの完成図が書かれたネタ帳とか、脱サラ実況中継のネタになる書類とか、精神的な貴重品もたくさんありました。
危なかった。しかしこれだけの華麗なハングアップをかまして被害ゼロとは、さすがだぜラッキー・ガイッ!
ほんとはメガネもなくなってて行方不明のままなのですが、ぶっちゃけそのメガネは女の子に買ってもらったものだったのでやっぱり被害ゼロです。それどころかまた新しいメガネを選ぶ楽しみが生まれたじゃないか!むしろ得してる!!
日常的に命が危険にさらされちゃったり、ホームページの企画として会社を辞めちったりするぼくに対し、人は「ほんっとにネタに困らないよね」と言います。それは賞賛半分、でもたいていの場合は「俺はそうなりたくないけど」という哀れみの気持ちも半分含まれているのです。
が、ぼくは全然OKですよ。カバンをなくした・・・ネタゲット!しかも出てきた!被害ゼロ!けっきょく雪山からも生還したし、人よりちょっと刺激的だけれども何にも困ることはなく、そのぶん人より楽しく生きているのです。ネタに向かって、走っているのです。
ここ5年くらいのぼくの人生は、それこそものすごい早回りで、普通の人が一生かけて経験するようなイベントの数々をぼくはあっという間に通り過ぎてきた。そしてこれから第二の人生がスタート。神のご加護を感じる今の勢いでいけば、これからやることもきっと成功すると思うのです。根拠はないけどこれまでの流れを振り返るとそんな気がします。そして成功して、5年くらいでうっかり死ぬ。間違いない。
でも死ぬまでにいろいろやらなきゃいけないことがある!
今日は休肝日だけど、明日は部の若手中心に開催してくれる送別会だ。そうとう飲むと思う。なんせ開催名は「根絶やし〜死んでもらいます〜」だからね。ホルモンとマッコリの合体技「俺ごとマッコリ」が炸裂しまくることでしょう。ゆうべのハングアップを教訓に、明日は手ぶらで、携帯と鍵一本と一万円札だけ持って出社しようと思います。死んできます。楽しみだ!
そして土日は、花見に潜入して見知らぬ人にラーメンとケーキをふるまうイベント。準備しなきゃ。楽しみだ!
月曜は啓丁くんが主催してくれる、同期の送別会。最後だからなんかかっこいいこと言ってやろう。楽しみだ!
そして火曜はいよいよ退職の日。た、楽しみだ!!!
ぼくは飲むとつまみをほとんど食べません。で次の日は二日酔いで食べれない、で夜には飲むのでまた食べない、というのの繰り返しで、どんどん命が削られていっているのを感じます。最近ナチュラルに手が震えます。
退職後も、青春18きっぷで行く名古屋→大阪→広島→博多と渡り歩く日本横断お礼参りツアーが控えており、当分肝臓の休まるヒマはなさそうです。
つーかサイトの日記以外のコンテンツも早く完成させないと、ヤフーに登録申請もできやしない。
あー時間ない。連日帰りが遅いのでサイトが更新できない。日記書きたい。いや書いてるけど時間なくてアップできない。こんなに日記書きたい、サイト作りたいと思ったのは、これまで初めてです。毎日が楽しいから、いくらでも書くことがあるのです。4月になったらもっと楽しいし、いくらでもできるぞ!
会社行ってるヒマなんてない。24時間じゃ、足りないよ!
店: 「あーもしもし、道産子くん?」
道: 「あ、おはようございます、店長さん。なんで家の電話から?」
店: 「あ、いや、えっと・・きのうはどうもありがとね・・・」
道: 「・・・記憶は?」
店: 「・・・ない・・・」
道: 「・・・・・カバンは??」
店: 「・・・・・ない・・・」
道: 「!!!」
というのが土曜の朝の会話。
金曜日に、部の若手が中心で催してくれた送別会があり、しこたま飲んで、やられました。
飲み会自体は、気のおけない若手中心の会で、しかもぼくが会社に入った当時の懐かしい人も集まってくれて、とても楽しかった。ぼくは酔っぱらってどんな挨拶をしたのかもわからないくらいメタメタだったけど、みんなと熱い話をして、楽しかった。
休みなのに覆面で駆けつけてくれた道産子くん、ありがとう。
たくさん人を集めてくれた魔界2号くん、ありがとう。
いつもプロレスごっこにつきあってくれる魔界1号さん、ありがとう。
底石さんは、いなかったよね、たしか。(もはやよく覚えていない。)
アニキさん(勝手に命名)は、見ていただけたでしょうか。ありがとう。
そのほか、みなさん、ほんとうにありがとうございました。
よく覚えていないくらい楽しかったです。

そして、気づくと、S橋の路上にて、朝。
カバンなし。手ぶら。
抜けるような青空が痛々しい朝。
引退記念としてはこれ以上ない、見事な10カウントのゴングだ。
酔いの抜けぬ頭で交番に。
ぼくの顔を見るやいなや警官は「おい、大丈夫か??」
鏡を見ると、顔面右半分が血だらけ。
膝もものすごく痛い。
知らぬ間に転倒したらしく、体中が傷だらけ。
座ろうとすると膝が痛む。だから「痛ッ」という顔をすると、今度は顔が痛む。本当にむかつく。
昨日付けの日記は「飲みすぎて記憶をなくしカバンもなくしたが発見した」という内容でしたが、これはまた別の話です。水曜になくしたカバンが木曜に戻ってきて、金曜にまたなくした。さらに今回は体中血まみれだ。
幸い今回は、水曜になくした経験を生かし、名づけて「戦略酒ミサイル防衛構想」を策定しておりました。
カバンの中身は最低限、サイフもダミーかつ身分証・カードなどを抜いた最低限、鍵は持たずに家のポストに入れる、という完璧な紛失対策をして、金曜の飲み会に挑んでいました。
だから被害もわりと少なく、家にも入れたし、金もある。
だけど、なあ。
なくすかな普通。3日に2度も。
被害は、カバンと、ダミーのサイフと、携帯と、社員証、入館証。会社はあと3日なのに。
社員証と入館証をなくしたことを人事に言うのが気が重い。「じゃあ、もう会社来なくていいよ」とかイヤミを言われるに決まってる。
死が近い気がする。リヴィン・オン・ジ・エッジ。あと3日、生きて退社を迎えられるかしら。
実はカバンをなくしたショックというのは相当なものでございまして、この日の昼まではかなりパニックでした。前述のように紛失対策はバッチリだったため金銭的な被害は大きくはなかったのですが、やっぱり携帯とかなくしてるし。みんなの連絡先もなくなっちゃったよ。
それになによりこたえたのが、3日に2度同じ過ちを犯す自分の愚かさと、昨日も書いたけど人事部から浴びせられるであろう罵倒の予感。自分のわがままを通して辞めるからにはできれば穏便に、これ以上目立たずに退職したかったのですが、最後に思いっきり負の印象の上塗りをすることになります。
この日の昼すぎに正気に戻り、あわてて情報を収集しました。なにぶん記憶はないし携帯はないしで、作業は伝言ゲームなみに難航しました。
まずはとうぜん自分の携帯に電話。朝はつながったのですが、昼以降はつながらなくなる。電池切れということはないと思うので、だれかが電源を切ったということ。不安がつのる。
そこでアカウントが覚えやすく携帯がなくても連絡ができた底石さんにメール。彼は土曜が妹さんの結婚式で金曜の飲みに参加していなかったのですが、披露宴の最中に無理やり連絡して、幹事を務めてくれた魔界2号くんの番号を聞き出しました。
そして魔界2号くんに連絡し、1次会の後のぼくの足取りと、泥酔さんたちと3次会に行ったという情報をゲット。泥酔さんの携帯番号を聞き出す。
そして泥酔さんに連絡し、最後は天皇陛下さんといっしょにいたという目撃証言を得る。泥酔さんは天皇陛下さんの電話番号を知らなかったので魔界2号くんにかけなおす。彼も知らなかったので道産子くんの電話番号を聞く。(そして昨日の冒頭の会話につながるわけだ。)道産子くんからようやく天皇陛下さんの連絡先を聞けたけれども、天皇陛下さんは電話しても出ない。
しょうがないので昨日行った(らしい)お店に連絡してみる。どこも夜に営業する飲食店・カラオケなので昼間は連絡がつかない。
いちおう警察にも確認してみる。が、遺失物を取り扱う部署がお休みだという。
ようやく3時をすぎてお店の従業員が出社して連絡がとれた。が、3軒ともカバンの忘れ物はないという。
八方ふさがりだ。
そんな状況で、精神的ダメージも大きく、文字通りパニックでした。
自分が次に何をしていいかわからない。
ので突然意味もなく爪を切り始めたりしてしまう。
けどすぐに「あああこんなことしてる場合じゃないだろ!」と思い、いっそうパニックになる。
とりあえずシャワーを浴びようとして、着ていた服が脱げなかったほどのパニック。
なんでこんなにうろたえていたかというと、理由のひとつは、土曜日の5時から前にもちらっと書いたように「お花見に潜入して見知らぬ人にラーメンをふるまう」というイベントがあったのだ。今のぼくの立場を考えると千載一遇のチャンス。でもまだ準備が終わってない。それなのに、3時すぎまでカバンの情報収集に追われる。しかも有益な情報なし。準備はまだ。
普通に考えると、参加はあきらめざるを得ない状況でした。
しかしそこで思い浮かべたのが、またしても「神はダイスを遊ばない」の中の「転がるのはよい、立ち上がらないのはいけない」という言葉。もはや完全に人生の書。
ぼくは文字通り転がって、記憶とカバンを失い、顔と心に深刻な傷を負った。
でも転がるのはよいんだ、立ち上がらないのはいけないよな!と自分を奮い立たせ、3時すぎにお店への連絡をしてカバンの所在が掴めなかった時点できっぱりとあきらめてお花見ラーメン大会の準備にとりかかりました。
スープは仕込んで用意してあったので、まずはスーパーに行って残りの食材とミニラーメン用の器を購入。ここで本日始めて食べ物を口にする。(シュークリームとチーズケーキ。おい。)
そして帰ってきて、万能ネギを切り、ラーメンとともにふるまう予定の男ショコラをカット。パニックで手が震えてうまく切れないが、なんとか気合で切る。
そして鍋やらコンロやら食材の袋詰めやらの準備。さらには配布するオリジナル名刺の印刷。そして食べてくれた人へのアンケート用紙の作成。
今考えると、よくもまあ、あの状況下で、この短い時間で、これだけのことができたものだ。
予定に少し遅れてしまったけれども、大量の食材と、アンケートと、鍋とコンロをかかえて5時ごろには家を出発!転がるのはよい、立ち上がらないのはいけない!!
3日に2回カバンをなくしたことからもわかるように、そのときのぼくは笑いの神様のご加護を受けまくっていた。あまりご加護を受けたくないタイプの神様ではあるが。
多量のスープを大きなウィスキーの空きペットボトルに入れ、鍋とともに紙袋に入れて持ち運んでいたのだが、渋谷駅の階段で袋の底が抜けウィスキーのペットボトルが落ちる。
ぼよんぼよんというマヌケな音を立てて土曜の夕方の人波溢れる渋谷駅の階段を転がり落ちる、2.7リットルのウィスキーのペットボトル。しかも中身は得体の知れない黄色い固形物。(スープが冷えて固まっている。)
なんかのテロリストと思われてもしかたがない。
そしてようやく目的地の戸越公園駅にたどりついても、そこから目指す戸越公園まで、おもしろいほどに道に迷う。
同行の松本バーボン式・コンもぼくに負けない相当な方向オンチらしいのだが、方向オンチが二人そろうととてつもない相乗効果を生み出すことを初めて知った。人に道を聞いて、説明を受けて、最後に「近いです!」と言われたそのひとことがツボに入ってしまい、「近いです!」「近いデス!」とマネをしているうちにすっかり説明の内容を忘れてしまいたどりつけない。
まさに珍道中。「諸国漫遊記」を思い出し「かーぜまかせ〜」と言ってみたらコンのツボに入ってしまい、「かーぜまかせ〜」「かーぜまかせぇぇぇ〜」と言い合って風まかせに拍車がかかる。
ついたのは7時ごろでしたよ。
さらに、肝心の麺を持ってくるのを忘れていることに気づく。
近くに生麺を売っているようなスーパーはなく、飛び込みでラーメン屋に入って事情を話し「麺売ってください!」と直談判。2軒目で快く譲ってもらえた。目標達成への意気込みをしめす素晴らしいエピソードとも言えるが、客観的にみると相当おかしな人だ。というかラーメンに麺を忘れてどうする。ラーじゃないか。
そんなこんなで、ようやく花見にたどりつき、無事みなさんにラーメンをふるまうことができたのです。それはそれは有意義な体験でした。その様子は近日「イベント」のコーナーでアップしますので、楽しみに待っててくださいね。
開けて日曜日。本日のうっかり電話。
店長「もしもし?コン??悪い!寝過ごした!!!」
コン「(眠そうな声で)あぁ〜?なに言ってんの?」
店長「集合1時45分じゃん!」
コン「(眠そうな声で)いま何時?」
店長「(あわてて時計を見る)あ・・・8時だ・・・・悪い!おやすみ!」
ふと目が覚めて目にした時計が、2時で止まっていたのでした。笑いの神様絶好調。まったくもう。
というわけで本日は2日連続・松本バーボン式とのコラボ企画「ヘアーバンズと日本タレサン協会」に参加。というか正式な企画名は知らない。それ以前にこの企画の趣旨もよくわからない。どうやら、有名な「ジョジョの決めポーズ教室」のようなテイストのコスプレ企画らしい。たぶん。
そんなバカ企画に、ワタクシは「初代ヘアーバンズメンバー・内田夕張メロン(記念日)」として参加。・・・意味がわからない。いまだにわからない。
しかしワタクシ、やるときはやる男です。
コンの全くもって意味不明なオーダーに必要以上に応じて、装備を整え渋谷駅ハチ公前に集合して華麗に内田裕也に変身!

アンプを肩に渋谷の街を練り歩く。

そして渋谷公会堂前で華麗にポーズ!

本物の金髪を見つけ親近感を抱くが、当然無視される。

など、バカの限りを尽くしました。
そして、ヘアーバンドとタレサンのいずれかを身につけたコスプレ集団9名は、春たけなわの代々木公園になだれこみ他人の花見に乱入して、その異様ないでたちで周囲の度肝を抜き、ヤンヤンさん(左の人)の持参した「ハロー・ミスターモンキー」「ガラスの十代」「抱きしめてTonight」といった秘蔵の80年代レコードの数々をアンプで流して歌って踊って過ごしたのでした。

ありえないな。
自分でもどういう企画だったかいまだにわからんので、松本バーボン式にアップされるのを待ちましょう。
バカなレポートはほっといても松本バーボン式が書くからそっちにまかせて、どうせだから硬派がウリの当サイトはマジメなことを書こう。
なんかね、しらふではありえないようなコスプレして人ごみの中を歩いたり踊ったりしたわけだけれど、やってみると意外と普通なんですよ。ハチ公前で金髪のカツラをかぶったときはさすがに注目を浴びたけれども、それ以降は完全に普通。もっと周りの人に後ろ指をさされるかと思ったけれど、渋谷の街でこんな人が一人いても別に違和感はないみたいです。
それどころか、宴たけなわの代々木公園に入ってみると、それこそみんな勝手なことをやって楽しんでいるわけです。ダンスをしているやつがおり、バンドがおり、コント集団がおり。ゴレンジャーのコスプレをしているやつがおり、餅つきをしているやつがおり。
むしろ、いでたちこそかぶき者であれ、基本的にはコンを筆頭として人見知りな人の集まりだったので、我々のほうがおとなしかったくらいだ。
いい意味で、がっかりしました。
内田裕也のコスプレをして街を練り歩くなんてのは、もっとこう、通報されるような背徳的な行為かと思っていた。
だけど、グラサンの力で照れをかくして勇気を出してやってみると、全然普通だった。
「やっちゃいけないこと」と思っていることの多くは、もしかすると勇気を出してやってみると案外ふつうのことなのかもしれない。「できないこと」と思っていることの多くは、そのちょっと勇気があれば案外簡単にできることなのかもしれない。
土曜日の出張突撃ラーメンもそう、内田夕張メロン(記念日)もそう。
きっと、脱サラもそうだよね。
たくさんの人に反対され、今でも納得が得られているとはいいがたいけれども、でも彼らが思っているほど、ぼくがこれからやろうとしていることは、難しいこと、やっちゃいけないことじゃ、ないような気がした。
あれだけのバカ企画を受けてこれだけのマジメなテキストを書ける自分に、ちょっと尊敬の念すら抱いてしまった。
この企画に関連して、もう一本「イベント」のコーナーで「オリジナル名刺を作ろう!」というテキストを書くつもりです。なにぶん時間がなくてちょっとずつしかできないのですよ。乞うご期待。
前述のようにカバンをなくして死にかけたのですが、念のため警察に電話。
「カバンの落し物で遺失物届を出したんですが」
「あ、え〜っと・・・店長さんだよね?」
そうそうよくご存知ですね!ひょっとしてこのパターンは!?
「届いてますよ」
ぃやったぁぁぁぁー!!!!!!!!!!
なくした翌日に全く手がかりが得られず、半分あきらめかけていたのですが、またしても出てきました!
3日間に2度カバンをなくし、2度とも出てくる。
こんなことって、ありえるでしょうか。
酔っぱらって2度カバンをなくしたけれど、被害ゼロ。顔や体中に傷を負ったけれど、そんなもんは放っとけば治る。
きっとぼくには神がついている。
いずれ別のところで書きますが、前に占いをしたことがあって、そのときに「あなたには四天王がついている」と言われた。四天王だ。4人もついている。若干「ものまね四天王か?」と思わないふしもないではないが。しかもものまね四天王の中でもクリカンだな。
それはさておき、カバンが見つかったのも、ひとえにぼくが転がった後に立ち上がる勇気を忘れなかったからにほかならないと思うのです。転がるのはよい、立ち上がらないのはいけない。
この、ありえないくらいのうっかりさと、それを上回る幸運があれば、何をやってもドタバタと楽しく過ごせて、そしていつの間にか成功するに違いない。それで成功して5年で死ぬのな。
絶対そうだよ。またカバンが出てきて、なんだか確信めいてきました。このカバンは家宝にしよう。
***
会社の朝礼が異様な雰囲気に包まれました。
まずかの有名な「検査部」から当部の「バイクの営業部隊」に抜擢された、精鋭中の精鋭・ムダ話さんが持ち前の大声でがなりたてる。
「私の目の黒いうちは検査で落第はさせない!検査にひっかかるということは当部がだらしない部と思われるということなのです!検査とは、普段の心がけです!普段できていなければ、必ず検査で指摘されるのです!みなさん、いま机に鍵をかけていますか!いないでしょう!これからは、席を立つときは必ず施錠とスクリーンセイバー!トイレに行くときも施錠とスクリーンセイバー!習慣です!」
ばかげてる。本当にバカだ。そんなんで仕事ができるか。だいいちスクリーンセイバーの設定は最短でも1分だ。このご時世だし情報漏えいが恐いのはわかるが、対処法が間違ってるだろう。これじゃまるっきり、空が落ちてくるのが恐くてずっと傘を差していたという中国の故事だ。だらしない部と思われるというか、それ、もう、完璧に思われてるから。
4月に入ったら検査がまた来るんだって。がんばれよ、バーカ。ぼくは4月に入ったら会社にいないから、絶対にカギなんかかけてやらない。バーカバーカ。
かと思うと、続いて白内症さんの発言。別に白内症さんは何も悪くないのだが。
「えー災害に備えて、全員にヘルメットと軍手が全社員に支給されることになりました。フックを配布するので机の下にひっかけてください」
そして社名入りのピカピカのヘルメットが全員に配られた。
おかしいだろ、それ。
おおかた、うちの関連会社のOBが防災用具の会社の社長かなんかになって、その人がうちの社長の知り合いかなんかで、ねじこまれたんだろうな。
百歩譲ってそうじゃないとしても、社名入りがおかしいだろ。
社名を入れることで確実に単価がいくらかアップしている。ロットが大きいので社名入りはサービスしますと言われたとしても、社名はいらないからその分値引けと言え。バーカ。
ネットで調べたら、工事用ヘルメットで最も安いのでも2000円くらい。これだけの数になると単価も落ちるだろうけど、これだけの数になると、全部でいくらだ?コストコントロールのコの字もない会社だ。
コンティンジェンシープランの重要性が言われるご時世だけど、いくらなんでも対処法が間違ってる。とにかく社名は間違ってる。机の下にぶらさげたヘルメットが超じゃまだ。バーカバーカ。
こんなバカ通達の応酬で朝礼は20分にも及び、総裁の「新しい期のスタートダッシュが大事なんですよっ!31日までしっかり手元を整理して、4月以降は絶対に社内にいないでください!お客さんは社内にはいないんですよっ!」というアジテーションもかすんでしまったくらい。
終わったあと、ぼくはすっかりあきれてしまって、つい「たいへんだねーこれから。鍵とかヘルメットとか、仕事以外で」なんて大声で言ってしまった。辞めるのをいいことにちょっと感じ悪かったかな。これを読む会社の人はやりきれない気持ちになるだろうな。反省してます。
でも、普通の感覚で考えたら、あれはおかしいから。残る人は、それに従わざるを得ないとしても、「普通の感覚で考えたらおかしい」ということだけは忘れないでほしいと思う。ぼくは従えなくて辞めるけど、残る人は、おかしいと感じたうえでぐっとこらえて従ってほしい。普通に考えておかしいことをだれもおかしいと思えなくなったら、それは会社の終わりだと思う。だからぼくはあえて言ったんだ。どうか汲み取ってください。
それにしても最後まで怒らせてくれる会社だ。マイ・テーマ・オブ・ライフ・怒。今の会社のおかげで、今のぼくがある。間違いない。上質な怒りを提供して、ここまでぼくを育ててくれてありがとう。
***
なんてことを言いながら、返す返すも胸をなでおろすのは金曜の泥酔で紛失したカバンが出てきて会社にはバレなかったこと。
ぼくがカバンをなくして机のカギやら会社のものをなくしていたら、ぼくがあきれられるだけじゃなくて、みんなに対する締め付けも強まっただろうからね。本当によかった。明日の送別会には念には念を入れた戦略酒ミサイル構想で臨もう。(その前に飲みすぎるなって話。)
で、金曜は泥酔の結果このような勲章を負ってしまったわけで。

会社でみんなにえらいびっくりされました。内田裕也のコスプレよりよっぽど注目を集めました。
みんな口を揃えて「病院に行け」という。
痛いけど死ぬほどじゃないんで土日は放っておいたのですが、「頭を打ったならヤバイから、CTとか取ってもらったほうがいい」「そういうのは後からくるんだ、俺なんか追突されて半年後にムチ打ちの症状が出た」とか。なんだか恐くなってきました。
確かに打ちつけた右顎はまだ感覚が鈍くて、そういやなんだか右目の視力が極端に落ちてる気がするよ!!
急いで会社の近くの大きな大学病院の脳神経外科に行きました。
大学病院って、あまりいいイメージはなかったんですが、きょう行ったところはものすごくいい病院でした。いい意味で企業化されていました。
まず入口で、えっとどこに行けばいいのかなとキョロキョロしていると、5秒くらいで案内係のお姉さんが飛んできて丁寧に教えてくれる。脳神経外科外来にたどり着くとこれまた丁寧に応対してくれ、患者の取り間違えが起こらないようにしっかり本人確認を繰り返す。待ち時間がけっこうあったのだが、途中で「あと30分くらいかかりそうなんですが、大丈夫ですか」と聞いてくれる。まわりの医者や看護婦も、患者の症状だけでなく心のケアも重視しているとみえて、廊下で長い時間患者に寄り添って関係ない話なんかもして励ましたりしている。家族に対しても看病の苦労をねぎらい患者の回復を喜んでいる。本当に感心しました。
ただ診察した医者はぶっきらぼうで、本人確認もせず、愛想もなく挨拶もせず、事務的に作業をこなしていて相当感じ悪かったけどね。でも、指を目の前で上下左右に動かされてそれを目で追うとかの、リング上でおなじみの診察をしてもらってぼくは大興奮しました。「これを逃すと試合を止められてしまう!まだ闘えます!」と必死で追いました。「じゃあ、次はCTをとりましょう」とぶっきらぼうに医者。おおCTか。
もう一つこの病院のすばらしかったのは、事務員がみな若くてかわいいこと。企業化です。
そしてCT室に向かう間に一人、ど真ん中ストライクの看護婦さんを発見。しかもその病院はいまだにばっちりナースキャップだよ。ひと目で恋に落ちました。場所がわからないふりをして看護婦さんの前を2往復してしまった。入院したい。脳に、異常あれ。さっき真剣に指を目で追うべきじゃなかった。心からそう思った。
しかしシーメンス社のCTですぱんすぱんと脳を輪切りにされた結果は・・・ぶっきらぼうに「異常ありません」。あーあ。
けっきょく、右目が見えない気がしたのは、単にコンタクトの左右を間違えていたのでした。あーあ。
ま、健康第一、お酒はほどほどに、ということですね。診察は紹介状がないので3000円もとられたりしてすげー高かったんですけど、いい病院だったから、まあいいや。サービス料、安心料ということです。
***
こうして、ほとんど日記をアップできない間に、ぼくは実に濃密な5日間をすごしていました。酒を飲むとなにも食べないたちなので、まちがいなく体重はここ10年で最低です。いろいろありすぎた。疲れたぞ。でも無事に生きている。楽しいな。
残り2営業日。明日は何があるでしょう。
今日は、3月中旬から果てしなく続いた飲み会シリーズ最終戦。啓丁くんが開催してくれた、同期の送別会でした。うちの同期は3月末で一気に3人もやめることになり、いよいよ当社にも人材流動化の波が押し寄せつつあるのを感じます。
シリーズ中の過去2回のカバン紛失経験を経て、ぼくの戦略酒ミサイル構想はいよいよ完璧なものになってきました。
まず本日会社へは、家のカギはポストに入れて机のカギだけ持って、泥酔時の紛失危険性を低くするために肩掛けの小さなカバンで出社しました。財布はもちろん重要物と余分なお金を抜いたいつもと違うダミーの財布。会社の入館証は家に置き、入館証の代わりになる社員証だけ持っていきました。
そして会社に机のカギと社員証は置いて帰れば、例えカバンをなくしても、家のカギはポストにあるので家には入れる。次の日は入館証で会社に入れるし、会社に入れば机のカギがある。つまりカバンをなくしてもほぼ被害ゼロ、という素晴らしい計画です。我ながら、特許を取ろうかと思うくらいほれぼれしました。
つーか飲みすぎんなって話。
うちの同期は仲があまりよくなく、3人も辞めるわりには微妙に集まりが悪かったのだけれども、それでもたくさんの人が集まってくれて楽しい会でした。
会の終わりに3人の挨拶のうち1人目に指名されたぼくは、熱が入ってしゃべりまくり。
会社を辞めて店をやると言うとみな「がんばって」というけれど、そんなことない、お前ががんばれよと。こっちは楽しいからいいんだよ。残るほうこそ、お前ががんばれ。ぼくは退社を選択するけれど、お前らも選択としての残留であってくれ。
てなことを延々としゃべりました。5分くらいしゃべってたでしょうか。
ぼくがしゃべり終えて満足げに席に着くと、残り二人が1分ずつくらいであっさりと挨拶を終え。そして間を置かずに啓丁くんが会を締め、お開きとなりました。ひょっとしてぼくがしゃべりすぎたせいで、挨拶の後の「それでは残りわずかですが、しばしご歓談を」みたいな時間がなくなっちゃったんでしょうか。酔ってたので自信がありませんがひょっとして20分くらいしゃべってた?んなこたあない。
披露宴みたいに店の出口で待ち構え、ひとりひとりと握手をし、それでは二次会へ・・・とはいかないのがうちの代のすごいところ。もしくはぼくの人徳のなさ。みんな帰ってしまい、啓丁くんと「も」さんと三人だけの二次会となりました。
でも逆に少人数だったので、濃い、というか熱い話ができ、よかったよ。
啓丁くんは「張り合いがなくなる」と言ってしきりに寂しがっていた。でもそんな風に思うことはない、またすぐ会うじゃんどうせ。きみはぼくをライバルだと思ってくれていたと言うけれど、ぼくももちろんそう思っていた。
これから場所は変わるけれど、これからも、ぼくがもがく姿をここで見れるじゃないか。それを見てきみの仕事の張り合いにしてくれ。ぼくも負けないようにがんばる。
そうして飲み明かし、寝過ごして、気づくと最寄り駅の少し先の明大前。上り電車はもうない。あーあ。
でもカバンはある!ここからならタクシーで1000円くらいだろう!遺失物ゼロ、戦略酒ミサイル構想、完全勝利!!
しかし外は大雨、もちろんぼくは傘を持ち歩かない。よりによって明大前はタクシー乗り場がなくて、タクシーの拾える場所までは、なんと徒歩3分くらい歩かなきゃいけない。
啓丁くんからメールが入った。
「やっぱり雨は打たれなくちゃかな」
ぼくは返した。
「雨なんて降ってたか?晴れてるだろ!」
そしてぼくは土砂降りの中に飛び込んで、走った!
啓丁くんから返信。
「ああ、今日も快晴だったな。またとない快晴だったな。
生き残れ。もがけよ。
そして城を築いてください!」
人生に傘はいらない、やまない雨はないんだ。
明けて31日。ついにその日はやってきた。
きのうとはうってかわって抜けるような青空だ。空がぼくの門出を祝ってくれていると言わずして、なんと言おう。
だが・・・寝坊した!!
起きたら7時50分!!酔いの醒めぬ頭で大慌てで準備して、8時45分に会社に着く。50分に人事に集合し、退職手続きをすることになっていたのだ。すべりこみセーフ。
退職当日に遅刻、なんてことになったら、また一つ伝説を残してしまうことになったよ。綱渡り人生。
本日付で退職したのは、東京本社だけで総勢9名。「多いので、あとで食堂に移動して退職の書類を書いてもらいます」と人事が言うくらい多い。しかもそのうち4名が総合職。しかもみな若手。きのうの日記でも書いたけど、やっぱり人材流動化の波は来ている。
まずは一人ずつ応接に入り、人事部長から「退職金」と書かれた立派なのし袋をもらう。もちろんお金が入っているわけではなく、中には明細が入っている。
みんなに配り終わると食堂に移動して、退職事務担当の一般職の人が「では、開けてください」と言う。
しかしきっちりと糊で封がされていて、みな開けるのに苦労する。すぐ開けさせるなら、のり付けするなよ。
そして注目の中身は・・・44万6285円也!いやっほう!!何買おう!
おい。
退職金については、あとで詳しく「マネー」のコーナーで解説しますね。
源泉徴収票が配られ、人事の人の説明にしたがって健保の申請書とか退職所得申告書だとかのさまざまな書類を書く。みな神妙な面持ちで記入しているのだが、「これはネタになる!」と必死に人事の説明をメモをする不審な退職者が約1名。
そして保険証や社員証が回収され、1時間くらいで退職手続きは終了。あっけないもんです。
それから机に戻り、最後の片づけをして、引き継ぎを少しして、パソコンの中身を空っぽに。黄色の背景にウナの写真が敷きつめられたド派手なデスクトップだったパソコンが、真っ黒なスクリーンになった。
机の中も、えいやえいやと資料を捨てまくっているうちにあっという間に空っぽになった。持って帰る私物(とかパクろうと思った会社の備品)とかを宅急便で家に送るためにダンボールの箱に詰めたけど、ちっちゃな箱に収まった。
そんなもんか。
寂寥感。晴れ晴れとした、寂寥感。
そうして午後からは机を離れ、会社中に挨拶回り。
ここでこの日のためにしつらえた、とっておきの退職記念グッズを配りまくり。みな爆笑。インパクトを残して去ることができた。
これもあとで「イベント」の「退職記念グッズを作ろう!」でレポートしますね。
みんなは口々に「がんばって」と言ってくれるけれど、だからそんなことないって、お前ががんばれ。退職の挨拶なのに、なぜか「がんばってください」「がんばってください」と言って回るぼく。
「あしたから何やるの?」と言われて、「いやー、部屋が超散らかってるんで、部屋かたづけます」とか言うと、みな首をかしげます。あーはは。これからのことはこれから考えるのです。あとサイトも作るよ!
そうして午後はまるまる挨拶回りで社内を駆け巡る。あと取引先の人に電話したり、大阪本社の人に電話したり。なんかここ最近で一番忙しかった。
そしてあっという間に5時半になり、チャイムが鳴り、部員に集合がかかる。ぼくの引退記念セレモニーだ。
何を言おうかいろいろ考えたんだけれど、こういうのは難しいね。送別会続きで、もう言うことも尽きたし。
でも今日は自然と出てきた。
私は平成12年4月に入社して、当部に配属されました。
というふうに、みなさん異動のときの挨拶では必ず最初に言いますよね。実はぼく、平成12年入社というのを、さっき退職手続きしていて初めて知ったんです。
いつも「何年入社?」と聞かれると「2000年です」と言って、「それって平成何年?」って言われて。わかんないんです。平成だと。覚えられませんでした。会社で一般的に通用している元号になじめなかった。
そういうふうに、みなさんには普通にできても、ぼくにはなぜかできないことが、たくさんありました。そういうことの積み重ねが独立という道を選ぶ動機のひとつになっているような気がします。
でもそのかわりに、ぼくには他のだれにもできない、ぼくにしかできないこともきっとあると思うのです。それを見つけたから、ぼくは会社を辞めることにしました。それを実現させるために新しい道を選ぶことにしました。
これまでいろいろと生意気ばかり言ってすみませんでした。みなさんには本当に感謝しています。
最後に、ぼくの大好きな言葉を引用し、みなさんとぼく自身へのエールにかえます。
人は歩みを止めたときに、そして挑戦をあきらめたときに、年老いていくのだと思います。
この道を行けば
どうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ
行けばわかるさ
ありがとうございましたーッ!!
そしてイノキ・ボンバイエが流れ、は、もちろんしないのだが。やっぱ引退っつったらこれでしょ。
代表して隣の人妻さんが花束をくれました。わーい。
レスラーとしては当然、花束で隣の人妻さんに殴りかかる!
のはやめて、なぜか魔界2号くんを殴るという理不尽大王ぶり。
道産子くんがみんなからの寄せ書きをくれました。猪木フィギュア付きの立体寄せ書きです。猪木2個目ゲット!ラッキーッ!
そこで道産子くんにも色紙のカドで殴りかかるという理不尽大王ぶり。
まえにバカさんが当社を去るときに、寄せ書きにだれも仕事のこと書いてないよ、すげえ、という日記を書いたけれど・・・やっぱりだれも仕事のこと書いてくれなかった。
「公私にわたりお世話になりました。私のみになりますが引き続きよろしく」という気胸さんに始まり。
「人生はチャレンジだ!」というジャンボ鶴田さんおり、「破壊なくして創造なし!」という橋本真也さんおり。女性陣も「プロレス同好会に誘っていただいて楽しかったです」とか。プロレスばっかり。
あとはみんな、お店出したら食べにきてくれるって!ありがとう!ちょっと待ってて!!
うれしいなあ。本当にありがとう。
寂しさがないと言えばうそになるけれど、それは晴れ晴れとした寂寥感。
最後に部のみんなに挨拶をしても、「またね」「そちらもがんばってください」とぼくは満面の笑みです。満面の笑みのまま、振り向くこともなく会社をあとにしました。
みんな、食べにきてくれるってさ。
さようならではない終わりとは、なんてすばらしいことでしょう!

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